何から何まで規格外の名前は、入部に至るまでだけでなく、入部してからも近年稀に見るスーパー台風の目となっていた。
部員だけでなく、武田もスコアシートの書き方を覚えたこともあり、朝練と午後練に10分ずつ前日のミニゲームのスコアをつけるのが決まりになった。
全員で確認し、トータルの間違えた数×10でサーブ練習のペナルティーが科されるが、昨日は日向と木下と武田が1カ所、田中と東峰が2カ所の合計7カ所で、70本のサーブを打つことになってしまった。
間違えても×10本だと高をくくっていた面々は、途端に顔を青くした。
本数が本数である上に、ネットにかかった分やコートから外れた分はノーカウントという鬼畜の所業に、部員が縋るように烏養を見たものの、顔をそらされるに終わる。
西谷自身の希望もあり、コートを半面に分け、10本ごとのローテーションで片面にサーバー3人と西谷が向かい合う形で行われたそれは、拾われた数×2で次の日のレシーブ練習の合格ライン本数が増え、がむしゃらを嫌う月島も真剣に取り組まざるをえなかった。
なお、西谷については、拾えなかった場合、オーバーハンドレシーブのノルマが増えることになっていた。
これほどキツい内容を継続させるからには当然、それなりの褒賞がつく。
完璧なスコアシートを作れたら2つ、ペナルティーをすべてこなせたら1つ選択でき、その中身は個人で手を出しづらい高価な栄養補助サプリやプロテイン、他校の試合のロム、個人データ表と様々だ。
本来、物で釣るような練習には難色を示すタチの烏養だが、繰り返しスコアをつけることで観察力を上げ、自分たちのプレーへの発想力を高めている。
誰に対してもほぼ平等な総合練習に、アフターケアとしてつけられた褒賞・ペナルティー制度とあれば、反論の余地がない。
烏養にできるのは、苦しい予算に目を回す武田のために可能な限り、低価格で得る段取りをつけるくらい。
高価な物を低価格で。
矛盾が大手を振って歩いている。
しかし、成さなければ女子高生にただひたすら優しく労られるという、アラサー男のあれやこれやを刺激する対応が待っている。
それを回避するためならば、錬金術師にだってなってやるくらいの勢いの烏養をよそに、部員の1番人気は不定期かつ数量限定で出てくる清水と名前の手作り料理で、次点は名前によるリアルタイムチェックだった。
世の人々は時に無情である。
然して日々を過ごし、すっかり名前と打ち解けた田中と西谷は、輪を掛けて五月蝿くなり、月島以外の1年はことあるごとにアドバイスを、と名前に引っ付くようになった。
これだけなら部内のことだと澤村も割り切れるが、話はここで終わらない。

「聞いたぞ、澤村……俺たちの『フヨ』ちゃんを掻っ攫いやがって…!」
「許すまじ、バレー部…!」

バスケ部に絡まれる頻度が跳ね上がった。
廊下で擦れ違っただけで、親の敵と言わんばかりに睨まれる。
不幸にも、澤村と菅原のクラスはバスケ部員が多く、中でも澤村は斜め4カ所を囲まれ、針のむしろに座る思いがした。
東峰は東峰で、清水に憧れを持つクラスメートがバスケ部に加担し、なんやかんやとパシりに使われている。
南無三。
1年のバスケ部は、先輩から語られる名前に半信半疑な者が多く、さしたる実害はない。
問題は2年だった。
同学年故に聞こえてくる噂も数多ある。
ある意味、神聖視された不可侵の相手だった名前を地に引きずり落としたと、極悪人の扱いを受けていた。
蓋を開けば、事あるごとに名前の名を出され、絡まれるといった程度のことだが、こうも続くとうんざりしてしまう。
ところが名前は、私を引き込むということはこういうことだと言って取り合わない。

「騒いでるバスケ部も、もう少しすれば予選が始まる。やいのやいの言う余裕なんて、すぐ無くなるんだから放っときなさい」
「いや、それはそうだけど…」
「それとも何?周りの声なんて雑音とすら認識できないくらいのキッツい練習メニュー、組む?全員漏れなく日常生活に支障を来すようなスッゴいやつ、組む?」
「…いえ、いいです……ごめんなさい……」

