雑渡さんと一緒! 103


12月上旬、遂に雑渡さんが仕事に行き始めた。残念ながら私の退院よりも先に出勤することになってしまった雑渡さんは口では嫌だ嫌だと言っていたけど、その顔は嬉しそうに見えた。私としても雑渡さんがやり甲斐があると思える仕事にまた就くことが出来て嬉しかった。だけど、毎日当たり前のように朝から晩まで雑渡さんは病院にいたから、これから少し寂しくなってしまうかもしれないと昨日は思った。
なのに何故、雑渡さんは私の前でお弁当を食べているのか。


「あ、これ当たりだ。そこそこ美味しい」

「雑渡さん、仕事は?」

「行くよ?これ食べたら行く」

「家から直接行けばいいじゃないですか」

「だから、私はなまえと一緒じゃないと何も食べないって」

「そんなこと言っている場合ですか!?遅刻しますよ!?」

「大丈夫。会社からここまで車で10分だから間に合うよ」


それより早くなまえも食べなさい、と言われて私は少し冷えた玉子焼きを口にした。私の食べる食事は先週から普通のご飯になっている。本当によかった。あんな液体だけの食事が運ばれてきた時はどうしようかと思ったものだ。食べればそれはそれで美味しかったけど。
お弁当を食べ終わった雑渡さんは袋から珈琲とティラミスを取り出した。あまりにも美味しそうなティラミスに思わず私が釘付けになっていると、雑渡さんは苦笑いした。


「午前のリハビリが終わったら食べなさい」

「わぁい」

「じゃあ、また昼に来るから」

「えっ。昼にも来るんですか?」

「当然。いってきます」


ちゅっと軽くキスをしてから雑渡さんは出て行った。慌ただしいけど、雑渡さんは大丈夫なのだろうか。随分と体重は戻ったようだけど、まだ本調子とはいえないだろう。これから雑渡さんはどんどん忙しくなる。なのに、私は側でそれを支えてあげられない。こうして病院にいることしか出来ないことがもどかしい。いや、やっていることもあるけど。病院の起床時間である6時に雑渡さんにモーニングコールをすることだ。これは今朝から始めたことだけど、驚くほど直ぐに起きた。電話口であまりよく寝れないからと言っていたけど、倒れてしまったりはしないだろうか。栄養状態も悪く、睡眠も足りていないのなら、去年でさえギリギリな感じで終わらせていた年末処理の最中に倒れてしまいそうだと思った。
リハビリをしながら担当の理学療法士さんに相談してみる。


「朝は来ないでって言えばいいんじゃない?」

「いや…来ないでと言っても何だかんだ来そうですし、本当に朝ごはんを食べずに出勤すると思うんです、あの人の場合」

「あー、あの彼氏さんならそうかもね」


リハビリで昇降運動をしながら笑われた。私はどうやらこの病院では有名人らしい。私が、というよりも雑渡さんが有名というか。今時珍しいくらい献身的で、おまけにイケメン。だけど、怒らせると恐ろしい人。そして、そんな人に好かれているのは一度死亡確認をしたにも関わらず奇跡の生還をした私。まるでドラマみたいと色んな人に言われた。非常に恥ずかしいからやめて欲しい。


「よし。今日のリハはここまでにしようか」

「ありがとうございました」

「そういえばさ、作業療法ってもう終わってるの?」

「はい。割とすぐに終わっちゃいました」

「そっかぁ。じゃあ、駄目かー」

「?」


私のリハビリは理学療法と作業療法があった。理学療法では主に全身の運動を、作業療法では主に指先の運動をしてもらっていた。だけど、お陰様で麻痺もなかった私は日常生活に必要な動作をすぐに出来るようになった。だから、本当にすぐに終わってしまった。楽しかったんだけど。
理学療法士さんは壁に貼ってあったポスターを指差した。


「人が集まらないって聞いてさ。でも、終わってるなら…」

「あれ、誰でも参加していいんですか?」

「患者さんならね。まぁ、お婆ちゃんが多いけど…」

「やります!私、是非参加したいです!」

「本当?よかった。じゃあ、申し込んでおくね」


うきうきと病室に戻ってから雑渡さんが買ってくれたティラミスを開ける。今頃、雑渡さんは何をしているんだろう。パソコンに向かっているのか、それとも外回中なのか。何にしても、頑張っていることだろう。そう思うと愛しくなる。
そうこうしているうちに、お昼ごはんが運ばれてきた。今日も美味しそうなラインナップだ。私が作るとどうしてもお昼は焼きそばとかオムライスのような単品になってしまうから、献立をメモすることは帰ってからの助けになると思い、入院中ずっとやっている。なかなか自分ではここまでは作れないだろうけど、それでも雑渡さんの役に立つのなら嬉しい。というより、私は前世では料理が苦手だったのに、どうして今は得意とは言わないまでも無難に出来るのだろうか。もしかしたら、前世の私が悔やんでいたからだろうか、雑渡さんのために美味しいご飯が作れるようになれればいいのに、と。だとするのなら、その力をどこまでも伸ばしていきたい。過去に出来なかったことを今、やり遂げられるだけの環境に私はいるのだから。その幸せを手放したくない。
そっと耳のピアスに手を当てる。雑渡さんが私に贈ってくれた二つ目のピアス。雑渡さんは別に贈りたくて贈ったわけではないと言っていたけど、私のピアスホールが閉じないように用意してくれた物だときぃちゃんから聞いた。決して素直ではないけど、こうして私を大切にしてくれる人のために私も出来ることは何だってしたい。だから、頑張る。
私が一人意気込んでいると、雑渡さんが病室に入ってきた。


「や。どう?変わりない?」

「変わりませんよ、そんな数時間で」

「ならよかった」

「雑渡さん、お昼は?」

「コンビニで買ってきた。なまえ、これから?」

「はい。待っていました」

「えっ。そんなことしなくてよかったのに」

「だって、意地でも私のお昼に合わせて来ると思ったので」

「まぁね」

「私だって雑渡さんと一緒にいつもご飯を食べたいと思っているんですからね?さぁ、一緒にいただきましょう?」


私が笑いながら手を合わせると、雑渡さんは椅子に座りながら無言でお弁当を開けた。珍しく手を合わせることなく食べ始めたから、何事かと思って顔を見ると、頬を赤く染めていた。私がじっと見つめていると、雑渡さんは「見るんじゃない」と言って私の顔を大きな手でぺたりと塞いできた。
やっぱり私は雑渡さんがキュンとするポイントがよく分からない。ごく普通のことを言っているつもりなのに。だけど、こうして喜んでくれるのなら私も嬉しい。そして、私があのプログラムに参加したら雑渡さんはどんな反応をするのだろう。自惚れではなく、きっと喜んでくれることだろう。私はその時の雑渡さんの反応が楽しみで、わくわくとしながらよく出汁の効いた美味しい澄まし汁を口に含んだ。


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