雑渡さんと一緒! 129


「タソガレドキの忍び組頭…っ」

「おや。私を知っているの?それは光栄なことだ」

「よ、寄るな!俺に何の用だ!?」

「案ずるな。私は貴様に用などない」

「では、な…」


お前自身には用はない。ただ、殺しにきただけなのだから。
刀で跳ねた首を手に取り、こんなつまらない男になまえは抱かれたのかと思うと腹が立った。里のくノ一たちもそう。火矢を放っただけで狼狽ていた。度胸があったのは、里の頭くらいのもの。最後まで私に立ち向かってきたのだから。それでも、今際の際にはどこの男の元へなまえを向かわせたのか口を割ったのだから、大したことはなかった。あの程度の女どもとはいえ、複数人でなまえに折檻していたとは実に嘆かわしい。そして、知らなかったとはいえ、その里へ戻れなどと言ってしまった自分にも腹が立つ。私の女を寄ってたかって傷付けていたと知っていれば、もっと早くに囲っていた。
物音がした方を見ると、女が立ちすくんでいた。成る程、この男の妻といったところか。あーあ、殺さなくてもいいはずの女を一人始末しないといけなくなってしまった。致し方がない。妻がいるというのになまえに手を出した夫を持ってしまったことをあの世で悔いるがいい。
私は泣いている女に首を投げつけてから、刀を振り翳した。





「昆奈門さん!?」

「…なまえ?」

「大丈夫ですか、そんな、うなされて…」

「大丈夫。ちょっと、昔の夢を見た…」

「昔の…?」


嫌な夢を見た。昔、なまえの里を襲い、なまえを抱いた男を殺した時の夢。いや、夢ではない。本当に殺したのだから。
じっとりと流れる汗が気持ち悪くて、シャワーを浴びる。あがると、なまえがよく冷えたお茶を用意してくれていた。時計を見るとまだ2時。まだ寝たばかりだ。
お茶を飲んでからベッドに入ると、なまえは私を抱き締めてくれた。その温もりが私の心を落ち着かせてくれる。
私は前世では残虐なことを何度もした。別に後悔などしていない。なまえを傷付ける奴が悪いから。だけど、その報いがいつか来るのではないだろうかと、ここ最近思うようになった。もう何百年も経過しているし、前世で私はロクな死に方をしていないとはいえ、いつか報復される日がくるのではないだろうか。そんな不確定な不安にここ最近怯えている。理由は分かっている。夢見が悪いからだ。こんなような夢を最近、異様に見る。目が覚めて、罪悪感に苛まれ、だけど謝罪のしようもなく、弁明も出来ない。言いようのないストレスを感じていた。目が覚めて、闇に飲まれるかのような感覚があるけど、どうにか自分を保つことが出来ているのはなまえがいてくれるからだ。今も心配そうに私の頭を撫でてくれている。まるで小さな子供に対してやるように。初めは馬鹿にされているのだと思ったけど、そうではないことにすぐ気付いた。私を安心させようとしてくれている。母のように。


「…なまえはいいお母さんになれるよ」

「昆奈門さんこそ」

「いい父親になれるってこと?」

「はい」

「どうだかねぇ」

「なれますよ。懐が深いんだから」

「私がぁ?」

「はい。あなたは昔から優しい人です」


優しい。優しいのなら、あんなことはしなかっただろう。優しいのなら、部長を引き摺り下ろしたりしなかっただろう。喧嘩ばかり買ってきたりはしなかっただろう。
時々、なまえはこういうよく分からないことを言う。私のことを本当に理解しているんだか、いないんだか…と思いながら、なまえの優しい手つきで再び眠りへと落ちていった。
そして、翌日から月末処理が始まった。うんざりとする作業だ。それでも、今月は前倒しで進めているから気持ち楽だ。


「五条。これ、桁が間違ってる」

「ひっ!申し訳ありません」

「いいよー、桁違いは分かりやすいから。5000円とか中途半端な金額間違いが一番厄介だから。ねぇ、尊奈門?」

「今月は!今月は大丈夫です!」

「そぉ?それは楽しみなことだ」


書類を捲っていると、椎良の手が止まっていることに気付いた。あぁ、また何かやらかしたのかとすぐに分かる。陣左に目配せすると、すぐに二人で出て行った。あの二人はあれでいて仲がいい。私が声を掛けるよりもいいだろう。
今日と明日は意地でも早く帰る、とパソコンに齧り付いていると、デスクの電話が鳴った。部長のデスクに掛かってくるのは一般からの電話ではない。つまり、私に用があって掛かってくる電話のみだ。このクソ忙しい時に…と電話に出る。


