雑渡さんと一緒! 117


「お二人ともお仕事、お疲れ様です。お疲れのところ、突然お呼び立てしてしまい申し訳ありませんでした、佐茂さん」

「いやいや、いいよ。というか、あれ、なまえちゃん…」

「佐茂さん、お話がありますので、お掛けください?」

「えっ。なまえちゃん怖いんだけど、雑渡!」

「………」


私が笑うと佐茂さんは昆奈門さんに助けて欲しいと言わんばかりに擦り寄っていた。昆奈門さんはというと、私から露骨に目を逸らしている。二人を座らせて、適当にご飯を頼む。二人ともやけに静かだから、私がこれから何を言おうとしているのか分かっているのかもしれない。
きぃちゃんから佐茂さんとホテルに行ったと言われた時はそれはそれは嬉しかった。なのに、別に付き合っていないと言う。何なら、佐茂さんとスマートにお洒落なカフェで朝食を摂ってから別れたそうだ。そう、まるでこういう付き合い方に慣れているかのように。きぃちゃんは悲しそうに笑ったけど、私は怒りのあまりタソガレドキ社に乗り込んでやろうかと思った。酷い。きぃちゃんを弄んでいたなんて酷過ぎる。佐茂さんはそんな軟派な人じゃないと信じていたのに。


「さて、佐茂さん。ご説明願います」

「な、何をかな…?」

「きぃちゃんと関係を持たれたそうですね」

「あぁ、えっと…」

「あなたは一体、どういうおつもりなんでしょうか?」

「ちょっと!雑渡、マジでなまえちゃん怖いんだけど!?」

「いや、私は悪くない」

「悪くない?あら、昆奈門さん、自分は悪くないとでも?」

「悪くないでしょ、私は何も。悪いのは佐茂だ」

「どうして佐茂さんを止めて下さらなかったんですか!?」

「私も今日聞いたんだから仕方ないでしょ!?だいたい、佐茂が北石に手を出すなんて想定すらしていなかったんだから」


昆奈門さんは自分は何も悪くないと言いたげだったけど、昆奈門さんなら佐茂さんがどんな人なのか知っていたのではないだろうか。いくら私から頼んだとはいえ、こんな遊び人だったと知っていたのなら教えて欲しかった。きぃちゃんのことを傷付けてしまったじゃない。本当、最低の展開だ。
沸々と怒りが湧いてくる。許せない。許せないけど、今は昆奈門さんのことなんて、どうでもいい。今は佐茂さんに真意を聞いた上で場合によってはきぃちゃんに誠心誠意謝罪してもらわないと気が済まない。引っ叩いてやりたいくらい。


「佐茂さんはきぃちゃんのこと、どうしたいんですか?」

「どうって…」

「男性は皆さん、お付き合いをする前に身体の関係を持とうとされる生き物なのでしょうか?ねぇ、昆奈門さん?」

「いや、私は違うじゃない!」

「あなた、もっと最低なことをしようとしましたよね?」

「それは、まぁ、はい…」


私が問い掛けると昆奈門さんは小さくなった。昆奈門さんは私の同意なく犯そうとしてきたから。だけど、きぃちゃんは同意の上で佐茂さんとホテルに行ったそうだ。どこかで期待していたんだと思う。佐茂さんから想われているのではないか、と。なのに、誰にでもやっているかのようなスマートな対応をされたら、それは傷付くに決まっている。結局のところ、遊び目的で今まで会っていたみたいじゃない。
私が佐茂さんを睨むと、佐茂さんは手と首を大きく振った。


「俺は照ちゃんのこと、本気だよ」

「本気とは?」

「いや、だから照ちゃんのこと、俺は可愛いと思っている」

「で、関係を持った、と仰りたいんですか?」

「…まぁ、順序はおかしかったけどさ。俺は本当に照ちゃんのことが好きなんだ。その、まぁ、許してもらえないかもしれないけどさ、俺は照ちゃんと付き合いたいと思っているよ」

「じゃあ、どうしてきぃちゃんに言わないんですか?」

「それは、まぁ、振られるのが怖いなぁ…なんて」

「最低じゃないですか」

「…はい。その通りです」


何なのよ、振られるのが怖いだなんて。そんなの、きぃちゃんだって同じに決まっているじゃない。佐茂さんから一歩踏み込んだのなら、最後まで責任を持つべきなんじゃないのだろうか。佐茂さんといい、昆奈門さんといい、男の人は弱虫ばかりじゃない。いい加減にして欲しい。
ぎゅっと拳を握り締めていると、後ろから話し掛けられた。


