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「へえ、また新一くん難事件解決したんだー」


カランという音を立てて透明なグラスの中で氷が動いた。グラスに刺されたストローを弄びながらオレンジ色の液体は揺れる。
真っ黒なコーヒーなんて飲めたものじゃないという天音のお口はお子様だ。甘い甘いジュースしか受け付けない。高校生になってもコーヒーや紅茶はどうも苦手で、白くてサラサラな砂糖をたくさん溶かしてようやく飲めるレベルなのだ。そんなおこちゃま天音はカフェに入ってもメニューの片隅に小さく書かれているようなオレンジジュースしか頼まないのだが、その様をよく知る人物がいる。


「でもそのせいで最近へらへらしちゃってヤな感じ!」

「そう怒らない蘭。旦那が人気者になっちゃうとね〜」

「もう!園子!」


ふんっとそっぽを向くロングヘアーが綺麗な毛利蘭と、ニヤニヤと相手を茶化すボブカットでカチューシャをしている鈴木園子。同い年ながら大人な二人はカップにソーサー、液体は真っ黒なコーヒーだった。
夕暮れ時のお洒落なカフェで彼女たち3人は放課後の時間を楽しんでいた。
そんな彼女たちのいまの話題の中心は"新一"だ。工藤新一というこれまた同い年の彼は、ここにいる3人の幼馴染であり、いまやちょっとした人気者である。と言うのも、推理オタクである彼は高校生ながら探偵業を行っていて、解けない謎などないのではないかと言われるほどの推理力を持ち合わせており、警察からの捜査協力の要請も少なくない。それ故にマスコミに取りざたされる機会も増え、先日も新聞に"またもや大手柄"という言葉付きで掲載されたそうだ。
そんなこの場にはいない彼に蘭はイライラしていた。


「ん、最近ちょっと険悪?」

「えっ!?」


目を細めて優しく微笑むように天音は声を発すると、そのまま真っ赤でぷっくりとした唇はストローを咥えた。唐突に言葉を向けられた蘭は驚きながらも図星であったため、恥ずかし気に視線を下に向けた。
本来ならば友人の華々しい功績を我が身のように喜ぶものだが、蘭は違った。


「新一くんと喧嘩したときの蘭ちゃんとちょっぴり違うなぁって」


幼い頃から一緒にいた女の子だからだろうか。天音は蘭の怒りがいつもとは違うと直感的に察したのだ。お互いを知り合った深い仲だからこそ自分の想いをぶつけられるわけだが、衝突がないとは言い切れない。新一と蘭は些細なことで口喧嘩をすることが多く、いつも間に立たされた天音は困ったように笑っていた。"言いたいこと言い合える間柄なんだから素直になればいいのに…"と思いながら。


「なんか最近事件のことばっかりっていうか…」

「確かに。彼、授業いないときもあるもんねー」


蘭の不機嫌な理由はこれだった。少し頬が紅潮している蘭はぽつりと小さな声で不満を漏らしたが、薄々勘づいていた天音は「うんうん」と話を聞いていた。


「会っても解決した事件のことしか話さないんだよ!?」


ダンっと音を立て、蘭はテーブルと叩いた。
その音に少し驚いた園子と天音は肩を揺らした。一息間をおいて肩を揺らした者同士は顔を見合わせて、「まあまあ…」と隣に座る園子は冷や汗をかきながら蘭を宥めた。天音というと「テーブル割ってないよね」という冗談めいた発言をした。だけども彼女はこれを冗談のつもりで言っているわけではなかった。だって相手は空手の大きな大会などで優勝しまくっているかわいい女の子であったから。


「でも新一くんの話聞くの好きだから羨ましいなー」

「毎日はめんどくさいだけよっ」


天音は気が立ち気味である蘭をどう落ち着かせようかと考えた結果、蘭が不満に思っていることを敢えて羨ましがってみようと思ったが微妙に逆効果だったようだ。否、羨ましいのは彼女にとって本音だ。よく新一と蘭と天音は学校からの帰路を共にしていた。そのときの会話と言えば彼の謎解きの話だ。自身の身の回りで起きたちょっとしたことや、それこそテレビで話題になるような事件、はたまた架空の世界である推理小説の話まで。毎日毎日違う話を彼は楽しそうにぺらぺらと喋っていた。
だけど、いまの天音はそれを毎日聞けなくなってしまっていた。だから羨ましかった。


「天音、そんなこと言うなら内部進学すれば良かったのに」

「へへへ」


園子はずっと不満であった。隣で頷く蘭も同じ気持ちで、天音が自分たちと同じ高校に進学しなかったことを未だに残念がっている。これに対して彼女はいつも苦笑いを返すことしかできなかった。たた単純に"なんとなく行きたくなかった"という理由を口にしたら雷が落ちることは間違いなしであったから。
小学校から大学までエスカレート式である蘭たちの学校では、偏差値が低い学校ではないためわざわざ外部進学する者が少ないのだ。だからこそ、学校のクラスメイトなんかは大学までとはいかなくても高校くらいまでは一緒だろうと思ってしまうのだ。蘭と園子、ちなみにこの場にはいない新一もそう思っている人々の一員であった。


「ほんとは今日新一も誘ってたんだけどね、事件の会議があるとかなんとかで警察まで行かなきゃいけないからって言ってね。お互い家は近いって言っても学校違っちゃうと会いにくいんだから来ればよかったのに…」


再び蘭は新一への愚痴を零した。でも彼女の言うことは尤もだ。やはり学校が違ってしまうと行動範囲も変わり、家は近いと言えど、たまたま遭遇するということでさえも起きない。まして学校がある方面も違うということから通学を共にできるというわけでもない。
会う時間は、確実に一緒にいた中学生のころより減っているのだ。


「私は気にしてないから大丈夫だよ」

「私は気にするの!」


彼女たちと一緒にいる道から外れたのは自分が決めたことだし、会うたびに同席できなくたって仕方がない。そう諦めている天音に不思議と寂しさはなかったが、蘭はそうではなかった。少し瞳が揺れているような表情で、訴えかけるように声を出した。
そんな態度をとられるとは思っていなかった天音はぱちぱちと数回瞬きをすると、頬を緩ませた。


「会おうと思えば会えるんだし大丈夫」

「天音…」

「ありがとね、蘭ちゃん」


他人のことなのに自分のことのように怒ってくれる蘭はとても優しい。そんな優しい彼女だからこそ、早く想い人と繋がってしまえばいいのにと考えるのは、いまこの場では野暮なことだ。そんなことを思いながらストローを口にした天音は、甘酸っぱいオレンジを吸い上げた。



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