雑渡さんと一緒! 139


昇進して、一つ思うことがある。目が痛い。パソコンを眺める時間がずっと増えたことが原因だろう。目の奥がズキズキと痛むことが増えた。目だけならまだいい。だけど、目どころか頭も痛くなるから、堪ったものではない。
家で新聞を畳んで目頭を押さえていると、なまえに提案された。ブルーライトカットの眼鏡を買ってみたらどうか、と。


「あれ、効くの?」

「さぁ。でも、試す価値はあると思いません?」

「あぁー…」


そんなわけで、眼鏡を見に来てみた。数が多過ぎてどれがいいのかなんて全然分からない。なまえに選んでもらえることになってよかった。私一人だったら店員の薦めるがままの物にしていたことだろう。別にそれはそれでいいけど。
これは?と差し出された物を掛けてみる。思いの外、軽くて助かる。目は悪くないから、いつも身につけるわけではないけど、重いと疲れそうだと危惧していたが、杞憂だった。


「…どう?こんなもの?」

「わぁー…」

「えっ、なに。変?」

「かっこいい…」


ほう…と溜め息をなまえは吐いた後、ハッとした顔をした。そして、新しいフレームを手渡され、掛けてみる。


「わぁ、かっ…こいい…」

「あぁ、どうも?」

「似合いますね、眼鏡」

「そ?」

「かっこいいです。もう、本当にかっこいい」

「…どうも」


普段、かっこいいなんてなまえに言われる機会がそうないから、思わず照れてしまう。咳払いを一つしてから新たに手渡されたフレームを掛け、鏡を覗く。見慣れない顔がそこには映っていた。特別かっこいい、とは思わない。何なら、老けて見える。あー、年をとったなぁとうんざりしていると、なまえが口元を押さえていた。


「それ!絶対にそれ!」

「これ?」

「絶対に昆奈門さんに似合うから!」

「あー」

「気に入らないんですか?」

「いや、別に…」


別に眼鏡なんて何だっていいんだけど。ただ、何だかなぁ。眼鏡一つでそんなに印象が変わるというのも癪な話だ。
黒い金属製の眼鏡を購入してからカフェに寄る。珈琲が美味しい店だったから豆を購入し、家に帰ってから鞄に眼鏡をしまった。なくさなければいいけど、多分なくすだろうから安物にした。社長に文句を言われたら後から買い直せばいいだけのことだろうと考えてのことだ。万が一、この眼鏡のおかげで目の疲れが改善されるようなら家用にも一つ買ってもいい。何にしても、面倒な話だ。これで更に年を取ったら今度は老眼鏡が必要になるのかと思うと心底うんざりとする。
ふと、視線を感じた方を見ると、なまえがじっと見ていた。


「なに?」

「掛けてみて下さい」

「うん?」

「眼鏡、掛けてみて」

「あー…」


わくわくとした顔をしたなまえを見て溜め息が出た。そういう可愛い顔を普段から見せてくれればいいものを、たかだか装飾品をつけただけで見られるというのも非常に癪な話だった。久々に自分の顔を呪いたくなるほどに。
嫌々眼鏡をかけると、なまえはパッと明るい笑顔を見せた。


「かっこいいなぁ…」

「…どーも」

「何でそんなに嫌そうなんですか?」

「嬉しくないから」

「容姿を褒められて?」

「というか…」


素の顔を褒められるのなら、まだしも。おまけに、そんな顔なんて今まで見せたこともないくせに。言葉にはしにくいけど、全然嬉しくない。何だか気に入らない。
まぁ、たかだか眼鏡一つでこうも喜んでくれるのならいいのだろうか。でも、家用に買うのは辞めておこう。何となく。


「昆奈門さんって、かっこいいと思っていたけど本当に整った顔をしているんですね。私、昆奈門さんの目が特に好きなんですけど、より目立つようになって本当に素敵です」

「目?」

「そう、目。昆奈門さんの目って、色気がありますから」

「色気」

「見つめられたら、こう、胸がぎゅうっとなります」


えへ、と笑ってなまえは立ち上がった。目ねぇ…
そろっと後ろから抱き締め、じっと見つめる。すると、なまえは目を逸らした。これまた随分と可愛らしい顔をして。


「そ、そんなに凝視しないで下さい…」

「なんで」

「ドキドキしちゃうから…っ」

「ふーん?」


色気、ねぇ。なまえをじっと見つめると、みるみる顔を赤くした。あまりに赤くなるものだから、思わず笑ってしまう。
色気があるかどうかは別として、これは美味しい展開かもしれない。うまくいけば、まだ夕方だけどベッドに連れ込める可能性が出てきた。これを利用しない手などないだろう。


「ね、キスしてもいい?」

「ぴ…ぴぇっ…」

「わぁ。聞いたことのない声が出たね」

「ず、狡いです!」

「どうして?」

「自分がかっこいいと分かって、そんな顔をしていますね」

「いいや?私は自分の顔など好きではない」

「じゃあ、なんでそんな目をして私を見るんですか!?」

「なまえが好んでくれると知っているから」


ふ、と笑い掛けるとなまえはまた効果音のような声を出した。色気のある声とは程遠いけど、これはこれで愛らしい。
そっと顔を近付け、唇を貪ろうとすると眼鏡に阻まれた。いや、私の眼鏡がなまえを阻んだのか。何にしても、キスをするには眼鏡という物は非常に邪魔な存在だった。
眼鏡を外してキスをする。こんな物など、男女が馴れ合う時には不要だ。眼鏡などなくても、ちゃんと私自身を見てもらわないと困る。心の底から視力が悪くなくて助かったと思った。何なら良過ぎるくらいだ。両目とも2.0もあるのだ、なまえの身体の隅から隅まで裸眼で確認出来る。
事後、そっと目元に触れられ、昔から目が好きだったと言われた。その台詞で成る程な、と妙に納得した。昔は顔のほとんどを隠していたから。見せていたのは右目のみだ。だとすれば、それはそれで不快な話だと思った。過去の自分を重ねられることは何となく私を嫌な気持ちにさせた。だから、ちゃんと私を見てよ、となまえに言ってやった。なまえは私が何を言いたいのかよく分からないといった顔をしていた。だけど、柔らかく微笑みながら「私はずっとあなただけを見ていますよ?」と言ってくれた。その一言で単純にも舞い上がってしまい、目を細めながらなまえに笑い掛けると、なまえも嬉しそうに笑いながら大好き、と言ってくれた。


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