雑渡さんと一緒! 113


「じゃあ、行って来ます」

「ん。式が終わったら連絡して」

「はい」


今日は成人式だ。私は残念ながら振り袖を着ることが出来なかった。買うことも借りることも意識がなくて出来なかったから。だから、入学式の時に着ていたスーツを見に纏ってきぃちゃんの家に向かった。
きぃちゃんの実家は美容院だ。せめて、頭だけでも可愛くして貰いたかった私は午前中から出掛けた。午後からある成人式には十分に間に合う時間に起きた私は昆奈門さんを起こすつもりはなかったけど、昆奈門さんは車できぃちゃんの実家まで送るから起こして、と言った。そして、式が終わったら同窓会の会場まで送ってくれるらしい。雪が降り積もっているとはいえ、私だってこの雪国で何年も生活しているのだ。下駄を履いて歩くのならまだしも、低いヒールのパンプスでくらいなら普通に歩ける。何時に頭のセットが終わるのか分からなかったから、会場まではきぃちゃんとタクシーで行くことにしていた。
美容院の扉を開けると、きぃちゃんが頭を整えてもらっていた。既に華やかで、可愛い赤い振り袖を着ている。


「わぁ、きぃちゃん綺麗…」

「ふふん。いいでしょ」

「羨ましいなぁ。ね、後で写真撮ろうね」

「ね。あぁ、なまえのは奥にあるから」

「私の?」

「えっ。雑渡さんから聞いてないの?」

「何を?」

「えぇー…まぁ、奥の部屋に行ってみな?」


きぃちゃんのお母さんに案内されて入った部屋には綺麗な振り袖が掛かっていた。白い振り袖の肩には大きな椿があり、裾にまで細やかな花と金糸が入っていた。あまりにも綺麗な振り袖で、思わず見惚れてしまった。
きぃちゃんのお母さんは襦袢を私に渡してきた。襟には綺麗な花が刺繍された半襟が縫われている。見ていて、どこか懐かしいような、愛しいような、不思議な気持ちになった。


「…これ、貸していただけるんですか?」

「これはなまえちゃんのだもの」

「へっ…?」

「ほら、いいから早く。間に合わなくなるから」


言われるがままにスーツを脱いで襦袢に袖を通す。絹の肌触りが心地いい。襦袢の着方も分からない私を見かねて、きぃちゃんのお母さんは手伝ってくれた。そのままかかっていた綺麗な振り袖を着付けてくれる。鏡を見て、私は震えた。昔、昆奈門さんが私に見立ててくれた着物によく似ている。


「これ、これって…」

「なまえちゃん、いいから次は頭をやるよ」

「えっ、はい…」


どうしよう、泣きそうだ。これって、まさか昆奈門さんが私のために用意してくれたの?だけど、いつ?着丈も私にピッタリだ。とても元からこの美容院にあった物とは思えない。もしかして、もしかしてこれって…


「わぁ、なまえ、綺麗」

「ねぇ、きぃちゃん。これって…」

「本当に雑渡さんから何も聞いてないんだね。なまえが入院していた時に雑渡さんがなまえに合わせて作った着物だよ」

「う、嘘…いつの間に…」

「いつだったかなぁ…5月くらい?雑渡さんね、デパートの呉服屋さんを病室に呼んで、何種類もなまえに合わせてたんだよ。私はなまえにはもっと派手なピンクとか赤がいいって言ったんだけど、雑渡さんは絶対にこれが似合うって言って」


だけど、正解だったね、ときぃちゃんは笑ったけど、私は泣いてしまった。昆奈門さんが私のために振り袖を見立ててくれていたなんて、聞いていない。昆奈門さんは何も言わなかった。それに、私の意識が戻らなかったらどうするつもりだったんだろう。おまけに、こんな高そうな振り袖を私のために買うなんて、どうかしている。
私がボロボロと泣いていると、きぃちゃんが怒った。化粧が落ちるから、もう泣いたら駄目だと言って。確かに鏡に映っている私の顔はぐちゃぐちゃで、とても見れるものではなかった。きぃちゃんのお父さんに頭をセットしてもらった後、お化粧を直してもらって、私たちは成人式に行った。
昆奈門さんの言う通り、式は退屈だったけど、懐かしい人たちに沢山会えて嬉しかった。そろそろ、と私が昆奈門さんにメールを送ると、既に外にいると言う。カコカコと下駄を鳴らしながら外に出ると、確かに昆奈門さんが待っていた。


「あぁ、愛らしいね。よく似合っている」

「昆奈門さん、これ…っ」

「ふむ。やはりなまえは椿がよく似合う」

「…私は椿ほど美しくも、儚くもありません」

「いいや。なまえは美しいし、儚い存在だと今でもそう思っているよ。だから、私の手の届くところに置いておかないと心配で仕方がないよ。まぁ、椿は別に儚くはないけどね」

「どういうことですか?」

「昔、なまえは椿は己の散り際を知っていると言ったね。だけど、私はそうは思わない。椿は花を落としてからも人の心に残り続ける。儚いどころか、殊勝な花だ。いつまでも人の…私の心の中で美しく咲き続ける椿はまるでなまえのようだ」

「なんですか、それ…」


泣いたらお化粧が落ちてしまうじゃない。そんなことを言うなんて狡い。ましてや、こんな人前で。
私は人前だけど、昆奈門さんを抱き締めた。昆奈門さんは笑いながら私を抱き返してくれた。同級生たちが囃し立ててきたけど、昆奈門さんに対する愛情が止まらない。
その後、きぃちゃんが泣くなと怒って、二人で同窓会の会場に送ってもらった。別れ際に「絶対に酒は飲むんじゃない」と言われたけど、別にもうお酒を飲みたいとは思わないから飲むつもりはない。それに、私は早く家に帰りたかった。
二次会にも参加せず、振り袖を着たまま私はタクシーで家に帰った。昆奈門さんは連絡して欲しかったと言ったけど、私は怒る昆奈門さんに抱き着いた。昆奈門さんが私を過去からどれだけ愛してくれてくれていたか振り袖を通して伝わってきて、愛しくて仕方がなかった。
私は椿のように美しくも、儚くもない。だけど、昆奈門さんの心にずっと今日の私が残っていて欲しい。過去の私ではなく、今の私を焼き付けて欲しい。私はもう、儚く散らないから。もう、あなたの側にずっといるから。


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