雑渡さんと一緒! 119


もうすぐ年上の彼氏と結婚すると言うと、きぃちゃん以外の友達は騒ぎ立ててきた。そして、祝福してくれた。更に、羨ましがられた上で普段何を話しているのかと聞かれた。何かと聞かれると返答に困る。そう特別なことを話しているつもりはないからだ。佐茂さんと付き合っているきぃちゃんの顔を見たけど、話を振ってくるなという顔をされてしまったから、また喧嘩でもしたんだろうなと思った。きぃちゃんと佐茂さんは仲はいいのに、喧嘩ばかりしている。だけど、それだけ本音でお互いにぶつかり合っているということなのだろう。それはそれでいいことだし、幸せそうだから、あえて触れなかった。だけど、今度佐茂さんと四人で出掛けたいな。
で。昆奈門さんと普段、何を話しているのかと問われたら返答に困る。別に特別なことを話してはいないから。
下校してからスーパーに寄って帰宅する。夕飯の支度をしてからココアを飲み、ホッと一息つく。今日は寒いからロールキャベツにした。特別言われたことはないけど、昆奈門さんの大好物だ。あの人は何を出しても美味しいとしか言わないけど、ちゃんと分かる。表情で伝えてきてくれるから。昆奈門さんは分かりにくいけど、実は案外と素直な性格なのだ。
そうこうしていると、玄関から昆奈門さんの声がしたので、ロールキャベツとお味噌汁を温め直す。今日は早く帰れると言っていたけど、本当に早い。おかえりなさい、と出迎えると昆奈門さんはコートについた雪を払った。三月に降る雪はすぐに溶けて水滴になってしまうのに雪だとはっきり分かるところをみると、外はすごく冷え込んでいるのだろう。


「外、凄いよ。また積もりそう」

「えぇ…三月なのに」

「本当にね。春一番、まだかな」

「春一番が吹いてからまた冷え込むじゃないですか」

「確かに。名称を変えて欲しい。詐欺だ」


ぶつぶつと文句を言う昆奈門さんはコートを壁に掛けた。エアコンの風できっとすぐに乾く。いつも通り献立を聞かれたから、ロールキャベツであることを告げると昆奈門さんは着替える時間も惜しいと慌ててクローゼットの方へ行った。この間、おでんの出汁でスーツを汚してかなり怒ったから少なからず反省しているんだろう。
やれやれ、といつも通りご飯をよそう。多く盛られるよりもおかわりをしたい派の人だから、普通より気持ち少な目に。


