雑渡さんと一緒! 136


ホテルに戻り、レストランに行くのかと思えば、昆奈門さんはベッドに疲れたーと言って横たわった。まだ予約の時間ではないのだろうかと疑問に思いながら昆奈門さんの横に自分も転がる。ふかふかのベッドが心地いいと思っていると、キスされた。この人はどうしていつも不意にキスしてくるのだろう。ドキドキするからやめて欲しい。
指を絡められ、キスしながら昆奈門さんは私に覆い被さってきた。あれ、夕飯前なのに、こんな感じなの?今日こそ先にお風呂に入りたいんだけど…と私が焦っていると、部屋のチャイムが鳴った。昆奈門さんは舌打ちしてから離れていった。


「お待たせ致しました」

「わぁっ…」


ホテルマンに運ばれてきたのは美味しそうな料理の数々。後はビールと、オレンジが刺さっているジュース。
見ていてわくわくするような料理の数々に私がテンションを上げていると、昆奈門さんは窓際に置いてあった椅子に座った。そして、窓から外を眺めて、真面目な顔をした。あぁ、これは仕事のことを考えているんだろうなぁ。まさか、東京も我が物にしようとでも思っているんじゃないだろうか。
テーブルに並べられた料理を思わず見惚れていると、昆奈門さんが笑いながら食べよう?と促してきた。昆奈門さんと向かい合い、高そうな椅子に座って手を合わせると、昆奈門さんはビールの入った細いグラスを手に取った。慌てて私もオレンジジュースを手に取り、乾杯する。チン、とガラスがぶつかる音が響き、昆奈門さんはビールを口にしていたから私もオレンジジュースを飲もうとしたけど、制されてしまう。


「待ちなさい。それ、お酒だから」

「えっ。の、飲むのは怖いです…」

「大丈夫。今度はちゃんと私が飲み方を教えてあげるから」


ふ、と笑った昆奈門さんは教えてくれた。一度にたくさん飲む物ではないこと、ちゃんと時間を掛けながら、時々水を飲むのがいいこと、適度に料理を口にすること。そんなこと、前は教えてくれなかったのに。意地悪。
教わった通りに一口飲むと、甘くてジュースのようだった。これは本当はジュースなんでしょ?と私が聞くと、昆奈門さんは急に怖い顔をした。甘い酒を舐めるな、と。


「アルコール度数は低くない。この前のような飲み方をしたら倒れて当然だ。いい?外でこれから飲む機会があるかもしれないけど、決して無謀な飲み方はしないこと」

「…この前みたくなります?」

「あんな飲み方をしたら私だって倒れるよ、流石に」

「だったらどうして教えてくれなかったんですか!?」

「なまえに酒の恐ろしさを教えておく必要があると思ったからね。一緒にいたのが私ではなかったら、ホテルに連れ込まれていたかもしれない。それを決して忘れないでね」


サラッと怖いことを言う昆奈門さんはグラスを置いてフォークを握った。私も合わせてフォークを握り、サラダを口にする。美味しいオレンジのドレッシングは私は美味しいと思ったけど、昆奈門さんは嫌そうにしていたから好みではなかったんだろう。家ではサラダも食べられるようになったけど、外ではまだまだ野菜は嫌いなようだ。
昆奈門さんのペースに合わせてお酒を口にしようとしたけど、人のペースに合わせると倒れると言われてしまい、どうしたらいいのか分からず困惑すると、昆奈門さんは笑った。


「少しずつ自分のペースと限界を知りなさい」

「…どうやって?」

「飲むしかないだろうね」

「またあんな風になるのは怖いんですけど…」

「その前に止めてあげるから大丈夫」


昆奈門さんは笑いながらご飯を口にした。私にはちゃんとパンを用意してくれているから、あらかじめ昆奈門さんがこのディナーを予約してくれていたことが分かる。
窓からは東京タワーが見えて、綺麗だった。ドラマでしか見たことがなかった物なのに、自分の目で見ているなんて不思議な気持ちだ。東京に生まれたかったと思わないこともない。こんな素敵な街で生活出来たら、きっと毎日楽しいだろう。だけど、私は家から見える土手に咲く菜の花や、家の近くの丘から見える景色が好きだった。こんなにキラキラと輝いてはいないし、ちっぽけな物かもしれないけど、とても落ち着く。川が流れる水音、揺れる木が擦れる音、土手に咲く小さな花のにおい。どれも大好きだ。だから、私は東京ではなく、あの小さな街に生まれてこれてよかったと心から思っている。何より、昆奈門さんと出会えたから。私に愛を教えてくれた人が側にいてくれて私は幸せだ。これから先、ずっと昆奈門さんと一緒にいたい。あなたの隣にいるに相応しい程、綺麗な大人になっていきたい。
私は鞄から昆奈門さんに手紙を渡した。前に出来なかった笑顔を携えて。昆奈門さんは首を傾げながら封筒を手にした。


「なに、これ」

「お手紙…を書いてみました…」

「私に?」

「はい。あ、だ、だけどね、大したことは書いてないんですよ?本当、つまらないことしか書いてないというか…っ」


恥ずかしくなって、思わず俯く。あ、これ想像していたよりもずっと恥ずかしいやつだ。というか、これから昆奈門さんはこれを読むの?私の前で?あ、無理!恥ずかしい!
私は慌てて手紙を奪い取ろうとしたけど、昆奈門さんは意地の悪い顔で笑いながら手を高く上げた。そんなことをされたら私がどう頑張ったって届かないことくらいもう分かっている。渡さなければよかった。やめておけばよかったと後悔の念に苛まれながら封筒を開ける昆奈門さんをただただ睨む。


