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目が覚めたら雑渡さんがいたし、言い合いをしていたら文次郎に殴られて倒れたし、喧嘩かと思えば何か仲はそんなに悪くなさそうだし。ちょっと、誰か状況を説明して欲しい。私だけが全く今の状況を理解できていない気がする。雑渡さんはというと、すやすやと寝ている。どういうことなの?
雑渡さんの腕から抜け出して文次郎を見ると、困ったような顔をして笑われた。ごめん、待って。何がどうしたの?


「えっ…なに、この状況」

「さぁ?眠かったんだろ?」

「床で寝るほど!?」

「酒でも入ってたんだろ?」

「あぁ、確かに今日は飲み会って…えっ、さっきまで元気だったのに、急に倒れるように寝ることってあるの!?」

「知らねぇよ。俺じゃなくて、そいつに聞け」


すうすうと寝息をたてている雑渡さんをもしかして私が起こすの?こんな状況なのに、私が起こすの?絶対に嫌だ。おまけに文次郎の前で雑渡さんの寝起きの悪さを露呈させたくない。どう考えても雑渡さんが恥をかくから。
文次郎は雑渡さんのポケットからはみ出たくしゃくしゃのネクタイに興味を持ったようで、ズルズルと取り出した。


「へぇ、ハイブランド品じゃねぇか」

「雑渡さんの持ち物は大体そうなの」

「ほぉ。タソガレドキ社に勤めてるだけのことはあるな」

「えっ。何で文次郎知ってるの?」

「社章を見れば分かる」

「そうなんだ。へぇ…」


私にはよく分からない。どう見ても髑髏だ。個性的なセンスだと思っていたけど、これ、社章だったんだ。
文次郎はまじまじとネクタイを見た後、にっと笑った。


「戦利品としてこれは俺が貰う」

「えぇ!?いや、多分駄目とは言わないと思うけど…」

「今日の記念にな」

「それ、何記念なの?」

「曲者に初勝利した記念だ。これは自慢できるぜ」

「…曲者?」

「あぁ、こっちの話。なまえ、俺バイトあるんだ。用意したら出るから、そいつ起きたら鍵ポストに入れておいてくれ」

「えっ…でも、文次郎寝てないよね?」

「たった一晩寝ないくらい何でもない」


文次郎は機嫌がよさそうに用意を始めた。やっぱり私だけが状況をうまく飲み込むことが出来ていない気がして仕方がない。私が寝る前まで文次郎、確か雑渡さんのこと怒っていなかったっけ?あれ、夢?夢なの??
頭の中が「?」でいっぱいになっていると、文次郎が大きな声でそうだ、と言った。思わずビクッとなる。


「えっ、なに…」

「昨日さ、なまえに好きって言ったの。あれ嘘だから」

「嘘…嘘ぉ!?」

「お前に彼氏が出来たと聞いて、友人代表として試してやったんだよ。お前の気持ちが本物なのかどうかを、な」

「えっ、待って。えっ…」

「だからさ。さっきみたく、お前の本音をぶつけてみたらどうだ?何度拒まれても、何度もぶつかってみろよ?」

「…うん。ありがとう」

「じゃあ、俺もう行くから。冷蔵庫の物食っていいからな」


そう言って文次郎は出て行ってしまった。取り残された私は呆然と座り込むしかない。時計を見ると、もう朝の8時だった。今日は土曜だからいいとして、雑渡さんをどのタイミングで起こしたらいいんだろう。というか、寒くはないのだろうかと今更ながら布団を掛けてみる。微動だにしない雑渡さんは心なしか幸せそうな顔をしているように見えた。
私は溜め息を吐いてから冷蔵庫を開けてみる。雑渡さんの家とは違って、ちゃんと食材が入っている。そうだよね、一人暮らしの人だって普通は自炊くらいするよね。やっぱり雑渡さんが特殊なんだと改めて再確認することが出来た。
ご飯を炊いて具材を炒め、皿を小さなテーブルに置いてから私は雑渡さんを起こした。予想外にも雑渡さんはすぐに目を覚ましてくれた。それでも怠そうではあったけど。


「朝ごはんができましたよ」

「朝…うわ、身体痛い…」

「床で寝るからですよ。もう」

「あー…あ、オムライスだ。珍しいね」

「嫌いでしたか?」

「いや、普通」

「普通ですか」

「これ、普通に好きって意味だから。覚えておいて」

「じゃあもう、好きでいいじゃないですか」

「いや、嫌い<<<<<普通<好きくらいの感覚なんだって」

「何なんですか…分かりにくいです」

「潮江くんは?」

「バイトなんですって」

「徹夜して行ったの?相変わらずだね」

「はい?」

「いや、別に何でも。あとさ、オムライスって可愛く文字とか書いてくれる物なんじゃないの?好き、とか書いてよ」

「この状況でよくそんなこと言えますね!?」

「あぁ、そう…じゃあ、次からは書いてね。いただきます」


平然とした様子で雑渡さんはオムライスを崩し始めた。私も手を合わせてから食べ始める。生クリームがなかったから卵はふわふわではなく、薄いし、固めだ。私はこっちの昔ながらな方が好きだけど、雑渡さんはどうなんだろう。
いや、もうそんなことはどっちでもいいか。だって、雑渡さんは私に「どうせ受け入れられない」と言った。ずっとそう思っていたんだ。だから、私には何も話してくれなかったということなのだろう。私は雑渡さんから信頼も期待もされていなかった。私は分かりたいと思っていた。少しずつ知っていった雑渡さんはとても子供っぽくて、素敵な人だった。これからもたくさん知っていきたいと思っていた。だけど、雑渡さんにとってそれは迷惑なだけだったんだろうな。


「ねぇ、雑渡さん」

「んー?」

「もう、私たち別れましょう?」


スプーンを動かしていた雑渡さんの手がピタリと止まった。ゆっくりと雑渡さんは顔を私の方に向けてくれた。
雑渡さんは自分を支えてくれる、分かってくれる人といた方がいい。私と違って、信頼出来る人といた方がいい。弱い人だから、支えてくれる人が必要だ。私は雑渡さんにそれを望んでもらえなかったのだから、彼の側にはいられない。
私は雑渡さんに笑い掛けてからスプーンを口に入れた。今日のオムライスは失敗した。少し、しょっぱかったから。


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