雑渡さんと一緒! 101


「ここ、違うよ」

「えっ」

「もう一度よく考えてごらん」

「んん…?あれ、こうですか?」

「あぁ、そうそう。合ってる」


笑い掛けてきた雑渡さんは再びパソコンへと目を落とした。
雑渡さんの仕事が始まった。始まったといっても出社しているわけではない。こうして私の側で一日中パソコンと向かい合っては色んな人に連絡を取っている。雑渡さんいわく、月末処理及び年末処理の前準備だそうだ。
このパソコンは山本さんが病院までわざわざ持ってきてくれた物。雑渡さんは大切そうに受け取って、申し訳なさそうに山本さんに謝っていたけど、山本さんは嬉しそうに笑っていた。雑渡さんは山本さんがあまりにも嬉しそうに笑うのを見て初めは驚いていたけど、その後照れくさそうに笑いながらお礼を言っていた。それを側で見ていた私は二人の関係性を知ることができて、とても微笑ましかったし、やっぱり山本さんは優しくて、素敵な人だと思った。お父さんみたい。いや、私の実の父は決して山本さんのような人ではないけど。
雑渡さんは会社を辞めずに済んだ。私は凄く嬉しかったし、社長さんはやっぱり優しい人だと思ったけど、雑渡さんはやはり怖い人だと言っていた。こうも受け取り方が違うのだから、きっと復職後に苦労することになると雑渡さんは分かっているのだろう。出した損失がどれ程の物なのか私には決して教えてくれなかったけど、雑渡さんの表情を見る限り、聞かない方がいい金額なのであろうことは分かった。凄く申し訳なかったし、雑渡さんが倒れないよう支えないといけないなと気を引き締めたのも束の間、私は勉学に追われることになってしまった。今もこうして教科書を開きながら小テスト集を解いている。時々、雑渡さんに教わりながら。
私の二年生の単位はゼロだ。絶望に打ちひしがれていると、雑渡さんが大学から届いた封筒を持ってきた。開けると、私が受講できなかった全ての講義分の課題を提出すれば単位を授与する旨が書かれた書類が一枚入っていた。課題の内容はレポートだったり、小テストだったり、様々だ。雑渡さんは適当な大学だと呆れていたけど、私としては助かったとしか言いようがない。去年頑張って単位を限界まで取っていたから、いくつかの必修をクリア出来ればいいだけだったから。これで去年ほどの数の単位を取れと言われたら無理だった。ただし、卒業するまでの残りの二年は地獄だろうけど。


「んー…」

「どうされました?」

「いや、酷いなと」

「酷い?売り上げが?」

「私が言えたことではないけど、酷い。酷過ぎる」


雑渡さんは溜め息を吐いた。ゼロが山ほど記載されているエクセルが万が一にも売り上げの金額だとするなら、相当な稼ぎだ。だけど、これで酷いというのなら、普段はどれだけ売り上げていたのだろうかと思うと少し怖くなった。
私は社長さんに雑渡さんが仕事中にも泣き、ミスばかりしていたと聞かされた。それどころか、取り引き先で倒れたそうだ。ただ、相手方には同情されて結果としては上手く纏まったそうだけど。それでも、そんなにも雑渡さんが私のことを想ってくれていたと知ると申し訳なさを通り越して、呆れてしまったというのが本音だ。いや、嬉しいといえば嬉しいのだけど。それでも私は喜ぶ立場にはない。退院したら絶対にタソガレドキ社にお詫びに二人で行こうと固く誓った。


「もう嫌になった。私は休憩する」

「あ、私も。私も」

「なまえはもう少し頑張りなさい」

「やっと雑渡さんが私を見てくれたんだから、少しくらい雑渡さんを独り占めする時間をくれてもいいじゃないですか」

「そう言うと私が喜ぶとでも思っているね?」

「違うんですか?」

「いいや、嬉しい。ほら、おいで」


両手を広げた雑渡さんの座るソファにベッドから出てゆっくりと歩く。ほんの数メートルしかない距離なのに、果てしなく遠く感じた。凄く疲れて息が上がってしまうほどに。
私の体力は底まで落ちていた。リハビリで歩行訓練が始まっていたけど、あっという間に疲れてしまう。息が苦しくなってしゃがみ込んだのを見て青ざめた雑渡さんの顔が今でも忘れられない。はっきりと絶望していた。だけど、これはリハビリを続ければいずれ元に戻るそうだ。それを理学療法士さんから聞いて雑渡さんはホッとしていた。もちろん私も。
私が近くまで行くと、雑渡さんはぎゅうっと抱き締めてくれた。息を整えている私の頭を優しく撫でて労ってくれる。


「私がもしも一生歩けなかったらどうしました?」

「別にどうもしない」

「でも、ショックでしょ?」

「そりゃあね。だけど、私はリハビリしている姿を見ているとまたなまえが倒れるのではないかと気が気ではないよ」

「あぁ、それであんなに青ざめていたんですか?」

「そんなに青い顔をしていた?」

「ちょっと面白いくらい青ざめていましたよ」

「私にも人の血が通っていたということだね」


何ですかそれは、と私が笑うと、雑渡さんはそっとキスしてきてくれた。病院でする雑渡さんとの触れ合いはキスまでだ。流石にそれ以上のことは病院では出来ない。だけど、雑渡さんが私に触れる手つきは日に日にいやらしくなってきていた。もう、我慢できないと言わんばかりに触れてくる。
そして今日遂に、雑渡さんは私の浴衣を剥いできた。下着の下に手を入れ、胸をいやらしく撫でられる。唇を首筋に這わせられ、吸われた。私が思わず声を上げてしまうと、雑渡さんはもう駄目だと言いたげな顔をしてから私の下着を外した。激しいキスをしながら、脚を撫でられる。冷たい指先がそろりと上がっていったあたりで流石に私はまずい状況になっていることに気が付いた。雑渡さんは止まる気がない。


