雑渡さんと一緒! 127


会議とは非常に疲れる。そして、時間の無駄だ。あまりにも生産性がない。ただでさえ忙しいのに、勘弁してくれ。何が「若い部長様には荷が重いだろう」だ。ふざけるな。
苛々しながら書類をまとめる。実にくだらない時間の使い方をしてしまった。それでも、新しいシステム開発に関しては大反対されたけど上手いこと丸め込むことに成功した。後はそれの実装を待つだけだ。上手くいけばいいんだけど。


「いかがでしたか?」

「許可は出たよ」

「流石です。変わりますね、これから」

「そうだね。早く変わらないと」


家に一秒でも早く帰りたいのだから、変わってもらわないと困る。私がそう思っているように、きっと他の面々もそう思っていることだろう。今まで家は寝るためだけなの場だった。家に帰って落ち着くなんて発想も特になかった。だから私は職場で過ごす時間の方が好きだった。別に私自身は帰れなくても何ら問題はないと思っていた。だけど、今は違う。家は安らぐ場となり、早く家に帰りたいと心から思う。
こんなことなら、もっと早くから動いてやればよかった。部下に悪いことをしてしまった。辞めずに残っている奴は仕事が好きなのだろうから自分と似た思考なのかと思っていた。だけど「仕事が好き」と「家に帰らなくてもいい」は別なんだとなまえと出会って知った。私はよくズレていると言われるが、確かに世間一般とズレているのだろう。そのズレた発想が少しでも一般的なものと合っていければいいのだけど。
なまえと一緒にいれば私も普通の人間らしく生きられるだろうか。そんなことを望む日が私にまさか来ようとは驚きだ。


「そういえば、来月の出張なのですが…」

「あー。東京ね」

「本当にご一緒しなくてもよろしいのですか?」

「あぁ、連休前だし。陣内は早く帰って家で過ごしなさい」

「それは有り難いのですが、大丈夫ですか?」

「なにが」

「向こうにはなかなかの手腕がいると聞きます」

「面白い。なに、負けはしない」


我が社は東京を本社に持つ大きな企業と提携を結ぶことになる。後はどっちが上であるのかをまとめるだけだ。こちらとしては当然、自分が上だと思っているから我が社にとって有利な条件を出す。向こうも衰退しているわけではないから、折れないだろう。だけど、手を結ぶことでお互いにメリットがある。だから、破談しない程度にやり合わなければいけない。いわば、戦だ。戦地に私一人で乗り込むことになる。
ただ、私一人で東京に行く気はない。私には勝利の女神がついている。あの子さえ側にいれば私は絶対に負けはしない。
帰ってから、ペラっと飛行機のチケットを手渡す。仕事の都合上、かなり朝が早い便に乗らなければならない。本当なら後から来させるべきなのだろうけど、なまえは間違いなく空港でも駅でも迷うだろうから、一緒にホテルまで行くことにした。つまり、この家を薄暗いうちに出なければいけないのだが、なまえは嫌がるどころか嬉しそうに笑った。


「えっ、私も一緒に行っていいんですか?」

「朝早くて申し訳ないけどね」

「いいです、全然いいです!」

「連休中は向こうで過ごそうか」

「わぁっ。東京だ」


若いなまえは「東京」という響きに喜んでいた。何がいいのか私には分からないけど。東京なんてどこに行っても人は多い上に男女問わずに話し掛けてくるし、人工物ばかりだ。全くもって何がいいのか分からない。だけど、なまえが喜んでくれるのなら話は別だ。一緒に東京を観光しながら過ごせば、少しは私の都会への認識も変わるだろうか。
チーズが溶け落ちたピーマンの肉詰めを口にしながらなまえに今日あったことを話す。私が会議であったことを話すと、なまえは我が事のように怒り出した。


