雑渡さんと一緒! 128


「少し早いけど、誕生日おめでとう」

「わぁ。ありがとう」

「当日に渡したかったんだけどね。なまえ、実習だから」

「うぅ…怖いよぅ」

「大丈夫でしょ。どーんと構えて行きなさい」


きぃちゃんは笑いながらプレゼントを手渡してくれた。
いよいよ私は実習が始まる。実習といっても、見学だけなのだけど、尋常ではない量のレポートに追われると聞いているから、始まる前から震えている。といってもたったの五日間だけなのだけど。本当は昆奈門さんに不安だと言って慰めてもらいたいけど、内緒にしているから何も言えない。それがまたストレスだったりする。それでも私は昆奈門さんには資格を取るまでは内緒にしようと決めていた。あまりのキツさに志半ばで辞める人もいると聞いていたし、昆奈門さんのために転科したと言うのが単純に恥ずかしかったからだ。まだ学び始めたばかりだけど、最近の昆奈門さんはよく食べてくれるから、少なからず身にはついているんだ、と自分を鼓舞して頑張ることにした。きぃちゃんがいなくて不安だけど。


「これ、開けてもいい?」

「いいけど、開けない方がいいとは思う」

「なんで?」

「下着だから」

「…えっ?」

「ちょっとだけHな下着だから、それ」

「ぎゃあっ!」


思わず驚いて箱を落としてしまった。ちょっとHな下着って何?どこからがHで、どこからが普通なの?
私が震えていると、きぃちゃんは親指を立てて笑った。


「雑渡さんの反応、楽しみにしてるから」

「ひぇ…っ」

「大丈夫。絶対好きって言ってたから」

「…佐茂さんが?」

「そう」

「余計に怖いよ、それ!」

「大丈夫だって。なまえなら似合うから」

「あ、開けるのが怖い…」


まるで爆弾を抱えているかのような気持ちで家に持ち帰り、箱を開けてみる。中からは白い下着が出てきた。レースが付いていて肌触りもいい。だけど、谷間が紐で結ばれていて、なかなかに際どい所を攻めた下着だった。思わず自分のない胸をぺたりと触って、これを着こなす自信がないと溜め息が出た。こういう下着なんてきっと昆奈門さんは見慣れているんだろう。スタイルのいい女性の。昆奈門さんは私なんかがこれを身に付けたところで喜んでくれるのかな。私なんかの下着姿で興奮なんてしてくれるのかな。あ、なんか落ち込んできた。もう考えるのはやめよ。
私は下着をクローゼットの奥底にしまって、夕飯の支度を始めた。今日のご飯はハンバーグ。最近仕入れた知識を活用した物だ。昆奈門さん、これを見たら驚いてくれるかな。
そわそわしながら焼いていると、昆奈門さんが帰ってきた。


「ただいま。今日のご飯、なに?」

「ハンバーグです」

「お。久し振りじゃない?」

「そうでしたっけ?」

「そうだよ。まだかなーまだかなーって待ってんだから」

「そんなにお好きでしたっけ?」

「普通」

「普通に好き、と?」

「いや、普通にかなり好きだよ」

「あ、新しい"普通"を出してこないで下さい…」


昆奈門さんの「普通」のバリエーションが多過ぎる。「普通に好き」と「本当に普通」の違いは分かるようになってきたけど、更に新たな「普通」を私は覚えられるだろうか。というか、それはもう「好き」でいいじゃない。
卵汁とほうれん草の胡麻和え、ご飯を持って行くと、昆奈門さんは待ちきれなさそうにそわそわとしていた。既に皿に並んでいる付け合わせのジャーマンポテトと人参のグラッセ、焼いたブロッコリーとパプリカの横にハンバーグを乗せて持っていくと、昆奈門さんは笑顔で勢いよく手を合わせた。


「いただきます」

「はい。私も、いただきます」

「あー、久し振…り……!?」

「凄いでしょ?」

「えっ、何これ。何これ!?」


予想よりも遥かに驚いてもらえてホッとした。ハンバーグを割ると中から肉汁とチーズが溢れ出てくる、まるでお店のようなハンバーグ。実はそんなに難しくないと学校で友達から聞き、実際に作ってみたけど、本当に難しくなかった。
昆奈門さんは皿をどうなっているのかと横から眺めていた。


「いいから早く食べて下さい。冷めますよ?」

「えっ、これ、なまえが作ったの?」

「はい」

「なに。店を出す気なの?出す気なんでしょ!」

「出しませんって。出させてももらえませんし?」

「本当は出したいの?」

「いいえ?昆奈門さんのためにしか私は作りません」


一口食べると、肉汁がじゅわっと広がった。うん、なかなか美味しく出来たと思う。ナツメグなんて入れても変わらないと思っていたけど、確かに入れた方が美味しいかな。
昆奈門さんは恐る恐るハンバーグを口にしたかと思えば、ご飯を勢いよく口に入れていた。反応は上々なようだ。
元々、食べ方が綺麗な昆奈門さんは最近、こんな風に家ではガツガツと食べるようになっていた。まるで子供のように食べるものだから、可笑しい。綺麗に品良く食べられるよりも私はずっと嬉しかった。美味しいって伝わってくるから。


「ご飯、おかわりいります?」

「いる。大盛り…いや、うん。少な目で」

「はい。気持ち多めによそいますね」

「う…また太る…」

「だから、太ってませんって」

「いいや!過去一いま太ってるんだって!」

「痩せ過ぎなだけですよ、絶対」


昆奈門さんは全然太っていない。むしろ、まだ痩せている方に入るだろう。別にお腹が出てきたわけでもない。確かにほんの少しだけお腹周りが大きくなったかもしれないけど、全然気に留める程ではない。前は凹んでいたんだから。
太る太ると言いながらも昆奈門さんはご飯を美味しそうに食べていた。相変わらず正直な人だと思わず笑ってしまう。


「あぁ、また食べてしまった…」

「美味しかったですか?」

「美味しいなんてもんじゃないよ!怖いよ、最早!」

「じゃあ、明日から作るの辞めます?」

「やだ。なまえのご飯が食べたい。あぁ、でもまた太るんだろうなぁ…どうしよう、怖い。料理の腕が上がっていて怖い」

「まだまだ上げますから」

「怖…っ」

「あれ?楽しみにしてくれないんですか?」

「楽しみだけど、怖いよ!肥えていくのが物凄く怖い!」

「あはは」


そんな心配をする昆奈門さんを見る日がくるなんて思いもしなかった。二年前はもっとクールな人だと思っていたけど、こんなにも小さなことで悩む姿を見せてくれるようになった。いや、本人は真面目なんだろうけど。それでも、こんなにも取り乱した姿を見ることが出来るなんて思いもやらなかったから、嬉しい。今の昆奈門さんの方がずっと好きだ。
私が笑うと昆奈門さんは怒ったけど、明日のメニューが魚の煮付けであることを伝えると、昆奈門さんはまたガタガタと震え出した。お好きですものね、普通に。
大丈夫、私は昆奈門さんが例え100キロを超えても好きだから。その代わり、私の貧相な身体のことは指摘しないで下さいね。私がそう言うと、昆奈門さんは何のことを言われているのかよく分からないといった顔をした。だけど、いつも通り服の隙間から手を入れ、指先でお世辞にも大きいとはいえない胸を触りながらキスしてきた。熱の籠った目を携えて。


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