とある道中にて・弐


朝目覚めると部屋には私一人であったが、火鉢には新しい炭とともに火がついていた。
昨日ほどではないが頭痛やら汚い声やら重い身体やらはそのままで、一度起き上がろうとするも諦めて布団の中に潜り直す。
耳を澄ますと、見知らぬ声に混じって外から法正様や兵士たちの声が聞こえた。
ほどなくして部屋に近づく足音がする。法正様が朝日とともに部屋に入ってきた。

「ああ、起きていましたか」

「おはようございます」

「丁度良く朝餉が出来上がりました。食べられそうですか」

「薬草粥ですか。お腹ぺこぺこなんです、食べたいです」

法正様の両手には朝餉の器と箸。それが目の前に置かれると、私の体は本能的に薬を求めているようですぐさま粥にがっついた。
普段だったらこんなに薬草だらけでは気がひけるだろうに。
薬草の味なのか、風邪で味覚がおかしいのか、不思議な味がする。しかし怯まず歯は噛む為にひたすら上下し、喉は次々嚥下した。
粥の温かさが身も心もほっとさせる。病人とは思えない勢いで完食した。

「そんなに食べられるなら死ぬことはないでしょう。しばらくここで休養をとってから、また出発することにします」

「申し訳ありません…ありがとうございます」

「いちこ殿が謝ることではありません。黙ってたっぷり休んでください」

言い方はぶっきら棒だが、法正様も少し申し訳なさそうな表情をなさっていた。
自分の体調管理が出来ていなかっただけのことだと思うのだが。更に言えば環境のせいだ。
これについてはあまりあれこれ言っても仕方ないので、それ以上口にすることはやめた。
法正様はすっかり空になった椀と箸を取り上げると、部屋を出て行った。
腹がふくれると眠くなる。それからしばらく睡眠をとり、時々目が覚めると瓶には新しい水が、火鉢には新しい炭が入っていた。
昼と晩には同じような粥を用意してもらい、全て綺麗さっぱり完食。そのあとは泥のように眠る。


そうして二日目の朝が訪れた。
まだ完全とは言えないが、だいぶ体は軽くなった。頭痛もない。
喉は…まだ少し変だが、元に戻りつつある。
水を一杯飲み干し、自力で部屋の外に出た。目の前には草木で覆われた山壁が一面に広がる。
廊下が外に張り出す形になっており、手すりから階下がのぞく。やや高い位置に部屋があるようだ。
階段を下ると、随分高床に作られた家だと言うことがはっきり分かる。高低差のある複雑な地形に対応するための形なのだろう。
階下には法正様がいた。こちらを見て少し驚いた顔をしている。

「おや、もう歩けるんですか」

「おはようございます。この通りまだ喉も元に戻りきってないので万全ではないですが、かなり回復しました」

「それは良かった。後で構いませんので、集落の者に礼を言いに行きましょう。
まだ少し肌寒いので部屋に戻ってください。朝餉を持ってきます」

「はい」

後ろから迫るように追い返して来るので、言われるがまま再度階段を登って部屋に帰った。
しばらくして法正様が椀と箸を持って戻ってくる。四食目の薬草粥は、だんだん美味しく感じなくなって来ていた。
やはり体が薬草を求めている時は美味しいと思うように出来ているのだなあと、生命の神秘を感じる。
渋い顔をして食べる私を見て、法正様は意地悪そうに笑っていた。



「本当にお世話になりました。ありがとうございます」

「お力になれて良かったです。またこの村にいらしてくだせえ」

三日後の朝、集落を立つことにした。
改めて人々に礼を伝える。こちらが深く頭を下げると、皆負けじと低く頭を下げていた。
成都の方ではあまり見ない服装をしていたが、良い方々だった。

「こちらで採れる薬草は大変効果があると、成都の方に伝えましょう。後の報恩をお待ちください」

法正様が悪役顔でそう爽やかに言い残し、四人一組でまた山道へ上がる。
深呼吸すると、乾いて冷えた空気が肺に広がった。がさついた喉はすっかり回復したので、痛くもかゆくもない。

「こんな場所でも工夫して家を建てて、たくましく生きている方々がいるんですね。良い経験になりました」

集落を振り返りながら進む。後ろをついてくる兵士二人も、うんうんと頷いていた。

「風邪はもうこりごりでしょう。少ししか変わらないかもしれませんが、比較的寒さの緩い漢中付近を目指しつつ、洮陽を通過する道筋で進みます」

「承知しました」

もはやどこまでも遠くまで行けそうな気がする。薬草のおかげか、風邪を引く前より元気になった気分だ。
自然と人づてに存在を知られるようになるような絶景も素晴らしいが、人知れず生活を営む人々を知ることも、風邪を引いて上官から世話を受ける贅沢も大事なことだと思った。
法正様は悪い人だが、良い人でもある。今件における学びだ。



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湖北省付近 吊脚楼(伝統家屋)が並ぶ土家族の集落をイメージしています

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