嫉妬心


ある時、いちこと城で出くわした。思わず目を疑った。

「あ、鍾会」

「なっ…お前、なぜここに、」



「これは鍾会殿、おはようございます。いちことはお知り合いでしたか」

「知り合いも何も…」

「私と鍾会は幼馴染なのですよ」

そうでしたか、と納得のいったような顔を見せるこの男は、きっと奴の雇い主なのだろう。
確かこいつは以前の戦で伏兵を率いていたな。名は何といったかは忘れてしまったが。

「今日から城でお仕事なの。日数はそんなにないから鍾会には構ってあげられないわよ」

「久しぶりに顔を合わせたかと思えば、随分な物言いだな」

「いつものことでしょ。じゃあね」

「では失礼します、鍾会殿。いちこは書庫近くの空き部屋に居りますので、お時間があれば彼女の仕事ぶりを見てやって下さい」

男の話など、ほとんど耳には残らなかった。強いて言うなら、気安く呼び捨てにするんじゃない、と居心地の悪い感情が残った。そして書庫の近くの部屋にいるということ。

数日後。
来いと言われて行きたいと思わない質ではあるが、奴が今日限りで城での仕事も終わると聞き、部屋に向かった。

「随分と気に入られてるじゃないか」

「はい?部屋に来て早々何の話やら」

「雇い主にだ」

城の様子を記録するのだろう。大きな紙に、所々諸将の絵と名前などの情報が記されていた。一武将ではなく、城側が与えた仕事に違いない。
それを労う言葉をかける前に、頭にずっと引っかかっていたことが私の口をついて出た。

「気に入られてるのかは分からないわ。でもすごく良いお方よ」

紙から視線を離さずに言ったために、奴の表情を見ることは出来なかった。しかしその言葉からあの男に淀んだ感情を抱かざるを得なかった。眉間に力が入る。

「ふん。やはりお前は絵を描くしか能がないんだな」

「はいはいそうですね。全く、言いたいのは嫌味だけ?」

どうして私の言いたいことに気がつかないのか。そう言って屈託無く笑いながら顔を上げた奴に苛立つ。
男は皆狼だ。食われる立場なのに、こいつにはその自覚がない。

「才能には恵まれてるのにねえ。癖があり過ぎて、付き合いが長いのって私くらいしかいないでしょ」

「私は自分に見合う人間としかつるまないからね。お前とはただの腐れ縁だ」

「そうね。連絡取ってなかったのにこうして何事もなかったかのように再会するのも、腐っ
ても縁があるからでしょうね」

どうせまたどこかで会うでしょう、と言いながら、いつも見せるどこか飄々とした表情で大きな紙を持ち上げた。
完成したらしい。書画としての美しさは申し分ないのは勿論のこと、人々の特徴をとても良く掴んでいた。
奴の、このたかがたった一つの才能にどれほど悔しい思いをさせられてきたことか。

「だから私は…」

「何?やっぱり上手だって?」

「…ふん。ま、人間には一つくらい何か才能があるものだからね。幼少の頃からそれに気付けて良かったじゃないか」

「全く、素直に褒められないものかね」

「いちこ、入るぞ」

まるで張っていたかのように、絶妙な間合いで奴の主が入って来た。完成したものを見て感嘆の声を上げる。
奴はやたらと嬉しそうな顔をしていた。苛立ちを感じずにはいられなかった。私に向けたことのない顔だったのだ。

「お仕事ですから、これくらい当然です」

「心底お前を邸に置いていて良かったと思う。私の誇りだ。
予定通り、明日には納めに行くこととしよう」

「はい!」

早くこの男が出て行かないものかと、私の心に淀む黒い感情は増すばかりだった。


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