「せ、せめて私の前で読まないで下さい…」

「なんで」

「恥ずかしいんです!」

「そう。それは益々興味深いね」

「あ!意地悪!」


カサッと便箋を取り出し、昆奈門さんは読み始めた。目線が字列を追っているのが分かる。恥ずかしくて恥ずかしくて、穴を掘って埋まりたくなった。
たった一枚に想いを詰め込んだ手紙なんて読むのに時間はかからない。なのに、昆奈門さんは何も反応してこなかった。というか、読むのに時間がかかり過ぎではないだろうか。まさか、何度も読み返しているのではないだろうか、と昆奈門さんを見ると、案の定、じっと手紙を眺めていた。酷い、恥ずかしいと言っているのに。こんな物、笑い飛ばしてくれていいのに。
私は慌てて昆奈門さんから手紙を奪い取った。あっさりと手元に戻ってきた手紙を丸めてゴミ箱に捨てようと立ち上がると、手首を掴まれ、そのまま椅子に座っている昆奈門さんに抱き締められた。膝の上に座るよう誘導され、また抱き締められる。されるがままに、ぎゅうぎゅうと力強く抱き締められていると、昆奈門さんは溜め息を吐いた。


「…あのさ、何でこんなに可愛いことをするの?」

「か…わいかったです?」

「あぁ、いつもの無自覚ね。そう、恐ろしい子だ…」

「あれ、喧嘩売ってます?」

「いいや?ただの事実だよ」

「それを喧嘩を売っているって…んっ、んん…っ」



そろっと耳に手を掛けられ、キスされた。熱の籠った眼差しを向けられ、何度もキスをされる。今すぐにでも抱きたいと言わんばかりのキスに焦った私は慌てて昆奈門さんから離れようとした。だけど、決して離しはしないと言わんばかりに昆奈門さんは私を抱き締め、不快そうに睨まれた。


「どうして逃げようとするの」

「だ、だって、まだデザートが…」

「あぁ。はい」

「んっ」


フォークでケーキを食べさせてもらい、昆奈門さんは笑った。そして、のんびりと珈琲を口にしては私に食べさせてくれた。昆奈門さんの膝の上でデザートを二人分、食べさせてもらったかと思えば、昆奈門さんは水を口に含み、口移しで私に飲ませてきた。唇から滴った水滴を舐め上げられ、またぎゅうっと抱き締められる。
外は街あかりで明るくて、だけど、最上階だから誰からもきっと見えないだろう。こんな風に過ごしたことなんて、今までに一度もない。夜景の綺麗なレストランの食事も好きだけど、こんな風に二人でくっ付いて過ごす食事の方が好きかもしれない…なんて、恥ずかしいことを思っていると、昆奈門さんは私の手から手紙を奪い取っていった。そして、これはもう私の物だよと急に立ち上がり、鞄の中から手帳を取り出して大切そうに挟んでいた。そして、ふふん、と笑われた。


「油断大敵とはまさにこのことだ」

「ひ、酷い!」

「どうして。これは私に宛てた物でしょ?」

「そ、そうですけど…」

「来年も、というか、毎年書いてね」

「ま、毎年ですか!?」

「そう。ファイリングするから」

「嫌です!というか、だったら、昆奈門さんも下さいよ!?」

「手紙を?」

「そうです!痛みわけです!」

「いいだろう。大作を書き上げてみせるから」


書けるものなら書いて欲しい。本当に恥ずかしいんだから。
私は二つ目の封筒を手渡した。先程の封筒と違って、分厚い物だ。思いが溢れ出過ぎて余計なことも書いてしまっている物だけど、もうこれが来年用ということでいいだろう。来年もこんな恥ずかしい思いをしながら手紙を書ける気などしないし、もう先に昆奈門さんに渡しておくことにした。


「なにこれ。二つも書いてくれたの?」

「来年の今日まで開けないで下さいね」

「えっ。これ、来年用なの!?」

「そうです!いいですか、来年まで開かないで下さいね!」

「いや、無理だよ。開けるよ、貰ったら」

「開けたら二度と書きませんからね!二度と!ですよ!」

「これはまた…」


昆奈門さんは困ったように封筒を眺めて、溜め息を吐いてから手帳に挟んでいた。もしこれが来年の今日よりも先に開封されたら二度と手紙なんて書かないから。絶対に。
きぃちゃんは毎月こんなことをしているのかと思うと尊敬した。私なら毎月こんなことをしていたら恥ずかしくて死んでしまいそうだ。喜んでくれると思うよ、ときぃちゃんは言った。そして、確かに昆奈門さんは喜んでくれた。だけど、私の心臓が持たない。あんな、心から嬉しそうな笑顔を向けられてしまったら、また心臓が止まってしまう可能性がある。
結局、今回も可愛く手紙を渡すことは失敗に終わった。来年、あの手紙を読んだら昆奈門さんは何と言い、どんな反応をするのだろうか。余計なこともたくさん書いたけど、怒るだろうか。それとも、やっぱり喜んでくれるのだろうか。その答えは心臓の都合上、来年までとっておくこととなった。


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