「失礼な話ですね。いくら昆奈門さんが若いからって」

「まぁ、あいつらは50代でやっとかし昇進したような連中ばかりなわけだし?まだ若い私が目にもつくんだろうねぇ」

「普通は50代でなるものなんですか?」

「さぁ?そうなんじゃない」

「昆奈門さんは昔から若くして昇進されていましたけどね」

「そりゃあ、私は昔から優秀だったからね」

「ふふ。負けないで下さいね?あなたなら頂点に立てます」

「それは嫌だ。流石にもう昇進はしたくない」

「次は何になるんですか?」

「統括。絶対に嫌。ぜっっったいに嫌」

「そんなに」

「嫌だよ、統括なんて。デスクワークが増えるし」

「あぁ、そういう…」

「私はね、外回りが好きなの」

「成る程?あ、茶碗蒸しおかわりありますよ?」

「えっ、欲しい!あ、ああーご飯も欲しくなるなぁ…」

「食べます?」

「んんー…少し…いや、でも…」

「あ、浅漬けもありますよ?」

「何で今さらそんな…っ、私を太らせようとしてるの!?」

「ええ、まぁ」

「酷い!私はもう年だから、本当に太るんだって!」

「じゃあ、やめます?」

「…少な目でお願いします」


くそ、また負けた。また三杯も食べてしまった。このままだと着実に太ることは目に見えているから、いよいよ運動を始めないといけないかもしれない。でも嫌だなぁ…
会議でくだらないことしか言えないような50代にだけは絶対になりたくない。いくら自分の見た目には大してこだわっていないとはいえ、ああなるのは嫌だ。生き恥を晒すような見た目をしていた。絶対にああはなりたくない。何より、なまえと並んで歩きたくなくなる。私が50の時、なまえはまだ30代だ。なまえと出歩いていて周りから妻を連れていると認識されなくなったら私は間違いなく心を病む自信がある。


「…ジムに行く」

「はい?」

「運動して鍛える!」

「運動嫌いなのに?」

「…でも、やる」

「じゃあ、私も行ってみたいです」

「運動苦手なのに?」

「バーベルとか持ち上げてみたいです」

「無理だよ、絶対に」

「うぅー…じゃあ、一緒にウォーキングしませんか?」

「ウォーキング?」

「そう。食後に一緒に歩くの」

「痩せるの?それ」

「多分。というか、昆奈門さんはもう少し太って下さい」

「嫌だよ。本当に最近、太ったんだって」

「知ってますよ。見れば分かりますから」

「知って…ひ、酷い?今の私」

「いいえ?だから、もっと太ってもいいですって」

「嫌だ!絶対に痩せるから!」

「昆奈門さん、まだ痩せて見えるのになぁ」


なまえはのんびりと返事をしながらお茶を淹れてくれた。
私がなまえの体重の変動に気付くように、なまえも私が太ったことに気付いていた。まぁ、互いに身体を毎日見ているのだから当然といえば当然のことなのかもしれない。
何にしても、なまえの隣を歩くのはいつも私だ。若いお嫁さんを貰った果報者だと言われながら年を重ねていく。子供が生まれても名前で呼び合い、年をとっても手を繋いで歩く。おしどり夫婦と近所から言われ続け、私はなまえに看取られて先に死ぬ。そんな平凡な幸せをずっと望んでいるんだ、前世からずっと。だから、せめてスタイルくらいは可能な限りは維持したい。うん、食事を減らすのは嫌だから、運動だ。
私が決意していると、なまえは意外そうな顔をしていた。


「珍しいですね、昆奈門さんが見た目にこだわるの」

「だって、なまえと歩けなくなるから」

「はい?」

「恥ずかしいでしょ?醜い私と一緒にいるのは」

「いいえ?」

「嘘だ。絶対に嘘」

「昆奈門さん、原点回帰してません?」

「原点回帰?」

「私は確かに今の昆奈門さんの見た目が好きです。かっこいいと思いますし。だけど、昆奈門さんの魅力は見た目だけではないので。あなたがどんな姿になっても私は昆奈門さんのことが好きですよ。昆奈門さんは昆奈門さんですから」


なまえは笑いながらお茶を飲んだ。恥ずかしくなってきて、思わず俯く。なまえがこんな風に素直に私に好きだと言ってくれるようになったのはいつからだったかな。昔は恥ずかしがって言ってくれなかったのに。
私もなまえも出会った頃とは随分と変わった。そして、これからもどんどん変わっていくのだろう。いい方向に変わっていければいいのだけど、体型だけはなぁ…


「というか、二年前にもこんなことを私に言ったんですよ、昆奈門さんが私に。健康なら別に太っても構わないって」

「そうだっけ?」

「そうですよ。なので、思う存分太って下さい?」

「嫌だよ!太るのは嫌だ!」

「やっぱり。最近、見た目にこだるようになりましたね」

「そ、そんなこと…っ」

「お洒落って楽しいと最近、思っているんでしょ?東京でお洋服を見ましょうね?私が似合う物を選んであげますから」


何もかも見透かしたように笑うなまえの淹れてくれた珈琲を口にする。悔しいし、恥ずかしい。どうしてなまえには何も言わなくても私の考えていることなど全て分かってしまうんだろう。まるで手に取るように私の考えなど読まれている。
きっと、なまえは私が何故東京に誘ったのかなど理解していないことだろう。どうせ忘れているに決まっている。それも含めて、本当に悔しいと溜め息を吐かざるを得なかった。


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