愛しさを痛みにかえて


土井先生って多分、結婚できないよ。笑顔で言ってみると、先生はわざとらしく胃を押さえた。だけど、私は知っている。それが先生の嘘だということを。だって、この前見てしまったもの。先生が女の人と歩いているのを。半年前に一人で髪飾りを買っていることも、一年以上前に櫛を買っていることも知っている。くノ一だから、先生の情報なんて嫌でもどれだけでも入ってきてしまう。土井先生の噂を聞くたびに私は寂しさを埋めるように彼氏をつくった。だけど、本当に好きになることなんてできなくて、結局は長続きしなかった。だから、きっと私は結婚なんてできないだろう。悔し紛れに先生に言った台詞は結局のところ、自分のことだった。
さて、言ってはみたものの先のことなんて特に考えていなかった私は、いつものように先生に続けて憎まれ口をたたいた。先生と困った生徒の一人、という演技に関してはくノ一で一番上手い自信がある。先生はいつものように怒ったような、困ったような顔をしながら私を叱ってくれた。それが私には嬉しくて、少し切なかった。


「先生は女心が分かってないもの」

「そうだな、分からない」

「忍者失格ですよー?向いてないんじゃない?」

「あぁ、それはよく分かってる」

「恋愛も下手そうだし」

「だろうなぁ…今度、享受願いたい」


やだ先生ったらー、なんて馬鹿にしたように笑って私は長屋に帰った。私にはくノ一として一生生きていく覚悟がある。だから、こんな演技ぐらい完璧にこなせる。対して先生は忍者としては優しすぎる。感情がすぐに顔に出るし、人一人騙すこともできなさそう。だから、学校の先生をしているんだろうなぁ…と勝手に予想しているけれど、当たっている自信がある。
恋って苦しい。だけど、先生と生徒でよかったなと思う。もしも先生の友達なら彼女を紹介されたかもしれない。同級生なら一緒に食堂でご飯を食べているところを目撃してしまうかもしれない。そんな時、何気ない顔で話をする自信なんて私にはない。ましてや、おめでとうなんて絶対に言えなかった。


「なまえ!」

「え、なに…訓練?」

「何言ってるのよ!あんたに贈り物よ!」

「はぁ…どこの忍たまよ」


同室のくノ一に起こされると、確かに小箱が枕元に置いてあった。くノ一長屋に忍び込んで贈り物をするなんて、相当な腕の持ち主だろう。ということは、6年生か…
箱を開けると、綺麗な生地の香り袋が入っていた。だけど、匂いを嗅いでみても何の香りもしない。中に手紙がはいっているのかと思ったけれど、香りのしない花や種子が詰まっているだけだった。これは嫌がらせなのだろうか…だとしたら、相当手の込んだ嫌がらせだ。忍たまに嫌われるようなことなど……まぁ、それなりにしているかもしれないけど。昨日、善法寺にマッチ投げつけてやったし。何にしても、腹立たしいことには変わりない。
そして、この日から贈り物攻撃は始まった。上品な鏡、櫛、紅、髪飾り。どれも私に似合うとは思えないくらい綺麗なもので、これが似合うくらい綺麗になれと言われている気がした。まったくもって不愉快だ。そして、相変わらず差出人は不明のままだ。
このまま毎晩長屋に忍び込まれるというのも不愉快な話だ。私は寝たふりをして相手を待つことにした。時に天井裏に忍び込むこともあった。だけど、待てど暮らせどそういう日に限って誰も来ない。お前の忍術くらいお見通しだと言われているようで、ますます腹が立った。相手が分かった暁には思いっきり殴ってやろうと固く決意するくらい私は腸が煮え繰り返っていた。
しかし、このままでは気が済まなかった私は枕元に手紙を書いて置いておいた。消極的な方法だろうが、相手が私よりも忍術が長けているのだから仕方がない。
そして、翌朝。更に私を馬鹿にするような手紙が返されていた。それも、えらく達筆な字で。


「なまえ」

「あ、先生!」

「朝から何をそんなに怒っているんだ?」

「先生!酷いんですよ?ほら!」


私は枕元に置いてあって文を土井先生に見せた。文には「秋の田の穂の上霧らふ朝がすみ何方の方にわが恋ひやまむ。土井半助」と書かれていた。わざわざ万葉集を引用した文を出すなんて雅な人だ、と思いきや、私が片思いしている人の名前を出すなんて馬鹿にしているにも程がある。
私が怒り心頭な口調で文を先生に押し付けると、先生は胃を押さえてしゃがみ込んだ。


