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朝起きたらお母さんが朝ごはんを作っていて、その隣にはお気に入りのハンカチで包まれたお弁当があって、今日のお弁当はなに?なんて聞きながらお父さんの前の、いつもの席に座るのだ。そしたらお父さんがいつもみたいに今日は化粧のりが悪いなって、そうきっと起きたら全部夢だったんだって。そんなのあるはずないのに。わたしは頭のどこかでそんなことを望むのだ。
トライアングルジンジャー
「清川くん、起きて」
「ん…あと、五分…」
「#name2#」
自分の名字を自分で言うのってやっぱりなんだかむず痒い。清川くんはその言葉にハッとしたように起き上がった。そんな彼におはようと声をかけると寝ぼけた声のおはようが返ってきてわたしたちは朝を迎えた。それと同時に寝起きのわたしの声が思っていたよりすっごい低いことに気付く。寝起きの顔なんかほんとにぶさいくで正直かなりショック。分かっていたけどこんなにまじまじと見ることってそんなにないし、いいのか悪いのか…。気付いたらわたしは目の前にある自分の顔(中身は清川くん)の頬をつねっていた。いてーよ!と怒鳴る清川くんの声に謝りながらわたしは清川くんちのキッチンに逃げた。朝起きて、自分の家のリビングにいないなんて違和感しかない。わたしは昨日、清川くんの家に泊まった。多分これから一週間は清川くんち生活が始まるのだと思う。
昨日、体の違和感と共にやっとの思いで先生へノートを届け終わった後、清川くんが、「とりあえず俺んち泊まれ」って言ったのだ。当然お断りしたけれど、清川くんもなにも考え無しに言っているわけじゃなかったし、これからのことも考えなくてはいけないわたしたちにとって、清川くんの提案はとてもありがたいものだったのだ。元々清川くんは一人暮らしで親の心配をすることもなかったし。問題だったのはわたしの家の方だった。
「わたしの部屋は上がって右、クローゼットの中に引き出しがあるから、下着は一番上。お父さんはまだ仕事でいないから、お母さんに友達と勉強でお泊まり会してくるって言い逃げてきて」
「おいおいそんなんでいいのかよ」
「うん、後からメールするから。あ!充電器忘れないでね!」
「パンツとかさあ…」
「清川くんって意外とそういうとこ気にするんだ」
「……」
清川くんはむすっとした顔でわたしの家へ入っていった。ただいまという声とお母さんのおかえりという小さな声だけわたしに届いてドアはぴたりと閉じてしまった。そうしたらなんだかとてつもなく悲しくなってしまって、よく分からない突然変異によって清川くんと中身が入れ替わって、これから一生清川くんの体で生きていく、そしたらお母さんとも会話することもないんだって、段々小さな実感がやっと沸いてきて、沢山の荷物を持った清川くんがわたしの顔を見てぎょっとするのだ。ごめんね、ごめんね、泣きたいのは君もなのに。
ぼろぼろと泣くわたしの目を無理矢理、わたしの制服の袖で拭った清川くんはわたしの手を引いてぐんぐんと歩いた。きっと、周りから見たら異様な光景。泣いてる男とそれを引く女。見てくれは情けない男、でもそうじゃない。わたしの手を引く少女からずるずると鼻を啜る音がした。さようならわたしの、#name2##name1#としての人生。
20151206~08加筆修正
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