灯火



学問にうっかりはまってしまって昼夜問わず書物ばかり読んでいた結果、このまま失明してしまうんじゃないかという速さで視力が低下してしまった。しかも治らない。
普通の人より明らかに近いだろうというくらい顔に文字を近付けてしまう。

「貴方は来月からこちらの仕事を頼みます」

「え…」

しばらくなんとかやって来れたものの、つい先日の鍛錬で通りかかった諸葛亮殿にばれてしまった。目を細めたり、動きに不審な点があった、と。
武一辺倒だった私が突然文官への転身を勧められ、執務もそちらの類いのものに変更されてしまった。
確かにこの視力の弱さでは、いらぬ怪我や犠牲を増やしてしまうだろう。でもそれにしたっていきなり文官になるだなんて、それこそ足手まといになるんじゃないか。学問にはまったからとは言え、まだ入り口にしか立ってない。

「はーい流星、元気?」

「ああ…うん、声で分かりましたよ」

そんな沈む思いで執務室に篭っていれば、明るい声とともに戸が開く。人はみんな緑色のもやにしか見えないから判断材料は声だ。こんな独特な声は馬岱殿以外ほかにいない。

「残念だよ、これから流星は最高に輝いてる俺を見られないんだねぇ」

「大丈夫、いつも眩しいです」

見てくれないから馬岱殿が残念に思う、じゃなくて見ることが出来ない私が残念だろう、とな。とりあえず突っ込むのは放置した。
私の執務室が彼のと近いせいでこういうことはしょっちゅうだ。特に最近は。

「ねえ流星、これ何本?」

「それほぼ毎日やられてるんですがねー」

ちょっと離れたところで指は何本立っているでしょう、って聞いてくるアレ。私の視力が落ちたと広まったあたりでよくされるようになった。
昨日は張苞殿にやられた。その前は劉禅様。皆考えることは同じのようだ。

「じゃあ俺の顔って判別出来るのはどのくらいから?」

そう言って机を挟んで向こう側で前後にうろうろしている。なんだ、新しい踊りか。
本格的に目が悪い私は「見えない」を連発し、その度に馬岱殿はちょっとずつ手前へ進む。変な光景。

「ちょっと、これってちゃんと生活出来てるの?」

「出来てますよ、不便だけど」

机の真ん前まで来てしまってもまだぼやけると言う私に、さっきまで笑顔だった彼も心配そうに言う。自分だって驚いてるよ、まさかここまでとは。

「でもそれも結構楽しそうだねぇ」

「目が悪いことがですか?」

「うん」

絶対ない。自分がなってみればそんなことも言えなくなるぞ。
何を言ってるんだか、と中断していた仕事に視線を戻す。すると床に膝をついて机に腕と顔を乗っけてきた。墨が飛んじゃうぞ。

「顔を近付けなきゃ見えないんでしょ?」

「そうですよ」

「じゃあ流星に顔を近付けたら俺しか見えてないってことでしょ」

それってちょっと嬉しいかも、なんて言ってにこにこしている。なんだかこっちもにやけそうになった。
口にぎゅっと力を込めて回避。

「くだらないこと言ってないでお仕事に戻った方がいいですよー」

「照れなくてもいいのに」

「はいはい照れてます照れてます、うわぁとっても嬉しいなー」

「流星ってばひどいんだからぁ」

何やってるんだろうなぁ、私たち。
でもまあ、馬岱殿も視力落ちてお互い顔を近付けあって話すことになったら二人の世界みたいで私も嬉しいかな。
なんて思ってみる。


どれだけ目が悪くても貴方だと分かります



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