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「天音!おはよう!」

「おはよ。青子ちゃん良かったね、時計台」


翌日。天音が学校へ登校してくると、クラスに入ってくる姿をいち早く見つけた青子は大きな声で彼女の名前を呼んだ。どことなく元気な様子の青子を見て、天音は昨日の時計台のこともあってなのだろうと思い、朝の挨拶に合わせてそのことに触れた。天音に時計台のことを言われた青子は少し照れているような笑顔で「えへへ」と笑った。
そんな青子の隣には恵子が並んで立っており、天音の顔を見て驚いていた。


「めっずらしー。天音がキッドのニュース知ってるなんて」


以前、近頃の流行りである怪盗キッドの話題をした際、天音は誰それと首を傾げて興味などさらさらない態度を見せつけていた。その会話をしてからさほど時は経っていないのに、ニュースや新聞をあまり見ない彼女が最新の話題をキャッチしていたのだ。
言われてみればたしかに珍しいと思った青子も不思議そうに天音を見つめたが、そんな彼女は自慢げに「ふふん」と笑ってみせ、両手を組んだ。


「実は見に行っていたのです」

「え!?なおさら珍しい!」


恵子は声を上げ更に驚いた。まさかにまさかが重なった。ミーハーだなんて言葉が無縁な天音が昨晩あの時計台の下にいたとは。実は青子と恵子も昨晩は江古田駅前の時計台に行っており、怪盗キッドの犯行を見に来た大勢の人のうちの一人であった。


「あの人混みの中に天音もいたの?」

「あ、いや、知り合いの警部さんがヘリコプター乗せてくれて、それで時計台見に行ったの」


頭を掻きながら天音は言った。生憎時計台の下で昨晩の騒ぎをギャラリーと共に過ごしていたわけではなかった。"高みの見物"という言葉のままではあるが、彼女は上空を舞うヘリコプターの一機に乗り、上から時計台の様子もすべて見ていたのだ。


「すごーい!青子も乗ってみた──…

「はあ!!?」

「きゃッ!…もう、快斗いきなりうるさいよ」


ヘリコプターに乗ったという天音に憧れた青子ではあったが、近くにいた快斗の大きな声で言葉は掻き消された。彼は彼女たちの話を盗み聞いていたようではあったが、特に会話に交じるつもりもなかった。だが、ただ怪盗キッドを見に行ったという会話として受け止められない事実が天音の口から発せられたのだ。


「昨日警察のヘリに乗ってたのか!?」

「うん」


やや興奮気味で何やら焦っているようにも見える快斗であったが、天音は至って冷静な様子で彼の質問に応答した。念押しで確認されているようなその口振りに、彼女はなにか彼の気に障るようなことだったのかと少し考えてしまっていた。
快斗は快斗で、昨晩の一件がいつもとは違ったことに疑問を抱いていたのだ。怪盗キッドである自分が追い詰められることなど早々ないのだが、同じクラスメイトでもある白馬探が介入してくると肝をヒヤリと冷やすことがある。それに似た、否、それ以上の感覚を昨晩は体験した。
普段と違った原因は、普段はそこにいない人物によって作り出されたもの。


「あっ。さては快斗も羨ましいんでしょー?」

「バーロ!んなわけあるか!」

「快斗ってば子供っぽいところあるからなー」


快斗と天音の会話に割って入るように青子は彼を茶化した。幼い頃から快斗と時を同じくしていた青子は彼の子供っぽいところを可愛く思っていた。いまもこうして警察のヘリコプターに乗ったという天音に言い寄る姿が必死だったため、本気で羨ましがっているものなのかと勘違いをしていた。


「黒羽くんごめんね。今度またお願いできないか訊いてみるよ」

「だからちげーって!」


青子の発言により、天音はハッとした。そして申し訳なさそうに眉を垂らし、快斗に謝ると目を伏せた。
ヘリコプターに乗りたがっていたという印象を天音に植え付けられてしまった快斗は恥ずかし気に少し頬を赤らめて弁解をした。
そんな快斗を見て、「あっ、そうなの?」とケロッとした表情で言う天音はつくづく人の言うことを間に受けやすい性格である。


「オメー、ヘリ乗って警察の人と話したりしてたのか?」

「?うん、そうだけど」


快斗は尋問を始めるかのように静かに天音に問い始めた。快斗の真剣な様子に質問をされている天音は頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、傍にいる青子と恵子も不思議そうに顔を見合わせた。
ヘリコプターに乗ったなら、普通ヘリコプターに乗った感想を訊いてくるのではないのか。なのに快斗は警察の人と話したかどうかを尋ねてきた。女3人はなんでそんなことを訊くのか理解できていない。


「警備のこととかも?」

「うん。聞いてたよ」


"新一くんが訊きだしてたのを聞いていた"と心の中で思いながらも、有名人である新一があの場にいたことを勝手に言いふらすのもなんだか悪い気がしたため、天音はその補足を入れることはしなかった。
だけどもその回答はいまの彼にとって、そうであってほしくない事実に繋がりかねん証言でもあった。


「黒羽くん?」


眉間に皺を寄せ、難しそうな表情で口に手を覆う快斗を天音は覗き込んだ。彼女を見つめる目が曇ると快斗は天音から視線を逸らした。彼女は再び頭を傾げた。何か気を悪くさせてしまっただろうか。しゅんと肩を下げた天音が逸らした視界の片隅に入ったのか、「あ、いや、大したことねぇから!」と快斗は眩しい笑顔を彼女に向けた。「本当に?」と疑う彼女は「うんうん」と首を大きく縦に揺らす彼を見てちょっぴり安心したようだ。


「…おいおい、嘘だろ」


幸いなことにこの彼の独り言は誰にも聞こえなかった。



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