自尊心



「ねえ聞いて、私良いとこのお家に絵描きとして召し抱えられることになったの」

そう聞いたのは、私が魏に出仕し始めた頃のことだった。



いちこは親戚の飯店で手伝いをしていた。毎日ではないが、そこに昼食を摂りに行くことは少なくなかった。

「へえ。一つしかない長所を活かせて良かったじゃないか」

「失礼ね。言っておくけど、住み込みだから数日後にはもうここには来ないわよ」

少しばかりだったが、その言葉はちくりと心を刺した。自然と怒りがふつふつ沸く。
この時ばかりは、事の詳細をきちんと聞いておくべきだったと後悔した。

「お前に会うためにここに来ているわけではない。料理が美味いからだ」

「ああそう。ま、その妙な意地の悪さも近日限りね」

数日後、いちこは予告通り飯店から消えた。私は一度言ったことを違えるつもりはなく、それからもそこの飯店には時折通った。
たまに文を送っているようで、絵のついた木簡を奴の親戚の者が見せて来たこともあった。私には一つも寄越さないのだなと、内心腹が立った。

「鍾会殿のところにはあの子からの文は届いてないんですか」

「…ええ」

「そうですか。まあ筆まめとは言えない子ですからね。気が向いたら書いて寄越すかもしれませんよ」

奴の出仕先を、私は知らなかった。今更聞くのも癪だった。奴が私を気にするよりも、私が奴を気にかけているということは絶対にしたくなかった。

思えば、要らぬ自尊心だった。



40

backnext
90+1


.