雑渡さんと一緒! 125


AランチにしようかBランチにしようか悩む。Aランチはミートボールがゴロゴロ入ったパスタ、Bランチは竜田揚げ。何が悩むって、デザートが違う。Aランチはガトーショコラ、Bランチはチーズケーキ。酷い、デザートを変えてこられたら私はどっちを選べばいいのか分からなくなってしまう。
私が真剣に悩んでいると、背後から「私、Bランチ」と話し掛けられた。振り向かなくても誰だか分かったから、そのまま券売機の前で「デザートをください」と言うと、「分かってる」と笑われた。黒いスーツが万札を券売機に入れるのを見届けてから食券を二枚買って、振り返ると佐茂さんもいた。


「あれ?佐茂さんも来たんですか?」

「まぁね。照は?」

「まだ授業から戻ってきていません」

「北石と同じ学部なのに、なまえは出なくていいの?」


昆奈門さんが首を傾げたから、私と佐茂さんは目を見合わせて笑った。先日、佐茂さんに栄養科に転科したことを伝えたら喜んでくれた。雑渡はいいお嫁さんを貰ったな、と。いいお嫁さんかどうかは別として、佐茂さんに応援してもらえて嬉しかった。本来なら、四年かけて管理栄養士になる学部だけど、二年しかないから栄養士の資格しか私は取ることが出来ない。だけど、私は昆奈門さんのために栄養学を学びたいから、二年でも十分だ。ただし、一年生と一緒に授業に出なければいけない。必修も増えるから実は少し忙しい。
佐茂さんと私が笑うと、昆奈門さんは嫌そうな顔をした。


「…さては、何か隠しているね?」

「いいえ?」

「お前の悪い癖だぞ。そうやって難癖をつけるのは」

「悪かったね」


やや不機嫌そうにしていた昆奈門さんは急に「見つけた」と言って私たちから離れていった。どこに行くのだろうかと思いながら見ていると、文次郎のところへと寄って行った。


「やぁ、潮江くん」

「お前、こんな所で何してんだよ!?」

「なに、昼食を摂ろうと思ってね。それよりも、うちのインターンシップにはもちろん申し込んでくれたんだよね?」

「あぁ!?なんで俺が」

「おや、まだ申し込んでいないの?じゃあ、私から人事部に申し込んでおくよ。追って連絡するから、必ず来なさい」

「い、行かねぇからな!」

「どうして?」

「俺は雑渡の下で働く気はないと言っているだろ!」

「あぁ、自信がないんだ?」

「あぁ!?」

「そう。君は私に着いてくる自信がないんだね。それなら仕方がない。君は私には到底及ばない無能な男なのだから」

「だ、誰が無能だ!行くよ!行ってやるよ!」

「ふふ。待っているよ?」


にたりと笑った昆奈門さんは文次郎の返答なんて気にも留めずに戻ってきた。そして、椅子を引いて座ったかと思えば手を合わせた後、私のお盆にデザートを無言で置いた。してやったり、という満足そうな顔をして。こういうところ、昔と全然変わっていない。人を小馬鹿にしたような態度を取って相手を自分のペースに乗せようとするところ。付き合ったばかりの頃は私に対してもそんな感じだったけど、昆奈門さんのペースにあまり乗せられなくなったのはいつからだったかな。相変わらず私のことは小馬鹿にして笑うけど。
チーズケーキとガトーショコラを無事に手にすることが出来た私も手を合わせてフォークを手に取る。ゴロッとしたミートボールが美味しそう。ミートソースのかかったミートボールを一つ昆奈門さんの皿に乗せていると、お盆を持ったきぃちゃんが来た。そして、佐茂さんを見て、驚いていた。


「呆れた。また来たの?」

「お疲れ」

「てっきり雑渡さんが来るだけかと思ってた」

「いや、私も一緒に来る気はなかった」

「酷いことを言うなよ。俺たち、同期だろ?」

「お前は一人で来たくせに、よくそんなことを言えるね」

「分かった、分かった。次は誘うから拗ねるなよ」

「拗ねてない」


サクッと音を立てながら竜田揚げを口にする昆奈門さんと佐茂さんの会話が面白くて、思わずきぃちゃんと目を見合わせて笑う。二人とも仲がいいんだなぁ。
昆奈門さんも佐茂さんもかっこいい。そして、二人とも高そうなスーツを着ているから当然の如く目立っている。


