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杯戸シティホテルの最上階のバーラウンジを貸し切って行われる鈴木財閥の会長であり園子の父親である鈴木史郎の誕生パーティーには各界の著名人たちであふれかえっていた。天音は父親とこの会場まで訪れたものの、入り口付近で待ち合わせをしていた蘭と園子を見つけた。父親に一言入れ、先に会場へ入っていてもらうと天音は二人の元まで駆け寄った。慣れないパーティードレスは少し気恥ずかしい恰好ではあるが、友人二人のスタイルが良く綺麗な姿を見ると、そんなしょうもない気恥ずかしさよりも感激の声を漏らさずにはいられなかった。 「わぁー!二人とも綺麗」 「天音もかわいい!」 「ドレス素敵ね!ね、どこのブランド?」 「えへへ…ありがとう。でもこれ昔お母さんが着てたものなんだよね」 母親のものを身に着けるのも実のところこれが初めてであった。 母親を失ってから天音は寂しさを周囲に一切露呈しなかったが、それは逆に母親についてを言うのがゼロになったということで、幼馴染にとってはそれが違和感でしかなくて自然と彼女の前では彼女の母親については口にしないようにしていた。 そのためいまこうして天音から彼女の母親の名が出るのは正直意外でもあった。自然と会場へと歩み始めた蘭と園子は静かに顔を見合わせたが、すぐに笑顔となった。 「じゃあ天音が小柄なのはおば様の遺伝かぁ」 「園子ちゃんの意地悪」 「おじ様はあんなに身長が高くて素敵な御方なのに残念だったわね」 園子は彼女が母親について口にした意外さを悟られないように天音の体形について笑い飛ばすことで誤魔化した。 天音は決してスタイルが良くないわけではないが、いかんせん身長が幼馴染の中では低めなのだ。先日、天音の父親が言った通り、彼女と彼女の母親の外見はそっくりなのだ。ここでの肝は外見イコール顔だけではないということ。 「天音」 「はい。あ、蘭ちゃん、園子ちゃん。ちょっとごめんね」 会場へと入ると入り口に程近いところで誰かと話していた父親に呼ばれた天音は蘭と園子に断ると彼女たちはひらひらと手を振って見送った。小走りで再び父親の傍に立った。父親の目の前には幅のたっぷりとした体格に思慮深そうな性格を漂わせる、いかにもお偉い雰囲気を醸し出す中年男性がいた。 「こちら警視総監の白馬さんだ。母さんとは馴染みがあったようでな」 「天音と申します。母がお世話になりました」 天音の父親が手を差し出し、中年男性の白馬を紹介した。当時は違っただろうが、警視総監になるような人物と母親が知り合いであったことに衝撃を受けつつも、母親は仕事の場ではどんな人であったのか気になった。 母親のことを考えていた天音はふと視線を感じ顔を上げると、白馬の隣には整った顔立ちの青年からのもので、ちらりとその人を見ると真っ直ぐ視線が絡み、天音は驚いたように視線を逸らした。 このちょっとした視線のやり取りに気づいた白馬は、先程天音の父親がしたように青年へと手を差し出し、にっこりと微笑んだ。 「私の息子の探だ。最近までロンドンにおりましてな、日本に戻って来たばかりなのだよ」 「ああ、先日新聞を拝見しましたよ。名探偵だってね」 白馬探。天音にとって名探偵と言えば幼馴染の工藤新一のことしか頭に浮かばなかったが、彼も新聞に載るほどの有名人であるようだ。 ロンドン帰りで父親が警視総監だなんてなかなかの家系だと天音は感心していると「若者同士仲良くすると良い」と探の父親は言い、天音の父親も微笑んでいた。 その言葉に天音はぴしりと表情が固まった。このような場は園子に連れられて初めてではないものの、いつもは彼女たちとわいわいきゃっきゃしていたため、こうやって親の傍にいて人を紹介されるのは初めての体験だった。住む世界が違うような人を紹介されても困るという思いでいっぱいで、あまり動じない性格の天音は珍しく緊張したいた。 そんな天音の想いなど微量も伝わっていない父親たちは構わず、彼らの顔を見つけて声を掛けにやって来た新たな人物たちと会話に花を咲かせていた。