雑渡さんと一緒! 110


「いいですか!?これは戦場です」

「戦場」

「初詣なんて思わないで下さい」

「初詣なのに?」

「覚悟はいいですね?」

「あぁ…えっ、何が始まるの!?」

「行きますよ!」


なまえは人混みに向かって走り出した。本当に何が始まるのかさっぱり分からない私は手を引かれるままに呆然と着いていくしかなかった。背の低いなまえはあっという間に見えなくなってしまい、かろうじて繋がれている手だけがなまえを唯一感じる。だけど、その手もすぐに離されてしまった。私が動揺していると、高台から複数人の神主が箱を掲げ、その箱から何かを撒いた。途端に人に押され、我も我もとみんなが手を伸ばすものだから、私も手を伸ばした。手に取れたのは小さな菓子だった。こんな物のためにこれだけの人数が集まっているのかと思うと驚きを隠せない。こんな物、買えばいいのに。ここまで必死になってまで欲しいのだろうか。
そして、なまえの安否が分からない。どちらかといえば、私は撒いている菓子よりもそっちの方が気になった。ただ、何となく手を伸ばすと面白いくらいによく取れる取れる。私の背が高いこともあるだろうけど、元々動体視力がいいから菓子を掴むことくらい何でもなかった。
やがて人混みがはけていき、ようやくなまえが見えた。髪はボサボサになっているし、ぜえぜえと肩で息をしている。


「あ、雑渡さん…」

「よかった、無事で。潰されたかと思ったよ」

「私、私…初めて掴みました!」

「へぇ。よかったね。いくつ?」

「一つです!やったぁ」


一つ。あんなに撒いていたのに一つ。あぁ、だけど、背が低い上にとてつもなく鈍臭いなまえが一つでも掴めたのだとすれば、これは凄いことなのかもしれない。私は咄嗟に掴んだ菓子をポケットにしまった。


「雑渡さんは!?」

「ん」

「えっ、ゼロ!?嘘だ!」

「あ、分かった?」

「どうせたくさん掴んだんでしょ?」

「まぁ、そこそこ」

「いいです、分かってますから。あぁ、でも初めて手に取れた。今年は何だかいいことがありそうな気がしてきました」

「そういう物なの?これは」

「そうです。よし、じゃあお参りしましょう」


よく分からない文化が一瞬で始まり、一瞬で終わった。だけど、とりあえずなまえが嬉しそうでよかった。意味は最後まで分からなかったけど。まぁ、後で聞けばいいだろう。
参拝を済ませて、おみくじを引く。生まれて初めて引いた。


「あ、大吉だ」

「幸先がいいじゃない」

「わぁい。雑渡さんは?」

「大凶」

「大凶…えっ、大凶!?」

「へぇ、大凶とか本当に出るんだね」

「えっ、何て書いてあるんですか!?」


願事:もうすぐ叶う
商売:売り買い共に今が最良
縁談:今がその時

までは良いことだった。ただし、

恋愛:相手を思いやれ、失う
争事:負けずとも勝てず
病事:気を強くもてよ、治る

と今一つ良いことは書いてなかった。まぁ、大凶なんてこんなものなのだろう。むしろ、良いことも書いてあって驚いたくらいだ。初めてひいたけど、これはなかなか興味深いものだなぁと思いながら私が読んでいると、なまえはふるふると震えていた。そして、木を指差した。


「結びましょう!」

「何で?」

「神様にいい方に導いてもらうためです!」

「ほぉ?」

「ほら、早く!」


なまえが何をそんなに焦っているのかよく分からないけど、言われるがままに木の枝に結ぶ。なまえは私と違って信仰深いのだろう。こんなもの、ただのくじだ。数ある紙の中から一つ選んだだけに過ぎず、そんな物くらいで人生を左右されるはずなどない。
まぁ、あえて反発する理由もない私は大人しく言われたまま鳥居の前で頭を下げてから帰宅した。ポケットから先程掴み取った菓子を出すと、なまえは感嘆の声をあげた。


「すごーい。幸先いいですよ、これは」

「そうなの?」

「神様から幸運のお裾分けですから」

「ふーん」

「というか、雑渡さんって本当に動体視力がいいですね」

「なんかね。あまり役には立たないけど」

「立っているじゃないですか。わぁ、食べましょう」


なまえはソファに座って、一つずつ丁寧にテーブルに並べていた。私が掴んだのはどれも甘い物ばかりで私は食べられない。そもそも、私はなまえと違って菓子なんて滅多に口にしない。菓子を口にするよりも煙草を口にした方がいいからだ。口寂しくなれば煙草を吸う私にとって菓子はそれほど価値のあるものではなかった。
煙草に火をつけ、煙を空に吐いてから珈琲を口に含む。


「全部なまえが食べなさい」

「えっ!」

「私、甘い物食べられないし」

「あぁ…あ!じゃあ、私が掴んだのをあげます」

「いいよ、別に。なまえが食べなさい」

「いいから。大吉のお裾分けってことで」


はい、と渡された小さなあられ。あられなんて子供の時ぶりかもしれない。二粒入っていたから、一つはなまえの口に入れて、もう一つは自分の口に放り込んだ。
幸せのお裾分けねぇ…こんな物でそうなれればいいけど。まぁ、縁談の結果がよかったわけだし、一概に悪い運勢というわけでもないだろう。婚姻は今年の一大イベントとなるわけだし。おまけに、3月27日は大安だった。これはなまえの言葉に倣えば、幸先がいいと言えることだろう。
おみくじなんて、ただのくじだと思っていた。大凶であろうとも、そんな物くらいで私の人生が左右されることなどないと、そう思っていた。だけど、後から思えばこれは警告だったのだろう。今年、私となまえが離れることになる、と。



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