「いや、なまえ。もういいよ」

「て、照ちゃん…!?」

「見ていて可哀想だわ、最早」

「もういいの?きぃちゃん」

「待って。どういうことか説明してよ」

「佐茂さんが煮え切らないので、もう第三者が口を出すべきかと思いまして。場合によってはフォークで刺す気でした」

「怖っ!なまえちゃん、怖っ!」

「そう。なまえは怒ると怖いんですよ、雑渡さん」

「…知ってる」


昆奈門さんは溜め息を吐いた。私、そんなに怖いかな。私は本気で怒った昆奈門さんの方がずっと怖いと思うけど。
きぃちゃんがいたことを知った佐茂さんは見るからに焦っていた。佐茂さんは私が思っていたような人ではないのかもしれない。スマートな大人ではなく、普通の男の人のように見える。大人は私が思うよりも実は子供なのかもしれない。


「それで?私に何か言うことがあるんじゃないの?」

「…あのね、照ちゃん。俺は照ちゃんよりも年は上だけど、この通り全然大人なんかじゃないんだ。背伸びしていた」

「で?」

「順序は逆になったけど、駄目かな…?」

「そういう時は普通、好きって言うもんじゃないの?」

「…好きです。俺と付き合って下さい」

「私もあなたが好き。だけど、浮気したら絶対に許さないから。なまえと一緒に全身を刺しに行くから覚悟しなさいよ」

「あぁ、その時は呼んでね?」

「怖っ!なまえちゃん、マジで怖っ!」


佐茂さんは震えていた。だけど、きぃちゃんが佐茂さんの隣に座ると、きぃちゃんに笑い掛けていた。
何とも見ていて微笑ましいなぁと思っていると、昆奈門さんが目で合図してきた。帰るよ、と。確かに私たちはもうお邪魔かもしれない。何かもう、二人の世界になっている。
昆奈門さんと店を出て、駅まで歩く。今日は星が綺麗に見えた。いつか流れ星を見てみたいなぁと思っていると、昆奈門さんが安心したように溜め息を吐いた。私がもう怒っていないことに安心したのかもしれない。私、そんなに怖いかな。


「私、怖かったですか?」

「とっても」

「あら、そうですか」

「私はこの世で一番怖いよ、怒ったなまえが」

「どのへんがですか?」

「全部」

「抽象的過ぎませんか?」

「だって本当だもの」


ふーん、と私が言うと昆奈門さんはビクッとした。そんな怯えなくてもいいのに。私が怒ったところで、せいぜい物理的なことはフォークで刺す程度だ。昆奈門さんみたく社会的に抹殺なんて私には出来ないし、しようとも思わなない。だから、昆奈門さんの方がずっと怖いと私は思う。
何にしても、二人がうまくまとまってくれてよかった。きぃちゃん、今度こそ幸せになれればいいな。そして、佐茂さんにきぃちゃんのいいところをたくさん知って欲しいな。昆奈門さんはどんなに説明しても分かろうとしてくれないけど。


「…ねぇ、なまえ」

「はい」

「私はなまえが運命の女だと思っている」

「私もです」

「だけど、仮にそうでなかったとしても自分で運命を手繰り寄せたと思う。例え前世の記憶がなくても、私はなまえを愛しただろうし、きっと、どこか惹かれたと思う。たまに廊下ですれ違う程度の関わりしかなかったとしても私はなまえを好きになったと、そう思うよ。まぁ、証明は出来ないけど」

「あぁ、じゃあ、記憶喪失にでもなって下さいよ」

「どうやって」

「頭を打つとか?」

「嫌だよ」

「ふふ。冗談です」


くすくすと笑って、繋いでいた昆奈門さんの手を離す。反射的にだろうけど、昆奈門さんは慌てて私の手を握り直した。


「ずっと私のことを捕まえていて下さいね?」

「言われなくても。逃げないでよ?」

「逃げませんよ。逃してもくれないでしょ?」

「まぁね」

「ところで、実は今日の夕飯は海老フライの予定でした」

「えっ!うわ、最悪…」

「明日、食べましょうね」

「タルタルソースも絶対に作ってね。卵多めで」

「分かってます」


こうして二人で家に帰り、同じ時を共有出来るのは昆奈門さんが頑張って私に何度断られてもアプローチし続けてきてくれたからだ。だから、そうだな、もしも昆奈門さんが記憶喪失にでもなったら、今度は私が頑張ってアプローチしてみようかな。運命の赤い糸が例え弛んだとしても、こちらから手繰り寄せる。この幸せを手放すくらいなら、きっとそのくらいのことを私はするだろう。だって、私には昆奈門さんしかいないから。前世だとか、運命だとか、そんな言葉で片付けられないくらい、愛しいと思える人だから。


[*前] | [次#]
雑渡さんと一緒!一覧 | 3103へもどる
ALICE+