雑渡さんと一緒! 180
10月も半ば、ポストを見ると綺麗な封筒が入っていた。宛名には昆と私の名前。一体誰からなんだろうと思い、差出人を見て驚いた私は朝食もまだ作っていないのに昆を叩き起こした。いつもよりもかなり早い。時間はまだ8時なのだから。
「起きて!早く起きて!」
「あぁー…今、何時ぃ?」
「8時」
「早過ぎるよ…お願い、まだ寝かせて…」
「結婚式の招待状が来たの!」
「はぁー…?誰から?」
「照星さん!照星さんから結婚式の招待状が来た!」
「あぁ、照星が結婚…結婚!?照星が!?」
昆は飛び起きた。流石に驚いたのだろう、寝起きだというのに珍しく目はパッチリと開いていた。
未開封の招待状を手渡すと、昆は差出人をまじまじと見ていた。そして、思わず私がやめてよと咎めるほどに乱雑に開いた。目線が何度も招待状を追い、ようやく現実を受け入れられたのだろう、溜め息を吐きながら昆は言った。
「うわ、本当に結婚すんの…?」
「えー。相手は誰なの?」
「知らない」
「初詣で会った綺麗な人かな?」
「あぁ、あのガキみたいは性格の女…いや、まさか。あの照星がそんなに長く誰かと付き合うなんて、そんなこと…えっ、これドッキリなんじゃないの?あれ、これ寝起きドッキリ?」
「誰が何のために」
嘘だ嘘だと言いながら昆は招待状をまた眺め始めた。あまりにも驚いているから、昆は照星さんから何も聞いていないんだと予想される。あんなに定期的に飲みに出掛けているのに何も知らないとは、これいかに。
昆は戸惑いながら私に「どうする、行く?」と聞いてきた。
「えっ、行く。行くでしょ、普通」
「あぁ…」
「というか、本当に何も知らないの?」
「知らない。何も聞いていない」
「へぇ…照星さんって秘密主義なのかな」
昆は私と話をしながら、またペラっと招待状を見て、少し苛々とした様子で携帯を手にした。
そのまま昆は電話を掛け始めたけど、相手は出なかったようだ。多分、相手は照星さんなのだろう。舌打ちをした昆は携帯を雑に投げ、目を擦ってからベッドから出た。溜め息を吐いたかと思えば、私の方を見て、何かを考えた素振りを見せてから可笑しそうに笑った。
「朝ごはんでも食べに出掛けようか」
「えっ。どこに?」
「カフェとか?私がこんな時間に起きるのは貴重だよ」
「あぁ、それは確かに…」
昆は休みの日には10時に起こしてと言うけど、実際は10時にはまず起きない。何だかんだ理由をつけて11時に起きたり、酷い時は私を二度寝に誘ってきたりする。
そんな、朝はダラダラとしている昆が8時に起きていることなんて奇跡としか言いようがない。今朝はまだ朝食も作っていないし、きっとこの機会を逃したら当分の間はそんなチャンスは巡ってこないことだろう。
そんなわけで、私たちはお洒落なカフェに来てみた。パンケーキが美味しいと大学で噂されているカフェ。私はもちろん名物のパンケーキを、昆は味気ないトーストを注文した。
「朝からよくそんな物が食べられるね」
「昆こそ、パンなんて珍しい」
「この場に米があったら、米を食べてるよ」
「でも、珈琲と合うでしょ?」
「…まぁ、たまにならいいけどさ」
パンはどうしても腹持ちが悪いからなぁと昆は溜め息を吐いた。本当に昆はよく食べる。だから、こんなに背が伸びたのだろうか。それとも、背が高いからたくさん食べないといけないのだろうか。何にしても、よく食べる。にも関わらず、昆は別に太っていない。何なら痩せている。鍛え始めたとはいえ、本当に太っていない。これでも私と出会てから太ったと言うのだから信じられない。スタイルがよくて悔しい。
口に入れるだけでジュワッと溶けるパンケーキを口にしていると、隣から視線を感じた。チラッと見ると、あからさまに昆を見ている。そして、ひそひそと何かを話したかと思えば私を見て、また話し始めた。あぁ、またか…居心地が悪い。
「…本当、モテるよね」
「追い払ってもいい?」
「駄目。無駄に睨まないで」
「無駄ねぇ…居心地悪くない?」
「悪いけど…」
私がそう言うなり昆はジロッと隣の席を睨んだ。いや、睨んだなんてものではない。軽蔑するような、とても冷たい目線を送っている。その冷た過ぎる表情に思わずゾッとした。私に以前怒っていた時とは、記憶を失くした時とは比べ物にもならないくらいの冷たい目をしている。
睨まれた二人は慌てて席を立った。店から出て行くのを見届けて、ようやく昆は何事もなかったかのように珈琲を口にした。私が呆然と見ていることに気付いた昆は先程とは別人のようにふんわりと柔らかな笑顔を私に向けてくれた。
「…睨まないでって言ったのに」
「だって、ウザいじゃない」
「可哀想に…」
「可哀想?どこが。人をジロジロと見るのは失礼でしょ」
「もう…」
昆がいつも女の人を追い払ってくれていたと知った私はもう二度とそんなことはしないで欲しいと言った。昆は嫌そうにしていたけど、ちゃんと私との約束を守ってくれていた。その結果、私も視線に気付いたわけだけど、きっともっと前からジロジロと見られていたんだろう。
昆も佐茂さんもきぃちゃんも見られることに慣れていると言っていたけど、慣れるものなのかな。ヒソヒソと何かを言われいたけど、きっと昆と釣り合っていないとかブスだとか言われてたんだろうなぁ。あ、何か落ち込んできた…
私がしゅんとしていると、昆は心底嫌そうな顔をした。
「なにをそんなに落ち込んでいるの?」
「なんか、私って昆に釣り合ってないなぁって…」
「あのさ。私、そういうつまらないこと言われるの好きじゃないって知ってるよね?釣り合うかどうかは私が決める」
「…私、釣り合ってる?」
「いいや?」
「つ、釣り合っていないんじゃない…っ」
「私などではなまえには釣り合わない。だから私はなまえの隣にいるに相応しい男になりたいといつも思っているよ」
ふ、と昆は笑った。昆は見た目も中身もかっこいい。なのに自分を卑下するようなことを言う。それを私は嫌だと思っている。だけど、きっと昆もそれは同じなのだろう。
やっぱり私は駄目だな。どうしても自分に自信が持てない。
「…ごめんなさい」
「よろしい」
「どうしたら自分に自信が持てるんだろう」
「さぁ?私が知りたい」
「昆はかっこいいじゃない」
「なまえも綺麗だよ」
「嘘。そんなこと、言われたことないもん」
「お前、相変わらず愚かだね」
「…何よ、それ」
「さぁ。何だろうね」
呆れたようにくすくすと笑う昆はメニューをまた見始めた。トーストだけでは足りなかったのだろう。私はサラダをお勧めしたけど、結局ビーフシチューを頼んでいた。
いつか私は自分に自信が持てるようになるのだろうか。昆のように素敵な人の隣に堂々といられる素敵な女性になれるのだろうか。少なくとも、綺麗とか可愛いという部類の自信は持てないだろう。それでも、せめて心だけは美しいと思われるだけの女性に成長していけたらいいな、と昆に分け与えてもらったトロトロの美味しいお肉を食べながら思った。
私が昆と離れるまで、あと21日。
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