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マネージャーになってから何日経っただろう。新チームの体制を整えるにあたって、なかなかに忙しい日々を送っていると思う。

夏大敗戦後、2日間の休みを持って新チームは始動した。新キャプテンに哲先輩、副キャプテンに純先輩と増子先輩が任命され、みんなの前で一言話した。そのあとに続けて監督の口から私がマネージャーとして正式に入部することが発表された。このタイミングでマネージャーとして入部することを知っていたのは、監督と部長と高島先生。それに倉持と前園くんと川上くん。夏大までの日雇い扱いだった私がなんで夏大も終わったのに今日この場いるのか疑問に思った人もいるだろうけど、監督の一言でざわつきが増した。今日いるのはそういうことだったのか、と言わんばかりの。
そして発表が終わり全員がアップに入ろうとしていたとき、亮介先輩に「なんで事前に教えてくれなかったの?」と、頭にチョップを決められたのがなかなかに痛かった。

私はその日からすぐに幸子ちゃんや唯ちゃん、それに2年の貴子先輩の3人のマネージャーたちに合流して仕事を教えてもらいながら、マネージャーとして部活に参加する日々がはじまった。だけどたまにマネージャーたちから外れ、監督のもとで選手たちの練習を見てアドバイスを考えたり、たまにクリス先輩が来たときはそばに付きっ切りで勉強させてもらった。あ、いまさらだけど、クリス先輩のこと御幸から聞いてないなぁ。
そんなことを思いながら、いまは先に帰ったクリス先輩に頼まれた何人かの選手のトレーニングのメニューを一人プレハブに残り組んでいた。
そんなときにプレハブの扉が開く音がした。


「鈴森ー」

「御幸?」

「夏大のデータまとめんの手伝ってくんね?」


プレハブにやってきたのは御幸で、ふと外を見れば片付けもう終わろうとしている部員たちが目に入った。もうそんな時間だったのか。トレーニングメニューを組むのは家に帰ってからでも出来るから、とりあえずいまここでしかできないことを先にしておこう。御幸と会えるのもここでだけだからデータをまとめるのは優先して…。あとは、


「ボール縫いしながらでもいい?」

「ああ。メニュー作ったり分析とかもしながらマネージャー業も、って大変そうだな」

「まあ、夏大のときの日雇い分析班ではないからね」


正直やることいっぱいで大変だ。なんせ一番大変なのはマネージャー業。いままでやったことないことばかりで、マネージャー4人で大人数を相手にするのは効率の良さが求められる。慣れてない私は教えてもらいながらだし、むしろ仕事増やしているんじゃないかって思うレベルで。


「貴子先輩から聞いたんだけどよ、」

「うん」

「ボール縫いかなり下手なんだって?」

「!?」


にやぁと意地悪そうに笑う御幸。不気味だ。別に弱味ってほどではないけど面白そうにされるのもなんだか悔しい。「人並みだと思う」と反論すればペンを持つ手を取られ、「こんなに指に絆創膏つけて言える言葉かよ。つか、こんなに怪我するもん?」と笑いながら言われた。このやろう。


「不器用でかわいーって笑ってたぜ」

「だからこういう時間使って練習してるんですー」


むにむにと右手は御幸の手遊びに使われ、私は握られていない左手で私が座る椅子のそばに置いてある古いボールがいくつか入った籠を指差した。それを見るなりなにか含んだ笑顔へと変わり、「かよこちゃんも野球のサポートは完璧じゃないんだなー」と言われた。
ええ、完璧だったら生業にする進路にしてますとも。


「陰で努力してんのか。感心感心」

「少しは出来ると思ってたコンディショニングも毎日勉強だらけだよ…」

「監督とかクリス先輩がいたら必ずと言っていいくらいメモ取りながら隣にいるもんな」

「あ、クリス先輩」


そうだ。
御幸に聞こうと思っていたこと。


「前にも聞こうと思ってたけど、クリス先輩って、」

「あ、ああ。……正捕手だったんだよ、あの人が」


たいした言葉数ではないけれど、御幸はすぐに話を察し、クリス先輩が正捕手だったということを言った。体型的に選手を目指している人の身体だとは思っていたけど、ドロップアウトして分析班になったのかなぁなんて、漠然に思っていた。やっぱり、選手としてすごい人だったんだ。青道で正捕手張ってたくらいの人。でもなにかがあって正捕手じゃなくなった。いまの正捕手は御幸だから…。あ。


「あれ…もしかして夏大前に怪我したっていう…」

「そ。でもあの人、選手として戻って来るためにリハビリ通って努力してんだ」


ドロップアウトしたわけじゃないんだ。早く帰ったり、部活に顔を出したり出さなかったりするのは選手として少しでも早く復帰するためにリハビリ通っているということか。


「詳しい事情は知らねぇけどさ、戻るまでは鈴森も知ってる通り部のために色んなことやってくれててさ」


大きな怪我をしてしまったらきっと色々なことを諦めてしまいそうだ。部活に顔を出すのだって、正直辛い時期はあっただろう。だけどクリス先輩は私が計り知れないくらいの努力しているんだ。身体も気持ちも。


「クリス先輩すごいなぁ」

「な」

「1歳しか変わらないのに本当に尊敬する…」


口数は少ないし、正直声小さくて外だとたまに何言っているかわからないことはあるけど、あの人の野球に向ける姿勢は一級品だ。その知恵を私は側で教えてもらっている。お父さんはその道のプロではあるけど、お父さんとは違ったクリス先輩の選手としての視点がとても為になる。
もっと、いろんなこと教えてほしい。


「早く選手として戻ってきてほしいなぁ。あの人の配球、絶対すごそう」

「ねえ、御幸くんは?御幸くんのリードはどう?」

「はぁ…クリス先輩…」

「おーい、かよこちゃーん」

「見たいなぁ」

「なんか俺、最近鈴森の無視に慣れてきたかもしんねぇ」

「やったね」

「良くねぇよ」



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