★伸ばした手の先に、


私、可愛い男の人が好き

ふーん。私、可愛らしいリボンでも着けようか?

似合わないよ

私もそう思う


しかしよく降る雨だねぇと空を見る。何となく雑渡の手に自分の手を重ねると、ぎゅっと握ってくれた。
今日は久しぶりのデートだった。遊園地ってやつ。なのに雨で、乗り物はほとんど動いておらず、こうして観覧車なんかに乗ってのんびり過ごしている。こんなの家と大差ない。


「やめばいいのに、雨」

「そ?」

「なに、雨が好きなの?」

「好きだよ」

「変人」

「なまえみたいで好き」

「は?まさか私は雨みたいな女って言いたいわけ?」

「そう」

「なにそれ」


そんなにジメジメしてますかと握られていた手をほどいて腕を組む。それを見て雑渡は笑った。なにが可笑しいのよと睨みつけると、雑渡は目を細めて益々楽しそうに笑った。


「雨の音って好き」

「しとしと?」

「そう。よく眠れる。なまえといる時みたく落ち着く」

「あ!東京タワー!」

「あ。照れた」

「うるさい!」


くく、と雑渡は楽しそうに笑って私の手をまた握り締めた。さっきよりも強く。
雑渡はいつも嘘か誠か分からない冗談を言う。だから告白された時も本気かどうか分からなかった。そんなところが好きな自分もどうかと思うけど雑渡は風みたい。掴み所がない。
でも、雑渡と長く時間を共有するようになって気付いた。雑渡は真剣な話をする時は必ず一度目を閉じる。それは喧嘩した時だったり愛情表現の時だったり。何かを言う前に必ず目を閉じるのだ。だから実は私は少し怯えていた。観覧車に乗ろうと提案してきた時、雑渡は目を閉じたから。


「ねぇ、私ね、可愛い男の人が好きなの」

「またそれ?」

「だって本当だもん」

「私に対する当て付け?」

「雑渡は可愛いよ」

「どこが」

「ストラップのクマとか」

「なまえが着けたんじゃない」

「可愛いでしょ」

「おっさんが着けるものじゃないと思うけど。女子高生が着けてたら可愛いね」

「女子高生、好きなの?」

「普通」

「あっそ」


雑渡のポケットから覗くクマのストラップを見る。少しだけ汚れているけど、2年前に渡した時より愛着がある。30を超えたおっさんに可愛らしいストラップを渡したのは単なる嫌がらせではない。浮気防止、なんて言ったら怒るかな。
雑渡と同じ会社で働く私は、雑渡がどのくらいモテるのか知っている。だから女の気配を残しておかないと不安なのだ。嫌がりながらもストラップを外そうとしないところあたりに愛を感じた私は少しおかしいのだろうか。


「時になまえ」

「なに」

「私はモテるよ」

「自分で言う?」

「だって本当だもの」

「そ。それで?」

「でも、女って退屈だから好きじゃないんだよね。なーんも感じない」

「それ、彼女に言う?」

「彼女だから言うの」

「左様で」

「なまえとも、もう2年か」

「………」


あ、フラれる。そう感じた。
乗る前から嫌な気はしたんだ。きっとフラれるんだろうって思っていた。それでも、覚悟していたとはいえキツいものがある。飽きただけなら倦怠期ということで少し距離を置いておくだけじゃ駄目なんだろうか、なんて提案したら雑渡との関係が切れないのか考えていた私の顔を覗き込んで、雑渡は至極楽しそうに笑った。


