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夏大会敗戦翌日。 いつもなら試合後はスタンドで応援している野球部と別れを告げ、一般の観客とともに球場の外へ出て帰っていた。だけど負けてしまった昨日。何故かその場の流れで野球部の人たちと行動をともにしていた。重い空気の中、鼻をすする音もいたるところで聞こえた。それは試合に出ていたメンバーと合流したときに更に変わり、ほとんどの人がぼろぼろと涙を流していた。倉持の隣でぽつんとその空間に佇んでいたが、こいつなんで一緒にいるんだろうと誰もが思っただろう。私もなんでここに来ちゃったのかわからない。 夏にかけていた気持ちの違い。青道を真剣に応援する気持ちは野球部と接するたびに強くなっていった。だけどやっぱり彼らとは違う。 私はその温度差が本気で悔しかった。 敗戦翌日の今日、野球部は2日間の休みに入るらしい。3年の先輩たちは早々に寮を去り、実家に戻る人や3年の先輩たちだけ寮の別部屋に移動したりするとのことだった。 家でぼんやりと昨日の試合結果を取り上げるニュースを見ていれば、1年生投手の鳴の話題で持ちきりだった。負けてしまったものの青道の特集も少し組まれていて、結果的に甲子園には行けないが、東京予選での活躍ぶりからドラフトにかけられる選手はいるだろうと告げていた。 次のニュースに切り替わったとき、タイミング良くケータイが鳴った。それは昨日からずっとメールや電話をしてくる人だった。 「本当に空気読めないなぁ…」 嬉しいのはわかるけど負けたこっちは連絡でれるか。そんなことを思いながらケータイと睨めっこしていた。しばらくして着信が止まったあと私は倉持にメールをした。同じ側なら連絡しやすいと思ったから。なんだかぼんやりしてるのももやもやするだけだから。"暇"。そう送るとすぐに返事がきた。"俺、帰省してねぇから忙しい"と。寮にいるということだろうか。帰省していないイコール忙しいという意味がいまいち理解できていないけど、"ちょっと会いに行っていい?"と送れば、"彼女みてぇだな、うける"と返ってきたからオッケーということだろう。 敗戦翌日の寮に行く。 だけど、私にとって始まりとなるときだから。だから行く。 : : : 「ちっす」 「よう」 青道寮の室内練習場に来てみれば、入り口付近に倉持と前園くん、川上くんがいた。練習場の中にはたくさんの1・2年生がバットを持って素振りをしていて、夏大でベンチ入りしていた2年生らしき人たちも試合の次の日だというのに必死にバットを振っていた。 忙しいという理由はこういうことか。 「練習してたの?」 汗が顔を伝っていて、ついさっきまで練習をしていたことがわかった。空調のある室内練習場と言えど、たくさんの人がバットを振っていれば自然と室内でも熱気が溜まってくるわけで。気温は暑いが、入り口付近を通り抜ける風が涼しく感じた。 「レギュラー入れ替えのタイミングやからな」 「熱意すごいなぁ」 「ヒャハ、相変わらずドライだな。昨日の今日だ。こっちは色々と必死なんだよ」 「いやー、本当尊敬するよ」 言わんとすることは理解できる。負けてしまったことが悔しいと思う人がほとんどだろう。だけど、待っているのは3年生の引退。そして、それによってチームは新しく始動せざるを得ない状況。だからこそ負けてしまった悔しさよりも次に繋げる努力を今すぐにでも実行しなければ体が落ち着かないのかもしれない。チームのリスタートに向けて。 あ、リスタートといえば。もう伝えておくべきかな。 「あの、少々よろしいですか?」 「どうしたの?鈴森さん」 「レギュラー入れ替えのタイミングに便乗して私もマネージャーやることになりました」 「「「!!?」」」 3人とも目をカッと見開いた。そりゃもうすごい勢いで。 散々自分たちがマネージャー勧誘をしても靡かなかった私がけろっとカミングアウトしたのがきっと、というかかなり驚いたのだろう。 「おめぇ、頭どっかぶつけたか」 「片岡先生から打診がございまして」 「あないに拒否してた鈴森が?」 「女の子の気持ちはころころ変わるのよ」 「いや、真顔で淡々と言われても…」 一言言えば3人に見事なまでに突っ込みを返された。そんなにマネージャー似合わないかな。たしかに今までずっと断ってきたけど、ずっと誘ってきたのはそちらさんじゃないですか。自分たちが頼んでたことを承諾したのにこんなに驚くなんて。 「嫌々…ってわけじゃなさそうだな」 「もとから満更でもなかったし」 本当にいいのか。そう言わんばかりの倉持の表情は真面目だった。思えば一番最初に誘ってきたのは倉持で、相談にたくさんのってくれていたのも倉持だ。私がマネージャーをやりたがらなかった理由もわかっている。 「青道のこと頑張って応援してたはずなのに、昨日負けたときの悔しい気持ちが周りのみんなと違うってことに気づいてさ」 本気になれるか。暑苦しくなれるか。そうなれるかが不安で怖くていままで避けてきた。だけどいまはそうなれなかったことが悔しい。本気になりたい。暑苦しくなりたい。青道野球部に勝ってほしい。 「俺ら散々勧誘してたのにこうも簡単に入るの決められるとはなぁ…」 「ねー、案外あっさりしてたよ。なんでいままでうじうじしてたのか自分でも謎だよ」 まだ呆気にとられている前園くんに、私自身も腹くくればこんなにあっさり決められるとは思っていなかったことを言った。まあ、決めちゃえばすっきりする。そんなかんじかな。 「なんにせよ、俺らからすれば鈴森さんがマネージャーをやってくれるのは嬉しいことだよ」 「よろしく、鈴森さん」そう笑う川上くんにつられて笑ってしまった。夏大で野球部と関わっていたから、なんだか今さらなかんじもするけど、ちゃんとよろしくしてなかったかな。これから正式に一員になるんだから頑張らないと。 「全力でサポートして参りますのでよろしくお願いいたします」 深々と頭を下げれば3人はびくついた。「なんかよくわかんねぇけど怖え」「せやな」「なんだろ、サポートという言葉が怖い」「クリス先輩第2号誕生か?」と小さな声で言葉を吐いた。スパルタなトレーニングメニューでも組まれると思っているのだろうか。 それがお望みならば応えてあげるけどな。という思いは口に出さないでおこっと。 |