「来月のご相談をと思いまして。今、よろしいですか?」

「あぁ、これはこれは。わざわざ、どうも」

「こちらこそ。わざわざ東京に来て頂いて申し訳ない。そんな田舎からなど滅多に出た事もないでしょうからお迎えにあがろうかと思うのですが、何時の便で来られます?」

「それはお気遣い感謝します。ですが、これでも出張で東京に出る事は初めてではありませんので、お気持ちだけ受け取らせて頂きます。わざわざ、ご連絡ありがとうございます」

「左様ですか。お会い出来る日を楽しみにしていますので」

「こちらこそ」


相手の電話が切れたことを確認してから乱雑に電話を叩き付ける。この私を馬鹿にしたことを後悔させてやる。
私が苛々していることを察して、全員が目を逸らした。今の私はさぞ恐ろしい顔をしているのだろう。聡明な判断が出来る部下ばかりでよかった。口から酷い言葉を部下に投げ掛ける前に席から離れ、喫煙所に向かう。途中、陣左と椎良にすれ違ったけど、私の顔を見るなり青ざめ、廊下の端まで避けていった。そのあからさまな対応にも腹が立つ。
苛々としながら喫煙所のドアを乱雑に開け、ポケットから煙草を取り出して煙を吐く。喫煙所にいた奴らは驚いたように私を見たけど、慌てて出て行った。そして、一人残った。


「荒ぶってんなぁ、雑渡」

「煩い」

「おぉ、怖。話くらい聞いてやるぜ?」

「黙れ。佐茂なんかに話すことはない」

「はは。辛辣だなぁ」


佐茂は大袈裟に溜め息を吐いた。その行動の一つ一つが勘に触る。私が頭に血が昇っている時に取る行動としては不適切だ。そんなことくらい、佐茂だって分かっているだろう。


「お前さ、前々から思っていたけど、ウザい」

「あら、悲しい」

「だから、そういうところがウザいんだって。私の生活にまでここ最近関わってきて…うんざりするんだよ、本当」

「いや、そんなに関わってなくね?」

「どこが。北石を使って私の生活を探っているくせに」

「あー。それはただの世間話だろ?」

「そもそも、北石なんかと付き合っている時点でお前の程度が知れるんだよ。あんな低俗な女なんかと関係を…」

「雑渡。照は関係ない。それは駄目だろ」

「う…っ」

「ほら、ちゃんと謝れ。俺に悪意を向けるのは構わないけど、照は別だ。照はこの話に関係ないだろ?謝罪しろよ」

「……っ」

「はい、ごめんなさいは?」

「…悪かった。佐茂も北石も関係ないのに八つ当たりした」

「おう。そうやって素直に謝れば物事は解決するんだよ」

「煩いよ…」


今度は私が溜め息を吐く番だった。あぁ、またやってしまった。どうして私は昔から頭に血が昇りやすいんだろう。
佐茂はよくできました、と笑ったけど、心底馬鹿にされているようで頭にくる。だけど、もう先程の怒りはなくなっていた。頂点に達した怒りは引き、言いようのない嫌悪感に苛まれる。情けない話だが、佐茂に救われてしまった。


「…落ち着いた。助かった」

「おう。で?何をそんなに怒ってたんだよ?」

「今度の出張の相手から舐めた連絡を貰った」

「へーえ?」

「意地でも落としてきてやる」

「はは。それは頼もしいことで」


佐茂は二本目の煙草に火をつけた。まだ私の話に付き合ってくれる気があるのだろう。相変わらず、物好きな奴だ。
私も二本目の煙草に火をつける。重なる煙が空気に溶けていく様は何度見ても儚げで、そして、色んな感情を昇華してくれるものだと眺める。あぁ、だから煙草は辞められない。


「そういえばさ、なまえちゃんの誕生日、明日だろ?」

「よくご存知で」

「この前、照とプレゼント買いに行ったからな」

「それはどうも」

「くくく…」

「は?なに?」

「いや、感想待ってるから」

「は?何を贈る気なの?」

「下着」

「は?」

「いや、雑渡が好きそうなの選んでおいたから」

「…お前、本当に下世話だね。気持ち悪い」

「いや、絶対に喜ぶって、雑渡なら。保証する」

「それはどうも」


あ、また苛々してきた。よく人の嫁に下着なんて贈れるものだと感心さえする。私なら無理だ。そんな気味の悪いことは出来ない。何なら、人の女の下着なんて知りたくもない。普通、知られたくもないと思うものではないのだろうか。
これからなまえを抱く度に佐茂はなまえの下着を知っているのかと考えることになるのかと思うと、心底複雑な気分になる。違う意味で私はまた溜め息を吐くこととなった。


[*前] | [次#]
雑渡さんと一緒!一覧 | 3103へもどる
ALICE+