雑渡さんと一緒! 132


「ねぇ、どうだった?反応は」

「うん、何か…」

「喜んでくれた?どうなの?」

「凄く色っぽかった、昆奈門さんが…」

「は?雑渡さんが?」


登校するなり、きぃちゃんに下着の反応を聞かれたけど、昆奈門さんの色気が凄かったの一言だ。下着の紐を口でほどいてきた時とか鼻血が出るかと思うほどドキドキした。
思い出したらまたドキドキしてきた。昼間から思い出すようなことではない。私は首を振ってから慌てて話題を変えた。


「ゴールデンウィークはどこか行くの?」

「うん。温泉」

「えー。いいなぁ」

「なまえは?」

「東京に行くんだ、明日から」

「明日?学校は?」

「1コマしかないから自主休講…なんて」

「あらー。なまえも悪くなったものね」

「だ、だって。東京行きたかったんだもん!」


生まれて初めての東京。いつもテレビで見るたびに羨ましいと思っていた。乗り遅れてもすぐに来る電車、話題になっている食べ物、お洒落なカフェ、雑誌でよく見る可愛い洋服の店。どれもこれも、こんな田舎にはない物ばかりだ。
そして。明日は昆奈門さんと付き合って二年の記念日だ。昆奈門さんは多分、私が忘れていると思っていることだろう。実際、前に昆奈門さんに拗ねられるまでは忘れていたし。


「あのさ、きぃちゃん。記念日とかって何かしてる?」

「記念日?付き合ってってこと?」

「うん。前の彼氏とか…」

「前は何もしてなかった。向こうが記念日なんて興味ないって人だったからね。でも、今は彼に毎月花を貰ってる」

「えっ、毎月?」

「そう。毎月」

「えぇっ、佐茂さん毎月そんなことしてくれるの!?」

「マメよねぇ」


きぃちゃんは嬉しそうに笑った。佐茂さんって本当にかっこいい人なんだなぁと思ったし、記念日にこだわる昆奈門さん以上に楽しんでいるんだなぁとも思った。凄い。
昆奈門さんに話そうと思ったけど、毎月記念日を祝うのは私自身が忘れてしまいそうだから、言うのはやめておこう。


「で?記念日がどうしたの?」

「…多分、昆奈門さん物凄いお祝いをしてくれるの」

「あぁ。目に浮かぶわ」

「私、お金ないんだけど!?」

「前もそんなことを悩んでなかったっけ?」

「その時以上にないの」


いや、あの時よりはお金はある。昆奈門さんが尋常ではないお金を持っていて、私は好きに使えと言われているから。だけど、好きになんて使えるはずがない。昆奈門さんからは現金の他にカードを渡されていた。そのカードを使って日用品や雑貨を買ったり、友達と出掛けた時に現金を使うことはあるけど、必ず事後報告をしていた。昆奈門さんは最早、面倒くさそうに聞くだけになっているけど。
それでも、昆奈門さんが稼いだお金でプレゼントを買うというのは何か違うと思った。つまり、私は今お金がない。


「きぃちゃんは佐茂さんに毎月何か渡してる?」

「手紙」

「て、手紙?」

「そう。案外、喜ばれるものよ」

「な、何を書くの…?」

「この前の発言はないわーとか」

「嘘。絶対にそんなこと書いてないくせに」

「さてね。まぁ、手紙は雑渡さん、絶対に喜ぶと思うよ」

「手紙かぁ…」


手紙。それは所謂ラブレターというやつなのでは。そんな物を私が昆奈門さんに書けるだろうか。何を書けばいいのかさっぱり分からない。日頃の感謝?お仕事頑張ってくれてありがとうみたいな?何か、お父さんに書く手紙みたい。
家に帰って夕飯の支度をする。今日はハムカツにしてみた。サクサクの衣から油を切っていると、ただいま、とリビングのドアが開いた。昆奈門さんは帰るなりネクタイを緩めながらソファにもたれかかった。スーツのポケットから煙草とライターを取り出し、おもむろに吸い始めたところを見ると、かなり疲れているようだ。月末処理が終わったばかりだからだろうか、とか、この前忙しいのに休んでくれたからかな、と思っていると、昆奈門さんは重苦しい溜め息を吐いた。


「今日さぁ新入社員の配属があったんだよね」

「あぁ。春ですねぇ」

「使い物にならなそうなのばっかり配属されてきた」

「これからじゃないですか」

「いいや、あれは駄目だね。期待できない」


昆奈門さんは部下思いだし、慕われている。だけど、仕事に厳しい。ましてやタソガレドキ社は忙しいから、毎年多くの人が辞めていくそうだ。辞めると分かっているのに教育に時間を割くことが嫌で嫌で仕方がないと前も言っていた。
炊飯器からごはんをよそってテーブルに持っていく。それを見た昆奈門さんは煙草の火を消して、手を合わせた。


