雑渡さんと一緒! 114


「なぁ、誰か紹介してくれよ」

「…は?」


喫煙所で佐茂に会ったかと思えば、唐突に妙なことを言われた。私が怪訝な顔をしていると、佐茂は笑った。


「いや、雑渡も結婚するし?」

「私の結婚と何の関係があるの」

「幸せそうだなぁ、と」

「あぁ、幸せだよ。それで?」

「俺も幸せになりたいなぁ、的な」

「何それ」

「いいだろ。お前、顔が広いんだし、紹介してくれよ」


顔が広いといっても、別に女に対して広いわけではない。だいたい手を出してきているし。私の手つきの女を紹介するというもの、おかしな話だろう。そもそも、私自身、関係を持った女と二度と話などしたくもないし、向こうも急に佐茂を紹介されても困るだろう。
第一、佐茂は亡くした女をまだ忘れられないのではなかったのか。やはり私が怪我な顔をすると、やはり佐茂は笑った。


「いや、俺もそろそろ先に進もうと思って」

「ふーん。いいんじゃない」

「と、いうわけで誰か紹介してくれよ」

「生憎、私に女の知り合いはいない」

「ほら、なまえちゃんの友達とか」

「なまえの友達ぃ?」


いるにはいる。ただ、北石はあまり紹介したいと思える女ではない。それ以前に北石には付き合って長い男がいるらしいし。まぁ、その男の気が知れないけど。私なら嫌。
何にしても、佐茂に紹介出来る女などいないと適当にあしらってから別れ、部署に戻って残りの業務を片付けた。
今日のご飯は何だろうかと考えながら帰るのはなかなか楽しい。家に帰ると暖かい家に夕飯が用意されているというのは嬉しいものだ。きっと今日のご飯も美味しいことだろう。


「ただいまー」

「昆奈門さん…」

「えっ。何で泣いているの?」

「これ…」


なまえはテレビを指差した。ここ最近、よくテレビで見るようになった俳優の熱愛報道がされていた。確か、出身はこのあたりで、よく地方ローカルの番組にも出ている若手俳優。


「…で?泣くほどのファンだった、と?」

「違います。私は違いますけど…」

「だったら、いいじゃない。それより今日のご飯は…」

「よくないです!よくないんです…っ」

「んん…?」


確かに部屋にはいいにおいが漂っているから夕飯は既に完成しているはずなのに、なまえは泣きじゃくった。この俳優のファンでもないというのなら、一体、何に対してなまえは泣いているのだろうか。というか、お腹空いた。
とりあえず、すぐに夕飯が出て来そうな雰囲気ではなかったから、部屋着に着替えた。何なのだろう、さっぱり分からない、と私が困惑していると、寝室のドアが勢いよく開いた。


「び…っくりした…えっ、何?」

「昆奈門さん…」

「な、なに…」

「誰か紹介して下さい!」

「は…はぁ!?」

「誰でもいいんです!誰か紹介して下さい!」


どうして私が好きな女に、というか、婚約者に男を当てがわなければいけないんだ。堂々とした浮気宣言かとなまえの頬を掴む。ふざけるな、お前は私のものだ。
なまえを抱き上げ、ベッドに降ろす。あぁ、寝室で丁度よかった。このままなまえが誰のものか分からせられる。


「待って下さい!ねぇ、早く誰か紹介して!」

「うるさい。お前は私のものだ。誰にもくれてやらない」

「何を言っているんですか!?」

「あぁ、うるさい。もう黙れ」


キスしながらなまえの服に手を忍ばせる。折角、人が夕飯を楽しみに帰ってきたというのに、帰って早々こんな不快な気持ちにさせて。腹が減っているけど、もういい。
私が事に及ぼうとしていると、リビングでなまえの携帯が鳴った。すると、なまえは私を突き飛ばして走っていった。


「き、きぃちゃーん…」


苛々としながらリビングに行くと、なまえは泣きながら北石と電話をしていた。何やら話し込んでいるようだけど、生憎なまえと話をしなければいけないのは私だ。
私はなまえから携帯を奪い取って、そのまま北石に電話を切る旨を伝えるつもりだった。だけど、北石も泣いていた。