「ま、待って!」

「もう、無理。これ以上は我慢できない…」

「ここは病院ですよ!?」

「いいじゃない、一度くらい」

「駄目ですって!人が入ってきたらどうするんです!?」

「出て行くんじゃない?流石に」

「い、嫌です!恥ずかしくてお嫁に行けなくなります!」

「いいじゃない。なまえは私が貰うんだから」

「そういう問題じゃあ…」


ほら、こんなにも濡れているよ、と雑渡さんは指を進めてきた。ビクッと身体が震えた。声を必死に殺しながら雑渡さんに縋り付くと、雑渡さんはそれを好機と捉えたようで、指先で中を犯された。理性がぐらぐらと揺れるのを感じる。


「駄目…いやっ、駄目…っ」

「あぁ、こういうのもいいものだね。興奮する」

「ば…かじゃない…のっ」

「おや、相変わらず生意気な口だね」


悪い子だ、と雑渡さんはいやらしく笑って私にまたキスしてきた。どうしよう、早く挿れて欲しい。絶頂に導いて欲しい。いや、でも駄目。ここは病院だから駄目。
息が上がって力が入らない。あぁ、おかしくなりそうだ。


「…ねぇ、私、欲しい。雑渡さんが欲しい…っ」

「これは可愛いことを言う…珍しく素直じゃない」

「だけど、TPO的によくないです…」

「ふむ。では、TPOとは何の略なのか分かればやめようか」

「TPO!?Time、Place、O…O!?Oって何!?」

「ふ…後で教えてあげるよ」


雑渡さんの上に跨らされ、挿れられた。こんな背徳感があるのに興奮するなんて、私はおかしいのだろうか。凄く気持ちがいい。雑渡さんを感じる。求められているのを感じる。寂しかった、怖かった、嬉しかったと色んな感情を肌で伝えてきてくれる。温もりが恋しかったと教えてくれる。
きゅうっと下半身が締まるのが分かった。雑渡さんはつらそうな声を出しながら、熱に浮かされた顔を近付けてきた。


「…ねぇ、もう少し激しくしてもいい?」


私の返事を待たずに雑渡さんは私の脚を開いて奥まで進めてきた。思わず漏れた声は大きかったのだろう。雑渡さんは、にまっと笑いながら「いらやしい子だね」と言った。
雑渡さんの肩で声を必死に殺して、何も考えられなくなるほど気持ちよくなってしまい、私は絶頂を迎えた。息が苦しいなんてものではない。意識が飛びそうだ。身体の力が抜けて、動くことが出来ない。それは雑渡さんも同じで、なかなか私から離れていこうとはしなかった。しばらく抱き合いながら息を整えていて一つの考えに辿り着く。雑渡さんが離れないということは、それってつまりは外に出していないということ?えっ、まさか、中に…えっ…まさか、まさか…


「まさか、中に…」

「出しちゃった」

「ぎゃあっ!」


反射的に私は雑渡さんから離れた。抜いた途端にドロっと脚に熱いものが滴る。これって、つまり、あれってこと?
雑渡さんは特に慌てた様子もなく、のんびりと衣類を整えていた。そして、やっぱり、のんびりと私の衣類を整えてきた。あまりにも何事もないような顔をしているから、中に出されたことは私の勘違いだったのではないかと思う程だ。


「へぇ、こんなにも出てくるものなんだね」

「さ、最低!外にしてくれるって言ったのに!」

「私はちゃんと理性が持つ限りは、と言ったよ」

「じゃあ、どうして理性が持たなかったんですか!?」

「そりゃあ、あまりにも気持ち良くて」

「酷い!もう本当にお嫁に行けない…」

「だから、なまえは私が貰うんだって」


結婚するんだから、何の問題もないでしょ?と言う雑渡さんを叩く。この間は籍はまだ入れないと言っていたから卒業まで待ってくれるのかと思っていたのに、全然待つ気なんてないじゃない。拒めなかったどころか欲しがった私も悪いけど、まさか中にするなんて思ってもみなかった。こんなことなら去年、避妊具を使う習慣を作っておけばよかった。今更やっぱり使おうと言ったところで雑渡さんはもう使ってはくれないであろうことは確実だ。
私がどうしようか悩んでいると、ドアがノックされた。ビクッと私が震えると、雑渡さんはやっぱりのんびりのした声で「今、着替えているから少し待って」と言った。そして、口に指を当て、色気に満ちた顔で笑うものだから、故意的に中に出されたのではないかと思わず疑ってしまう。


「…後で言いたいことが山のようにありますから」

「それは怖いことだね。思わず震え上がるよ」

「またそんな嘘をついて!」

「ま、いいじゃない。子供が出来たら可愛がるし」


雑渡さんの子供が欲しいと思っていた。だけど、これは絶対に不正解だ。ましてや病院でなんて不健全にも程がある。
しばらくして、きぃちゃんが入ってきた。きぃちゃんは雑渡さんにいつものように誰か紹介して欲しいと言っては断られていた。先日、雑渡さんにプロポーズされたことを伝えていたから、きぃちゃんは興奮気味だったけど、私がいつもよりも口数が少なかったのは言うまでもない。



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