「…なまえはその文、誰が出したと思う?」

「それを知りたいのに知らないんです!」

「文に名が書いてあるだろう」

「えっ!どこ?まさか暗号?え、何だろう」


流石は先生。この難解な文を一目で解読するなんて。今まで小馬鹿にしてすみません。
私が暗号を解読しようと文と睨み合いをしていると、先生はまた胃を痛がった。この人、結婚できないどころか死ぬんじゃ…生徒の愚痴にも付き合えないなんて、どれだけ弱い胃なのだろう。


「先生、もっと胃を労らなきゃ」

「誰のせいだ!」

「誰のせい?あ、犯人のせい?」

「そんなわけあるか!なまえは私が文を書いたと何故思わない?私がそれを書くのがどれだけ恥ずかしかったと思っているんだ。鈍いにも限度がある」


何よ、鈍いってそれじゃあまるで先生が私のことを好きみたいじゃない。どんな冗談よ。それとも、そういう課題を出すからお手本を見せようとでもしているのかしら。辺りを見渡してみたけれど、校庭には土井先生の気配しかなかった。
ということは、と考えついた答えはあまりにも自分に都合が良くて、だけど、その答えしか私には思いつかず何も言えなくなった。


「…先生、もしかして私のことが好き?」

「2年だ」

「何が?」

「2年前からずっと好きだった」

「嘘だー」

「お前は私の胃を蜂の巣にする気か!」


そんなに胃に穴が空いたら死にますよ、と頭の中でツッコミを入れつつ、今言われたことを繰り返し思い返す。だけど、それを信じられず私は狼狽えた。


「だって先生、彼女いるじゃん!」

「この前のことか?」

「そう…え、知ってたの?」

「忍者の先生だもん。あの時一緒にいた人は既に結婚しておられる。ミスマイタケ城嬢だ」

「先生、不倫はよくないですよ…」

「何でだ!ただの任務だ!」


先生の顔は赤くなったり青くなったりと忙しかった。だけど私の顔はきっと真っ赤だろう。頬から煙が出そうなほど熱いもの。


「先生、私のこと好き?」

「だからそう言っているだろう」

「酷い。何で今まで言ってくれなかったの?」

「お前、いつも誰かと付き合っていただろう」

「うん」

「言えるか!」


何でよ、言ってよ。
さて。この後私たちがどうなったかというと、先生の胃袋は蜂の巣になってしまった。だって私はもうすぐ卒業する身、難しい実習がたくさんあるから怪我だって当たり前のようにする。命が危険にさらされることも、貞操を奪われそうになることも多々あった。そんな私を恋人に持つ土井先生の胃は信じられないくらい頻繁に痛んだそうだ。
初めからこうすればよかったんだ、と先生は溜め息を吐きながら私の髪を撫でたけど、私としてはこれがいい結末なのかなんてよく分からない。先生には卒業してから月に5度程しか会えなくなったし、せっかく勝ち取った就職先は蹴ってしまったのだから。ただただ先生が家に帰ってくるのを先生の家で待つという毎日は私にとって刺激がなく、そして、身に余るほどの幸せだった。


「先生、結婚できなさそう」

「結果として、なまえもな」

「いつになったら祝言挙げてくれるの?」

「学園長先生になまえが卒業して一年は待てと言われているんだよ。生徒に手を出したから」

「あぁ、毎晩夜這いにきてたもんね」

「…そういうことを昼間から言うんじゃない」


胃が痛むふりをする半助さんの胸に頭を擦り付けると、ぎうと音がするほど強く抱き締めてくれた。
こうして私は幸せになった。長い片思いは結局のところ両思いで、忍者に向いていないと思っていた人は私よりも忍術が上だった。だからというわけではないけれど、私は家庭に収まった。今でも時々、目が覚めると贈り物が枕元に置いてあることがある。だけど、あの時と違って差出人は私の隣でちゃんと眠ってくれていた。



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秋の田の穂の上霧らふ朝がすみ
何方の方にわが恋ひやまむ
(秋の朝、稲穂の上に霞方なびくように私の恋心はどこへも行かず、貴方だけを思って漂っている)



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