雑渡さんと一緒! 124


「課長昇進、おめでとう」

「部長こそ、おめでとう御座います」

「意地でも早く帰れる環境を作ろう」

「そうですね」


一足先に係長に昇進していた押都と合流して、昼食を摂る。この先、どんな部署にしていくかの方向性を決めないと。
私が掲げる目標は三つ。「この街のすべての企業を我が社のものとする」「18時には退社出来るようにする」「業務改善して月末処理をなくす」だ。どれも簡単なことではない。というよりも、不可能に近い。だけど、目標は高い方がいい。その方がずっとやり甲斐があるのだから。


「お前たち、ちゃんと私に着いてきてよ?」

「ええ。勿論です」

「あなた以上に良い上司はいませんので」

「それは言い過ぎ」


そこまで私に忠誠を誓ってくれなくてもいい。ちゃんと無理なことは無理だと言ってもらって構わない。でなければ私は更に無茶を言ってしまうかもしれない。いいんだ、上とか下とか、そんなものは関係なく、楽しく働ければ。そんな、風通しも居心地もいい職場にしていきたい。
まず初めにやることは決まっている。次の会議でシステム開発部に月末処理用のソフト開発を依頼する。毎月毎月思っていたけど、無駄な作業が多過ぎる。うちには優秀なSEが何人もいるのだから、そのくらいのことは流石に可能だろう。


「まずは毎月の月末処理をなくして出来れば決算期のみ、もしくは半期に一度くらいに頻度を下げたいと思っている」

「そんなこと可能でしょうか?」

「それは私の腕次第」

「あぁ。では、可能でしょうね」

「あのね。お前たちは私を信用し過ぎている」

「当然です」

「はい。我々はあなたの部下なのですから」

「…あ、そ」


優秀かつ馬鹿な部下を持ったものだ。私なんか信用して足元を掬われても知らないから。これから茨の道を歩くことになるのだ、周囲から恨まれることも増えるだろう。だけど、絶対にこいつらを守ってやらないと。
私は二人に当面の指示を出し、唐揚げを口にした。サクサクだし、別に不味くはない。だけど、やっぱりなまえが作ってくれる方がずっと美味しい。一体、何が違うんだろうか。


「そういえば、新しい生活はどうですか?」

「いや、私は別に何も変わらない」

「いいえ、変わられましたよ。押都はどう思う?」

「はい。変わられたと思います」

「どこが?」

「雰囲気が」

「ええ。更に穏やかになられました」


押都も陣内も口を揃えて妙なことを言うが、この二人がそう言うのなら、きっとそうなんだろう。私は変わったつもりなんてないし、自分では全然分からないけど。
家に帰り、疑問をなまえにぶつける。私、変わった?と。


「変わった、とは?」

「なんか、穏やかになったって言われた」

「私には分かりません」

「だよね。私も分からない」

「昆奈門さんは出会った時から穏やかな方でしたよ」

「そぉ?」


それはそれで分からない。穏やかに仕事などしているつもりはないし、別に家でも穏やかに生活しているつもりはない。実際、なまえと言い合いにもなるし、苛々して感情的に酷い事を言う性格も変わっていない。どちらかといえば穏やかとは真逆の人間だと自覚している。
まぁ、周囲から穏やかに見られるようになったのいうのであれば、悪い事ではないだろう。なまえと出会う前にはそんなことなど間違っても言われなかったのだから。


「あ。そういえば、この前佐茂さんと会いました」

「佐茂と?どこで」

「大学で。ご飯を食べに来ていました」

「何それ。狡い」

「狡いですか?昆奈門さんも来たじゃないですか」

「潮江くんを偵察しにね」

「じゃあ、今度はご飯を食べに来てくれますか?」

「行ってもいいの?」

「変なことさえしなければ」

「なに、変なことって」

「人前でベタベタしたりとか」

「あぁ。こういうこと?」


なまえを抱き寄せてから、キスをする。舌を絡め、身体に触れると、なまえはいつものように身体を震えさせた。
解放してやると、ふるふると震えていた。赤い顔をして。


「こ、こういうことはしないで下さいよ!?」

「流石にしないよ、人前で」

「絶対ですよ!?絶対ですからね!?」

「はいはい」



なまえは私を何だと思っているのだろうか。流石の私にだって羞恥心というものくらい備わっている。
翌日、私はなまえと待ち合わせた時間に仕事を抜けられるようスケジュール調整をした。契約には絶対に遅れるなと叩き込まれているからか、待ち合わせ時間が定められていればそれに遅れることなど滅多にない。昔は忍務の終わりが読めなくて、よくなまえを待たせたものだが、これはいい習慣が身に付いたものだと思う。10分前行動など基本中の基本となっているのだから。
とはいえ、流石にまだ早い。どうせ目立つのだから早く行っても苦痛なだけだ、と喫煙所で時間を潰すことにした。


「お。お疲れ」

「お疲れ」

「変な時間に会ったな」

「あぁ。これから出るから」

「営業か?」

「いや、なまえの大学で昼を食べる」


お前こそ、変な時間に何をしているんだと佐茂に聞くと、佐茂は笑った。普通の昼休憩だ、と。
時計を見ると、まだ11時半過ぎだ。なのに、こんな時間に休憩を取れるというのが羨ましい。私なんて酷い時には15時になることもあるというのに。本当に羨ましい限りだ。


「俺も行こうかな」

「は?この前、行ったんでしょ?」

「あぁ。唐揚げ美味かった」

「そぉ?」

「あと、照にも会いたいし」

「はぁー。まだ仲良くやってんだ?」

「なんだよ、仲良くって」

「あの北石とよく付き合えるな、と。尊敬さえするよ」

「言っておくけど、雑渡が思ってるような子じゃない」

「そう。それはそれは」


煙草を取り出して火をつける。なまえが入院したら、あっという間にオイル切れで使えなくなったライターはなまえが退院してからはいつ使ってもオイル切れにならない。毎日チェックしてくれているのだろう。こういう甲斐甲斐しさが北石にはないだろう。北石のことなど詳しくは知らないし、別に知ったところで好きにはならないけど。


「そういえば、おめでとう」

「んー?」

「結婚と昇進」

「結婚はともかく、昇進はめでたくはない」

「めでたいだろ。10年も勤めてないのに部長なんて」

「なりたくてなったわけではない」

「でも、なった以上はやるんだろ?」

「そりゃあね」

「頼もしいことで。これは新入社員も辞めなくなるだろ」

「どうだかねぇ」

「ま、それは車の中ででも聞くわ」

「え。本当に行くの?」

「行くよ。乗せてくれ」

「あぁ、はいはい」


灰皿に煙草を入れて、喫煙室を出る。この嫌味のない人懐っこさは絶対に営業に向いている。是非ともスカウトしたいところだ。スカウトといえば、もうすぐインターンシップなるものがあるけど、彼は来るのだろうか。今日会ったら聞いてみて、まだ申し込んでないようなら発破を掛けてやろう。
車内で新婚生活について聞かれたから、特別何も変わっていないと答えたけど、やっぱり佐茂にも穏やかになったと言われた。どこが?と聞くと、表情と態度、と言われたけど、さっぱり分からない。分からないけど、こうも続けて言われるのならば、相当私は変わったのだろう。自覚など微塵もないが、たった一人の女が私を変えたのだとしたら、やはり私はどう足掻いてもなまえには敵うことはないのだと思った。


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