雑渡さんと一緒! 181
「どういうこと?」
「何がだ」
「結婚。聞いてないんだけど」
「招待状が届いただろう」
「届いたとも」
「それで伝わらなかったか?」
「そういう話をしているんじゃない」
仕事の合間に照星の事務所に立ち寄り、結婚するとはどういうことかと照星に詰め寄った。私は少なくとも、照星のことは親友だと思っている。付き合いだって30年以上になるのだ、離れていた期間があったとはいえ、それでも私の中では一番長い。仲が戻ってからは定期的に連絡を取っているし、定期的に飲みに行っている。なのに私は何も聞いていない。相手が誰なのかさえ知らない。
どうしてこいつはいつも私に隠し事をしようとするのだろうか。私は少なくとも照星には企業秘密などごく一部のことを除いては全て包み隠さずに何でも話しているつもりだ。
「だいたい、相手は誰!?」
「コンビニで前に会っただろう」
「あぁ、やっぱりあの…お前、あれでいいの?」
「いいとは?」
「随分と幼そうに見えたけど」
「歳はなまえさんの一つ下だな」
「いや、歳の話じゃなくて性格がってこと。ガキじゃない」
「そうだな。私はそれに救われている」
私が結婚相手を貶したというのに、特に気にも留めずに照星は穏やかな顔で笑った。本当に相手を好いているのだと照星の顔が物語っていた。そもそも、以前初詣で会ったということは、もう長い付き合いなのだろう。なのに、今の今まで私は知らなかった。
あぁ、まただ。またこいつは私に大切なことを隠して離れていこうとしている。私を置いていなくなろうとしている。
「当然、なまえさんと参列するんだろうな?」
「…するよ。なまえが行きたいと言ったから」
「そうか。それはなまえさんに感謝だな」
「なにが感謝だ…」
「お前が今、ギリギリのところで留まっているのは紛れもなくなまえさんのお陰だろう。そうでなければ、お前は私からまた離れていこうとした。そうだろう?」
「お前っ、分かって隠していたな!?」
「雑渡、早く大人になれ」
照星は足を組み直してから溜息を吐いた。この何もかも分かった上で行動していますといった態度が気に食わない。
照星の言う通り、私は式には参列など本当はしたくない。こいつは私をまた裏切ったから。私が信頼している人間から隠し事をされたり嘘をつかれることをどれだけ嫌っているのか知っているくせに。本当なら二度と会いたくないくらいだ。今すぐにでも縁を切りたい。私を傷付けてこようとする奴の側になどいたくない。向こうから離れていこうとされる前にこちらから離れたい。これは人間の防衛本能だ、私は何も間違っていない。何が早く大人になれ、だ。ふざけるな。
「…もういい。お前の言いたいことは分かった」
「雑渡。お前、まだ忘れられないのか」
「…それはまさか、あの女のことを言っているの?」
「そうか。忘れられないんだな」
「あの女の話はするな!思い出したくもない!」
事務所だというのに大声を出してしまい、応接間のガラス越しに視線を感じた。危ない、私は外では仕事の出来る、頼り甲斐のあるサラリーマンなんだった。人から話しやすいと思われるように顔も雰囲気も作ろうと思えば作れる。外ではいつもそうしているのに、つい照星の前で素が出てしまった。
息を吐いて自分を落ち着かせる。長い付き合いのある照星は私がどんな人間なのか知っているからいいとして、この事務所での私の印象が悪くなることはまずい。仕事上の付き合いがあるのだ、優しい人間を演じないと。
「悪かったね、大きな声を出して。私は戻る」
「雑渡」
「次に会うのは式か。じゃあね」
「雑渡。私はお前のことを気の許せる友人だと思っている」
「私もそう思っていたよ。結婚の話を聞くまでは」
「また私から離れていく気か」
「残念だよ、お前が私をまた裏切るなんて」
照星はまた溜め息を吐いたけど、溜め息を吐きたいのは私の方だ。気の許せる友人だと思っていたのなら、何故私を裏切った。私があの女のことをどれだけ嫌っているのか知っているというのに、何故あの女のことを話題に出した。
言いたいことは山のようにあったけど、また大声を出しそうだったからやめた。もういい。照星とはもう終わった。
無性に寂しくなってきて、愛しい子の声が聞きたくなる。電話を掛けようと思ったけど、外でこんな情けない顔をするわけにはいかないから我慢して会社に戻った。本当は今すぐにでもなまえに会いたい。あの子の前でなら私は本当の自分になれる。なまえは私のことをちゃんと受け止めてくれる。
「ただいま」
「おかえり。早かったね…えっ、何かあった?」
「…分かる?」
「分かるよ。何があったの?」
「信頼していた人間を一人、失ってしまった…」
「け、喧嘩でもしたの…?」
「喧嘩…いいや、そんな単純な話ではない」
流石だと思った。なまえは私の顔を見ただけで何かがあったのだとすぐに気付いた。この子は私をよく見てくれているから。だから私はなまえに惹かれた。
なまえを玄関先で抱き締める。この子が側にいてくれてよかった。いなかったら私は寂しさを埋めるために自暴自棄になって滅茶苦茶なことをしていたことだろう。照星の言うようになまえがいてくれるから私は留まっていられている。
「…なまえは私を裏切らないよね」
「え?裏切るって…」
「いや、そんなことあるはずがない。何でもないよ」
なまえが私を裏切るはずがない。隠し事を私がどれだけ嫌がっているのか伝えているし、何も隠してなどいないとなまえは私に言った。私はなまえを信じている。なまえはあの女とは違う。あんな女と違って私を裏切ったりしない。離れていったりはしない。
なまえがいてくれて本当によかった。なまえに裏切られたら私は一体どうなってしまうのだろう。きっと耐えられない。なまえを信じているはずなのに、そんな不安がよぎった。
私がなまえと離れるまで、あと日。
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