「…何だか見られていて食べづらいです。よく平気ですね」

「見られることには慣れている」

「俺も」

「自慢ですか?」

「いいや、全然。事実なだけだよ」

「そうそう。いいから早く食べな」


流石、イケメン二人は見られることにもモテることにも慣れているのだろう。平然としていた。だけど、それはきぃちゃんも同じで、こんなにも見られているのに慣れているのはどうしてなのだろうかと疑問に感じた。前の彼氏が芸能人だったからなんだろうか。流石にこの場で元彼の話題を出すわけにはいかないから後で聞いてみようと思ったのに、きぃちゃんは私が聞く前に見られることには慣れている、と答えた。


「逆に何でなまえは慣れてないの?」

「えぇ!?私が少数派なの?」

「なまえだって雑渡さんと出掛けたら見られるでしょ」

「ううん?全然分からない」

「どうせ雑渡が追い払ってるんだろ?」

「うん」

「えっ。そうなんですか?」

「一睨みすれば大体は逃げていくから」

「そんなことしてたんですか!?」

「あぁ、穏やかになってもそれは変わらないのか」

「だって、ウザいし」


特に否定もせずに昆奈門さんは三つ葉の入ったお吸い物を口にした。その表情から三つ葉が好きなことが分かって、今度茶碗蒸しを作ってみようかなと思った。
しかし、知らなかった。私も見られていたんだ。それはそうか。昆奈門さんは顔がかっこいいだけではなく、背が高いこともあってとても目立つ。昆奈門さんと一緒にいてジロジロと見られていると感じたのはタソガレドキ社に行った時くらいなものだ。あの恐怖を感じる視線が今まで感じなかったのは昆奈門さんが追い払ってくれていたからだと知り、ほんのりと嬉しくなる。だけど、別に睨まなくてもいいんだけど。


「佐茂さん、昆奈門さんて穏やかになったと思います?」

「うん。雰囲気とか全然違うよ」

「雰囲気?」

「何年か前まで誰のことも信用なんかしない、近寄って来るなって感じだった。目に入る奴全員敵みたいな感じ?」

「雑渡さん、今でも私にそんな感じじゃん!」

「私は北石のことなんて信頼していないから当然でしょう」

「酷!」

「いいじゃん。照のことは俺が分かってるんだから」


にこにこと笑う佐茂さんと怒るきぃちゃん、そして今の話題に大した興味もなさそうな昆奈門さん。私は不思議な気持ちになった。確かに昆奈門さんは出会って間もない頃は自分のことを隠そうとしていた。だけど、別にそんなに冷たい人だとは感じなかった。人ってそんなに急に変わるものなのだろうか。気のせい…ではないのかな。よく分からない。


「ちょっと見てみたかったです、その頃の昆奈門さん」

「何のために」

「頭を撫でてあげるために」

「は?」

「おぉ。チャレンジャーだね、なまえちゃん」


私と出会う前の昆奈門さんはどんな人だったのだろう。今とそんなにも違ったなら、少し会ってみたいなぁと思った。それで、ぎゅっと抱き締めて教えてあげたい。あなたは一人じゃない。たくさんの人に大切に想われているのだ、と。そして、人にもっと甘えてもいい、と頭を撫でて甘やかしてあげたいと思った。きっと、昆奈門さんはそんなことをしたら口先では嫌がったことだろう。だけど、嬉しそうな顔をしながら私を抱き返してくるのだろうなぁと思うと、愛しくなる。
大丈夫。私はどんなに冷たくされても離れないから。本当は寂しがりやで、優しい人だともう知っているから。
怪訝そうな顔をしている昆奈門さんに微笑みかけると、昆奈門さんは目を伏せてお茶を飲んだ。いつも通り頬を染めて。


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