「ぷっ。変な顔」

「…うるさい」

「そういうところ、好きだよ」

「変態なの?」

「知ってるくせに」

「そうね、変態ね」

「肯定の方向なの?彼氏なのに酷くない?」

「だって、その座り方、変態だもん」

「可愛い?」

「や、別に」

「相変わらずつれないねぇ。そのつれない女をどうやったら振り向かせられるか考えているうちに2年経っちゃったよ。このまま年老いそう」

「雑渡も年をとるの?」

「そりゃあ、とるさ」


なんとなく何年もこのままのイメージがある。というか、不死身っぽい。
雑渡が好きな女の子がどういう子かなんてよく知っていた。素直で可愛くて愛想のいい子。でも、そういう子はすぐに捨てられていたのも知っていた。だから私はどんな風に振る舞えばいいのか分からず、結果としてこんなやり取りばかりするようになっていた。本当は雑渡が好きで好きで堪らない。なのに、雑渡に好きだなんて言ったことは一度もない。言ったら負け、そんな気がした。


「ねぇ、なまえ」

「なに」

「私は可愛い女の子が好きなんだ」

「…知ってる」

「素直で優しくて思いやりのある、ちょっと焼きもち焼きな子が好き」

「知ってるよ」

「そういう子、ずっと探していたんだけど、なかなかいなくてね。本当に巡り会えたのは奇跡としか思えない」

「……会えたの?」

「うん」

「ふーん…」


精一杯の強がりだった。小声で言った「よかったね」は雑渡に聞こえただろうか。
2年、か。思ったよりは長かった。でも、もう少し一緒にいたかった。その少しがどのくらいかと聞かれると欲が出て、何年もとなってしまうけど。堪えていた涙が落ちた。雑渡はそれを見て、驚くわけでもなく、ただ楽しそうに笑っていた。


「予想通りの反応」

「なによ…」

「フラれる、と思ってるんでしょう?相変わらずネガティブだねぇ」

「違うの?」

「違うよ」

「…ねぇ、何それ」

「逆に聞きたい。なまえにはこれが何に見えるの?」

「指輪」

「だよね。よかった、美味しそうとか言い出したらどうしようかと思ったよ」

「そんなこと言うか!じゃなくて、それって…」


ダイヤモンド付きの指輪ってことは、もしかして。涙は止まって、逆に戸惑いが顔に出たのだろう。雑渡はますます笑った。


「な、なにが可笑し…」

「もう、私の前で強がらなくていいよ。というか、何でそんな強がるかな」

「だって…」

「ずっと一緒にいたいなんて思ったのは36年生きててなまえだけだよ。こんなに好きなのに、何で自信がないのかねぇ」

「だって、飽きられて捨てられたら嫌だと思って」

「飽きないよ。そんな変な顔ばかりする女」

「は!」

「そう。そういう顔、好き。でも、一番好きな顔、見せて欲しいなぁ」


笑いが微笑みに変わった雑渡は私の指に指輪を通してきた。また泣けてきた。ぎゅっと雑渡に抱き付くと、雑渡は髪を優しい手付きで撫でてくれた。


「笑顔はおあずけ?」

「結婚式まで待って」

「そんな先?」

「じゃあ観覧車から降りたら笑う。阿呆みたいにケタケタと笑う」

「意味が違う」

「とりあえず、もう一回観覧車に乗りたい」

「いいけど、何で?」

「もうちょっとだけ二人きりでいたいから」

「…あっそ」


観覧車が地上に着くまであと数分。それまで何回キスできるかなぁと言うと、雑渡は阿呆だと笑いながらも、とっても優しいキスを何度もしてくれた。




伸ばしたの先に、

私、可愛い男の人が好き

もういいよ、それ

何で拗ねてるの?

私と違うタイプじゃない、それ

昆は可愛いよ

どこが可愛いって?

すぐ照れるところとか

…照れてない

照れてるじゃん

照れてない

あっそ。ね、昆

なに

好き。だーい好きっ

……そう

あ、照れたー


好きなのは、いつもあなたでした。飄々としているくせに変に真面目で、堂々としているくせに照れ屋なあなた。そんなあなたと死ぬまで一緒にいられることは私にとってこの上ない幸せだわ。
縁側に座っている旦那に手を重ねながらそう言うと、あの頃よりも随分と年をとった手で、あの頃と何も変わらず握り返してくれた。


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