「はぁ、美味しそう。いただきます」

「はい。あ、そういえばチラシがポストに入ってました」

「んー?何の?」

「リフト半額ですって。スキーしに行きます?」

「寒いから絶対に行かない」

「そもそも、昆奈門さんは滑れるんですか?」

「やったことないけど、出来る気はするね」

「どんな身体能力してるんですか」

「私が知りたい。ご飯おかわり」

「はい」


予想通り、昆奈門さんは茶碗を空にした。二杯目を盛る。流石にもうおかわりはしないから、今度は気持ち多めに。


「スキー行くぐらいなら温泉がいい」

「あ、いいですね。一泊二日で」

「有給使って二泊しようよ。一泊は落ち着かない」

「取れるんですか?有給なんて」

「それは私の努力次第。取る気になれば、取れるよ」

「無理しないで欲しいので、一泊でいいです」

「大丈夫大丈夫。決算期が終われば落ち着くから」

「決算って忙しいんですか?」

「そりゃあもう、忙しいなんてもんじゃないね」

「じゃあ、それが終わってからですね」

「だね。私、蟹が食べれる所がいい」

「蟹。お好きでしたっけ」

「いや、普通」

「あぁ、普通に好きなんですね」

「うん。お味噌汁まだある?」

「はい。ロールキャベツもありますよ」

「どっちも欲しい」

「はい」


皿を受け取ってからポットでお湯を沸かす。食べ終わる頃には少し冷めていて、ちょうど飲みやすい温度のお茶が作れるだろう。珈琲は熱湯、お茶はぬるい派の人だから。


「この前の昼さぁ、社食でロールキャベツ食べたんだよね」

「えー、いいなぁ。美味しかったですか?」

「なまえの作る物には劣る。あと凄く混んでて疲れた」

「珍しいですね、社員食堂で食べるなんて」

「だって寒いから外に出たくなかったんだもん」

「あぁ、成る程」

「本当は唐揚げがよかったんだけどね。売り切れてた」

「あ、今度唐揚げにしようと思って鶏肉買ってきました」

「いつ?」

「いつがいいですか?」

「明日…は早く帰ってこれないから、明後日」

「はい。じゃあ、明日はカレーで」

「えっ。明日は早く帰れないんだってば」

「大丈夫。カレーは逃げませんから」


はい、とお茶を差し出す。二人でお茶を飲んだ後、昆奈門さんは冷蔵庫からビールを取り出した。私はそれを横目で見ながら、今日は疲れているんだなと思った。昆奈門さんは毎日ビールを飲むけど、疲れている時はショート缶、疲れていない時はロング缶と使い分けていた。これも別に聞いた話ではなく、ただの憶測だ。だけど、多分合っている自信がある。今日は水曜日、まだ二日も仕事に行かなければいけない。
洗い物が終わるとすぐにお風呂の準備をする。そしてまた、お湯を沸かす。ビールの後は珈琲。これは付き合ってすぐに覚えた昆奈門さんの習慣だ。私は牛乳を入れてカフェオレにすることにした。飲み終わった頃を見計らったようにお湯が沸いたから、珈琲を淹れて昆奈門さんの隣に座る。


「ありがと」

「いいえ。あ、そういえば、今日、友達に昆奈門さんとどんな会話をしているのかって聞かれました」

「会話?何それ」

「さぁ?」

「あぁ、でも私も部下に似たようなこと聞かれたことある」

「何て答えるのが正解なんでしょうね」

「答えようがなくない?日常会話なんだから」

「ですよね」

「で?何て答えたの?」

「天気の話とか、と」

「それさ、あんまり興味ない人とするやつだよ」

「でも、天気の話もするじゃないですか」

「まぁねぇ…」

「昆奈門さんは?何て答えたんですか?」

「覚えてない。ただ、よく課長と長く付き合えますねって言われた。何かね、私と付き合うのは難しいらしいよ」

「そうなんですか?」

「知らない。そうなんでしょ」


確かに分かりにくい人だし、案外ルーティンのある人だからなのかな。私は難しいとは思ったことないけどなぁ。
珈琲を飲みながらお風呂が沸くのを待つ。沸いたらじゃんけんでどちらが先に入るか決めるのが我が家の最近のルールだ。だけど、必ず私が勝つ。いや、勝たせてくれている。昆奈門さんは動体視力がいいから、多分私の手の動きを読んでいるのだろう。その上でわざと負けるのは、私が上がった後、髪を乾かすのに時間がかかると知っているから。分かっているけど、あえて何も言わない。だって、早くお風呂を済ませて寝室に行きたいと思っているのは私も同じだから。


「なまえ、おいで」

「はい」


今日も昆奈門さんに誘われてたくさん愛してもらう。昆奈門さんはベッドの中で私は雄弁だとよく言うけど、別にそんなに話をしているつもりはない。だけどきっと、好きという気持ちが漏れ出ているのだろう。
もっとたくさん昆奈門さんと話がしたいけど、いつも事が終わったらお互いすぐに寝てしまう。昆奈門さんと一緒にいると安心してよく眠れる。昆奈門さんもそうだと言うのだからお互いにとって不可欠な存在であるかのようで、嬉しい。
おやすみなさい。明日もたくさんお話しましょうね。


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