06


そのあと高島先生に連れて来られた場所はプレハブで。Aグラウンドのバッターボックスの真後ろにあるプレハブからは一軍の練習風景がよく見える。
先ほど見ていたときから変わらずノック練習をしている。バットを持ち、痛烈な球を何本も打っている人は青道高校野球部の監督である片岡先生だ。強面でサングラスをかけていて、見た目だけでもスパルタ監督なんじゃないかと思わせる風貌。個人的にノックはスパルタ練習の典型だと思っている。必死に球を追いかける姿は近い年齢の人たちには見えないなぁと思った。


「彼ら、すごいでしょ」

「タフですよね」


練習風景をじっと見ていた私に高島先生は微笑んだ。近くで練習風景を見せるためにここに連れてきた…わけはないと思うけど、部外者を連れて先生はどういうつもりなんだろうか。傍にある椅子に腰掛けて一緒になって練習を見ている高島先生は一向になにも喋り始めない。高島先生の授業を受けているけどその程度の関わりで、授業以外で話したのは初めてだ。野球部の副部長をやっていて、倉持も御幸くんも先生からスカウトされたというのは彼らから訊いていた。スカウトとして色々な試合に足を運んでスカウトをする。目利きのセンスがあるというのも訊いたことがある。
だんだん無言の空気に耐えられなくなってきた私はちらりと高島先生を一瞥した。そして、パチリと視線が見事に合った。


「鈴森さんのお父様って、球団の元お抱えトレーナーよね?」

「え、よくご存知で…」


こんなマイナーな情報を知っているとは。応援している球団だったらホームページとかでスタッフまで確認したりしたことはあるけど、そうじゃない限りは知ろうともしていない情報だ。ましてプロ野球選手から転向してスタッフになるなら注目度は違うけれど、父親の場合はそうではない。専門校上がりの一般人だ。


「あら、有名じゃない。同業者集めてはじめたジムも」

「身内だからこそわからないものですかね…」

「ふふ、そうかもね」


近すぎると有名なのか気づかない。それが当たり前だと思っているから。ただ普通に仕事して、普通に辞めて、普通に起業して。そんなものだと思っていた。野球好きになってからは父親を尊敬していたが、自分のことじゃないのに何故か体が痒くなった。


「1年生の部員からあなたのことは少し訊いていたけど、テーピング技術も応急処置の手際の良さも流石ね」

「あ、ありがとう…ございます」


いま、私の顔は引きつっている気がする。褒められたにも関わらず内心複雑なのは、もしかして勧誘?というのが過ぎったからだ。先生からの直々のオファーならとても嬉しいことで、喜んで引き受けたい…けど。
まあ、とりあえず、高島先生の言っている1年生の部員って確実に倉持だ。間違いない、あいつだ。


「でも、マネージャーやってくれないのよね?」

「わ、そこまでご存知ですか」


断り文句をどうしようと考える必要はなかった。まさかこんなことまで伝わっていたとは。倉持のやつ、べらべらいろんなこと喋りすぎだよ、まったく。
それにしても、マネージャーをやらないとわかっているのに高島先生はなんで私を呼び止めて、ここに連れてきたのだろう。てっきり勧誘かと思っていたけど。


「あなたがいつも練習を見に来ているの、気づいてたわ。野球が好きってことも見てて伝わるし、大好きな野球をプレーする人を支えることのできる力を身につけようとしているのも知ってるわ」


私のことを真っ直ぐ見ながら話していた高島先生は椅子から立ち上がり、グラウンドに目を移した。つられて私も外を見ると、殆どの部員が泥まみれで立っているのもやっとなくらい足もガクガクでヘロヘロだった。だけど自分にきつい球を寄越せと言わんばかりの大きな声をあげて、ただボールだけを追っていた。それも一人二人の話ではなく、全員がその姿勢を貫いていた。


「あなたにとって高校野球はちょっと暑苦しすぎるかしら」

「…え?」


「好きなだけ見て行っていいわよ」と、そう言い残して高島先生はプレハブを出て行った。呆気にとられていた私は高島先生が去ったドアをぼんやりと見ていた。
高校野球が暑苦しすぎる?どういう意味なんだろう。野球やってる人はみんなこんな風に努力しているのが当たり前なんじゃないのか。私はただ自分が貢献できることや挑戦してみたいことが部活のマネージャー業の域を超えていると思っているだけで。それに部活などの団体に属したことがないから一致団結できるか自信がないだけで。
…そのことを高島先生は言っているのだろうか。
いまこの場所から初めて間近で野球部の練習を見て、意識高く野球に取り組んでいる全員の姿が遠い存在に感じた。



r u r u