「えっ、なに、お前たち…」

「あ!雑渡さん!丁度よかった、誰か紹介して下さい!」

「は?嫌だと言っているでしょ。大体ね、お前には男がいるんでしょ?なのに、よく紹介しろと言えたものだ。不快だ」

「もう振られました!」

「あぁ、そう」

「振られ…っ、う、うわーん!」


北石は電話口で大声で泣き始めた。あまりにも醜い泣き声で、思わず電話を遠ざけると、なまえが奪い取って行った。


「大丈夫だからね、きぃちゃん。昆奈門さんに誰か紹介してもらおうね。私からも頼むから。だから泣かないで…」

「あ、紹介して欲しいって北石にってこと?」

「他に誰がいるというんですか!?」

「いや、てっきりなまえにかと思った」

「はぁ!?あぁ、もう…きぃちゃん、あんな浮ついた芸能人と違って、誠実な人を紹介…はっ、そうだ!一人いい人がいるよ」


なまえは何かを思いついたように私に近付いてきた。思わず後退りする。何か、とんでもなく嫌な予感がする。


「昆奈門さん、佐茂さんをきぃちゃんに紹介して下さい!」

「ほら、やっぱり…」

「佐茂さん、かっこいいし、お洒落だし、優しいし、誠実だし、それに、彼女いないんでしょ!?佐茂さんしかいません」

「いや、待って。佐茂は彼女を亡くしているんだよ?」

「いいじゃないですか、別に。新しい恋をすることは悪いことではないと思いますよ?うん、佐茂さんだ。よし!きぃちゃん、ごめん。電話は切るね?昆奈門さんを説得するから」

「えっ。いや、待って。しないから、紹介なんて」


私が拒否しているというのに、なまえは電話を切って、じりじりと近付いてきた。いや、なに、この状況。


「昆奈門さん、佐茂さんを紹介しましょう!」

「佐茂の意思は無視するの!?」

「佐茂さん、彼女作る気ないんですか?」

「いや、まぁ、何か欲しいようなことは言っていたけど…」

「ほらぁ!佐茂さんを紹介しましょう!」

「嫌だよ、北石なんかに!」

「きぃちゃんはいい子です!本当に一途な子なんです!」


どこが。あんな、人を見た目と肩書きでしか評価出来ないような低俗な女を佐茂に紹介するわけにはいかない。まぁ、北石ごときに佐茂を落とせるとは到底思えないけど、あんなのとなまえが親しいと思われること自体が不快だ。そもそも、話の流れ的に北石はあの俳優と付き合っていたというのは確定だとして、浮気されたからといってすぐに他の男を紹介するというのはいかがなものか。男で男を忘れるというのは失礼な話ではないのか。せめてもう少し間を空けるべきだ。


「佐茂は紹介出来ない」

「…どうしてもですか」

「どうしても、だ」

「そうですか。では、夕飯は食べさせませんから」

「ぐっ…いいよ、別に。外で食べるから」

「雑渡さんがそんな冷たい方だとは存じ上げませんでした」

「いや、話し方…というか、呼び方!」

「もう二度と私は貴方のお名前をお呼び致しません」

「…ちっ。お前、強くなったね」

「ええ。雑渡さんに鍛えられましたもので」

「あぁ、分かったよ…紹介すればいいんでしょ、すれば」

「えっ。いいんですか、昆奈門さん」

「はぁ…結婚したら間違いなく尻に敷かれるな、これは…」


なまえがこんなにも強い女に成長するなんて出会った頃は思わなかった。いくら頑固で芯の通ったところがあり、私のことを十分に理解しているとはいえ、これは想定外のことだ。
なまえは早く早くと期待に満ちた目を向けてきたから、私は諦めて溜め息を吐いてから佐茂に連絡を取った。佐茂はあっさりと誘いに乗った。何なら「女子大生」と喜んでいた。それがぬか喜びとなるのだろうと思うと、申し訳なくなる。
電話を切ってから、言いようのない罪悪感に苛まれた。自分の利益のために佐茂を、同期を売ってしまった。おまけに、自分なら絶対に関わりたくないと思っている北石なんかに。


「うまくいくといいですね」

「無理なんじゃない?」

「言っておきますけど、きぃちゃんは昆奈門さんが想像するような子じゃないですよ?本当に一途で優しい子ですから」

「そぉ」

「あ、信じてないでしょ」

「そりゃあね」


つまつまと夕飯を摂りながら、面倒なことになったものだと溜め息を吐いた。人の仲を取り持つなんて経験をしたことなどない。ましてや、あの北石。あぁ、最悪だ。
なまえは佐茂と北石が絶対にうまくいくと信じている様子だったが、私は無理だと思っている。まぁ、それでも、あの二人が付き合うかどうかは別にして、一つの出会いとして何かしらのきっかけになってくれればいいのかもしれない。そんな自分らしからぬことを笑うなまえの顔を見ていて思った。


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