「今時の若い奴は何を考えているかよく分からない」

「私よりも年上の人じゃないですか」

「初めはなまえの考えていることもよく分からなかった」

「え、酷い」

「今は違うよ?流石に分かるようになった」


サクッと音を立てながら昆奈門さんはハムカツを口にした。お願い、とご飯茶碗を差し出されたので立ち上がって二杯目のご飯をよそう。冷蔵庫に海苔の佃煮があることを思い出して一緒に持っていくと昆奈門さんは嬉しそうに笑った。


「それでね。何を持ってるのか聞かれた」

「所持品?ブランドのことですか?」

「さぁ?鞄の中身を見せて欲しいとか言われて」

「はぁ。形から入る的なことでしょうか」

「その発想がそもそも駄目なんだよ。人の真似ばかりしていたら、いつまで経っても成長なんて絶対に出来ないから」

「成る程。覚えておきます」


まぁ、この教えが私に活用する機会があるかは別として。
昆奈門さんは営業職だ。やり方は個人個人違うだろう。その人の持つ強みを活かしていかなければいけない仕事なのだから、大変なんだろうなぁと思った。少なくとも私には向いていないし、昆奈門さんにもそう言われたことがある。
社会人の鞄には何が入っているんだろう、と私も昔気になったことがあった。だけど、案外シンプルなものだった。煙草とライター、財布、名刺入れ、印鑑、手帳、書類の入った封筒…たまにパソコン。特別な物は入っていない。だから鞄の中身を知っても多分、何の参考にもなり得ないだろう。


「そうだ。手帳を見せてあげるとか」

「手帳?」

「昆奈門さんの手帳は参考になりそうじゃないですか?」

「何の?」

「仕事のやり方というか、姿勢の」


昆奈門さんの使っている使い古された黒革の手帳には取り引き先の情報がびっしりと書いてある。相手の好みや会社の業績、創設者、株価などありとあらゆることが書いてある手帳を見せてあげたら参考になるんじゃないだろうか。
昆奈門さんは手帳ねぇ…と言いながら鞄を漁った。この前私が革の手入れをしたから綺麗な状態のままとなっている。


「手帳なんて普通人に見せなくない?」

「別に見られて困ることは書いてないでしょ?」

「まぁ、多分…」


昆奈門さんは仕事のことしか手帳には書かない。スケジュールも何時に何処で取り引き、とか、本当にシンプルなことのみで、どちらかといえばメモがメインとなっている。お世辞にも綺麗とはいえない字で書き殴られているけど、本人が読めるのなら問題はないのだろう。
ペラペラと捲っていると、メモ用紙が一枚隙間から落ちた。


「何か落ちましたよ?」

「あぁ、ありがとう」

「何これ…ひ、ひっ!何でまだこんな物持ってるんです!?」

「大切だから。返して」


昆奈門さんは私の手からメモを奪い取っていった。そして、本当に愛しそうに指でなぞってから手帳にクリップを使って留め、パタンと手帳を閉じてから食事を再開した。
私は恥ずかしくて顔から火が出そうだった。あのメモは見覚えがある。というか、私が書いた物だ。私たちがまだ付き合う前に昆奈門さんに初めておにぎりを作った時に入れたメモ用紙。そんな物をまさかまだ持っているとは思わなかった。それも、あんなにも大切そうに手帳に挟んで。


「す、捨てて下さい!」

「嫌だ」

「恥ずかしいから捨てて!本当に恥ずかしいんです!」

「嫌だって」

「な、何で…」

「あれを見た時、本当に嬉しかったから」


辛い時とか未だに見返すし?と昆奈門さんは笑った。
あんなにも大切そうに保管されると知っていたら、もっとちゃんとした便箋に出来る限り綺麗な字で、もっと可愛いことをたくさん書いたのに、と後悔した。あの時は本当におにぎりを渡すことで頭の中がいっぱいだったのだ。何なら、恥ずかしさのあまり、可愛く渡せもしなくて後悔さえした。
手紙かぁ…今、ちゃんとした手紙を書いたら昆奈門さんは喜んでくれるのだろうか。走り書きのメモでさえも大切にしてくれるのだから、きっと喜んでくれるのだろう。だったら、恥ずかしいけど、ちょっと頑張って手紙を書いてみようかな。それで、素直に想いを伝えて、渡そう。あの時には出来なかったけど、本当は笑いながら渡すつもりだったのだから。


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