置いて行かれたと思った天音の元に探は一二歩足を前へと動かし、彼女の目の前で止まった。 「ええっと…探くんは探偵さんなんですか?」 「ええ。まあ」 「ロンドンでも事件解決を?」 「はい」 上流階級の小難しい話を切り出されてしまえば自分の知識のなさで父親の面子が潰れてしまうと思った天音は話題の主導権を握ることにした。 そんな思惑があることなどまったく気づいていない探は淡々とした様子で天音の質問に答えていた。このような質問なんて何度されてきたことやら。そう思いながら父親に言われた通り、しばらく彼女と話を続けなければと考えていただけであった。 「私にも探偵の幼馴染がいまして」 「探偵?」 「って言っても高校生なんですけど」 探にとってパーティーような社交の場は慣れたもので、相手には失礼だが適当に場をやり過ごすのがいつものことだった。しかしそんな矢先に突き付けられた興味の沸く話。まさかそんな面白そうな話が出てくるとはという気持ちであった。 天音は探がこのような場に慣れた人であることに薄々気づいていて、淡々と答える様子につまらない時間を過ごさせてしまっているなと思っていたところであった。同じ探偵と言う言葉を出せば少しは暇もつぶせるかなと幼馴染のことを口にしたら、魚が釣れたように探が食いついたことを内心喜んだ。 「同じ高校生探偵ですか…」 「あれ、探くんも高校生なんですか?」 「そうですよ」 「てっきり大学生かと…」 天音は驚いて口元に手を当てた。海外で過ごしていればこんなにも大人っぽい振る舞いができるようになるのだろうか。幼馴染の新一も大人びたところがあるが、こういった紳士的な雰囲気とは違う。 やっぱり彼はあまり関わったことのないタイプだと天音が考えていると、探は「ちなみに…」と初めて自身から話題を振った。 「ちなみにその高校生探偵とは…」 「工藤くんです。工藤新一くん」 天音はちょっぴり自慢げに大好きな幼馴染の名前を口にした。探はその名前に聞き覚えがあったのか一瞬眉間を顰めた。そして天音に何か新一のことを聞こうと口を開いたとき、「探!」と彼の名前を呼ぶ声で遮られた。その声がする方向を見ると呼んでいたのは彼の父親で、場所を移して別の人へ挨拶に向かおうとしているようだった。 「まったく人遣いが荒い…」と困ったように笑うと、探は天音の右手を取った。 「では、また」 「はい」 「天音さんとはまたどこかでお会いしそうですね」 工藤新一とはこっちにいる限り関わることがあるだろう。そしてその高校生探偵と会う機会があれば幼馴染でもある天音とも出会うはずだ。そんな意味を込めて天音へと言葉を送ると、慣れたように手の甲へと唇を落とした。 ぎょっと目を見開いて頬をほんのり赤く染めた天音を見て微笑むと、探はそのまま自分の父親がいる方向へと歩いて行った。 「さすが帰国子女…」 純日本人の日本育ちの天音は茫然として苦笑いをした。 * * * 「転校してきた白馬探です」 パーティーから数日後。 江古田高校2年B組のクラスの教壇には探が立っていた。最近もまたニュースで取り上げられたようで、クラスではざわめきが止まなかった。 彼が言っていた"また会いそう"がこんなにも早く実現するとは。 それにしてもパーティーでの大人っぽい振る舞いは素であの状態なのかと思った天音はつい言葉を零してしまった。 「あらら…探くんって普段からあんなキャラなんだ」 「はあ!?アイツと知り合いなのかよ、天音!」 「お父さんの付き合いで最近知り合いになりまして。黒羽くんも知り合いなの?」 「は!?えっと、ああー…そう!ニュ、ニュースで見てよ…ははは」 「ふーん」 彼女の独り言を拾ったのは後ろの席の快斗であった。 というのも、昨晩、彼は自身の別の姿で彼と対峙していたという秘密がある。"快斗として"は初めて探と会うわけだが、今の言い方はたしかに知り合いと勘違いされてもおかしくない言い方であった。 こういうときばかりは天音の関心の薄さが有り難く思える、と快斗は冷や汗をこっそりと拭った。 「探くんの勘も冴えてるなぁ」 |