見た目で判断は御法度です
「凌統」
「お、今から鍛錬かい。俺はたった今やめるところだってのに」
「へえ。じゃあ一人で広く場所使えるかな」
よく使っている鍛錬場に行くと、城へ続く階段に凌統がひとり座っていた。
見たところ他に人はいないようだったが、地面には複数人が鍛錬していただろう真新しい足跡があった。
混み合う時間は過ぎたようだ。
「何なら相手してやろうか」
「いらん。というか今やめるところだったと言ってたろうが」
「やめるところ、だから完全にやめちゃいないがね」
そう言う凌統が立ち上がるより先に、鍛錬場の真ん中で棍を力いっぱいに振り回した。
戦場では兵士の声と武器のぶつかる音でかき消されてしまう空気を裂く音が、ここでは良く聞こえる。
ぶんぶん、と気持ちのいい音。剣や槍よりも指先の感覚はこっちの方が好きだったりする。
大きく払いを決めたところで、凌統はそばにやって来て多節棍を構えた。
「さすがは戦姫と噂されるだけあるもんだ」
「誰がそんなこと…いつも泥と血でまみれて姫もへったくれもないというのに」
さあ来い、と言うとすぐさま打ち合いが始まった。私たち二人以外に誰もいない鍛錬場、土を踏む音と武器のぶつかる音が絶えず響く。
棍がぶつかり合う度にびりびりと振動が骨まで伝わってくる。当然と言えば当然だが、向こうの方が力が強い。それが良く分かる。
戦姫と言われているのが事実がどうかはさておき、結局は私も女。鍔競り合いになると勝てない。
その形になりそうな時はいつも体勢を変えて回避する。
「鍔競り合いを避けてるのは目に見えてるけど、さすが避け方が上手いね」
「どうも」
多節棍の類は持ち手の動きが素早いものだから、正直相手になると苦手だ。
話しかけられたくない。
「でも、やっぱりそこが弱点だな」
「!」
決定的とも言える一撃が入る。
棍が弾き飛びそうになるのをかろうじて抑えるも、大きく出来た隙は隠せなかった。
あっという間に背後に回られる。棍を振りかざして翻ろうとすると腕を掴まれた。
「…負けた」
「いやいや、さすがの暴れぶりだったよ」
結構本気で掛かったというのに、腕を掴まれて終了とは情けない。
振り上げた棍を下ろした。
「…一度休もうと思うのだけど」
上がった息を整え、一旦水分でも補給しようかと考えたところで、解放されないことに気付く。
めいいっぱい動かした腕の血流の良さは普段心地良いのだが、奴の大きい手が血の流れを悪くさせていそうで若干不快だ。
離せと言わんばかりに掴まれた腕をぐいぐい引っ張る。
するとため息が聞こえた。
「あのさ、もっと気をつけた方がいいぜ。自分で思ってる以上に周りはあんたを女だと思ってるよ」
「…何を言って…」
いつもの斜めに構えたような物言いが急になりをひそめる。
呆れを含んだような、戒めのような、急に声を低くして凌統はそう言った。
温かに滲んだ汗が急に冷めたような気がする。
「そこそこ可愛いんだから、男には気を付けろって話」
ぱっと離される腕。拳は力なく落ちた。
呆然としている私を置いて、奴はさっさと先ほどまで座っていた階段へ向かっていく。
ぞわぞわする感覚を振り払うように駆け足でその背中の後を追った。
追いつき、高い位置で束ねられた長い髪を掴む。
「痛っ」
「いろんな女に言ってるんだろ、この色ボケ男!」
なんだか無性に悔しくなった。負けた上にあたかも女だから、と言わんばかりの気遣いされては腹が立つ。
可愛い、という言葉にはちょっとだけ嬉しいと思っておくことにする。そんなことを言われたのは華の幼少期にしかないから。
「私は別の鍛錬場にいく。じゃあな」
駆けた勢いのまま手荷物を掴む。捨て台詞みたいになってしまった。相手をしてくれた礼は言ってないが、あれこれ言われたことで相殺されてるだろうということにしておく。
走る足の向かう先は、城の反対側にある鍛錬場。相手はもういなくていい。
見た目で判断は御法度です
「俺、こう見えて一途なんだけどね」
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