健闘虚しく、木下が散る。
とはいえ、まったくの無駄骨ということでもなかった。
二の足を踏み、退いた木下と違い、藁にも縋る思いで名前の提案に食いついた者たちが居た。
言うまでもなく、バスケ部である。
名前を囲み、手を合わす。
押しのけられた木下を含め、クラスメートは微動だにしない名前とその現状が、地蔵と信徒に見えて仕方がなかった。
自身が絡まれていたこともあり、名前はバスケ部に練習メニューを提供するのを渋らなかった。
しかし、そうは言ってもわざわざ見学して見合ったものを作ってやるほど優しくない名前は、帝光時代のものから軽めのものを取り出して組み合わせたものを渡した。
結果は知れたこと。
唐突なまでに増えた練習に気力体力共に使い果たし、授業での集中力が落ち、軒並み補習送りになった。

「最近、バスケ部の奴ら…おとなしいよな」
「あんま絡んでこなくなったし…」
「っていうか全体的に、やつれたくね?」

首を傾げる3年に知らせるべきか悩んだ結果、2年は揃って口を閉ざすことを決めた。
こんなこと言えるはずがない。
バレー部の安寧のため、と気遣いを見せて頷き合ったのも束の間、またしても名前が一波乱を起こした。

「ねぇ、木下。私、合宿には参加できないって言ったっけ?」
「……灰崎、一緒に4組行こうぜ」

木下はこの案件を1人で抱えることを拒否した。
騒ぐばかりで解決に役立ちそうにない田中と西谷を巻き込むことも避けた。

「……つまりは、何?明後日からの合宿に参加できないってこと?」
「最初から何度もそう言ってるじゃない」

縁下がそのことに確信を持つまで、5回は同じ質問を繰り返した。
どうせいつもの語り口で、何かしらの齟齬をきたしているに違いないと決めつけていたのだ。
頭痛がすると顔を伏せる縁下を尻目に、忘れていたのだとあっけらかんと告げる名前。

「ちなみにどっちを?」
「旅行の方。まぁ、厳密には家に顔出すって話なんだけど…夜行のチケット受取期限のメール見て思い出した」
「マジかぁ」
「今からだとキャンセル料取られるだろうし、こればっかりは仕方ないな。大地さんとかに早く伝えた方がいいんじゃないか?」
「今日伝えるつもり」
「そういや、家ってどこ?」
「東京」
「は?東京?」
「東京からわざわざこっち進学したの?何で?って、これ、聞いていいやつ?」
「別にそんな深刻じゃない。ただ単に一家離散なだけ」
「重い!」
「完全に聞いちゃいけない系!」
「惜しむらくは、音駒の人たちとは見事に行き違いになっちゃうことかしら」
「──…い」
「何?縁下、何か言った?」
「──戻ってこい、って言った」

目が据わっている。
殺し屋の目つきと言ってもいい。

「帰りのチケット取ってるのか?」
「取ってない」
「じゃあ、行って戻ってこい。音駒との試合には絶対、体育館居ろ」
「絶対?」
「絶対」

縁下と名前のやり取りに、木下はおや、と妙な違和感を覚えた。
元から2人の間には遠慮がなかったが、それは他と比べてという程度で、こんなにも明け透けに言い合うようなものではなかった。

「んー…分かった。ちょっと電話してくる。部室の鍵、誰が持ってるんだっけ」
「ああ、俺。部室行くなら一緒に行っていいか?多分、筆箱忘れてるんだ」
「別に良いけど、そんなんで午前中どうしてたの?」
「縁下に借りてた」
「あらら。そのまま借りとけばいいのに」
「書き取りでミスを許されない授業って、結構ストレスなんだよ。うち、5時間目は数学だし」
「あ、消しゴム?」
「そう、消しゴム。じゃあ、行ってくるな」

成田と名前の背を見送る。
目を惹くはずの灰色の髪が、いとも容易く雑踏に紛れてしまったところで、思いついたように尋ねた。

「灰崎と何かあった?」
「え?」
「ちょっと雰囲気変わったから。あ、とうとう付き合い始めたとか?」
「無いって分かってて言ってるだろ。…もう、灰崎に引け目を感じるのはやめることにしたんだ。友達だから」
「ふぅん」

筋道のハッキリしない曖昧模糊とした返し。
そのらしくなさが余計に話す気の無さを感じさせた。
これ以上、突いたところで縁下が名前とのやり取りをつまびらかにすることはない。
2人の中だけで完結し、上手く決着した。
ただそれだけの話だ。
分かってはいても疎外感が身を襲う。
寂しいし、羨ましい。
けれどそれが縁下に対してなのか、名前に対してなのか、木下には判断しきれなかった。


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