雑渡さんと一緒! 140
「なまえっていつもご飯作ってるの?」
「うん。たまにサボって外食するけどね」
「じゃあ、料理を教えて欲しいんだけど…」
「料理?何を?」
「分かんない。何がいいと思う?」
「えっ」
急に漠然とした質問をきぃちゃんに投げかけられてしまい、何と返答したらいいのか分からなかった。そもそも私は料理は好きだけど得意というわけではない。栄養科に通っているけど、あくまでも栄養科。調理師を目指しているわけではないから、人に教えられることなんて何もない。
急にどうしたのかと聞くと、言いにくそうな顔をされた。
「…もしかして、佐茂さん?」
「ち、違うのよ?同棲しないって言われたとか、そんなんじゃなくてね。ほら、ちょっと花嫁修行的なアレでね…っ」
「同棲!?佐茂さんと!?」
驚いて、学食だというのに思わず大声を出してしまった。きぃちゃんは私を咎めたけど、興奮せずにはいられない。というか、昆奈門さんに今すぐに言いたい。
私が携帯をポケットから取り出し、操作し始めると、きぃちゃんに絶叫された。やっぱり、割と大きな声で。周りからジロジロと見られてしまい、気まずくなって私たちは空いている教室へと移動した。そこで小さなコンテナを渡される。
「なにこれ」
「…作ってみたの。後で食べてみてくれる?」
「えー。食べる食べる」
「私さ、ずーっと実家暮らしだったから、料理なんてしたことがなくてさ。何度練習してもうまく出来ないというか…」
「感想、送るね」
「いい。明日、聞かせて」
きぃちゃんと佐茂さんが同棲なんて、こんなおめでたいことはない。嬉しくなって、うきうきと夕飯を作った。
完成した肉じゃがを見て、ふと思い出した。きぃちゃんから貰ったご飯があるんだった、と。コンテナを開けると、中には肉じゃがが入っていた。被ってしまった。仕方がないから自分の作った肉じゃがは冷蔵庫にしまい、きぃちゃんに貰った肉じゃがを皿に移してレンジで温めてテーブルに置く。ふわっといいにおいがしてきて、食べるのが楽しみだなぁと思っていると、昆奈門さんが帰ってきた。
「ただいま。はぁー、お腹空いたー」
「おかえりなさい。ご飯、出来てますよ」
「うん。早く食べた…」
「はい?」
「…いや。着替えてくる」
昆奈門さんは珍しく寝室に着替えに行った。いつもなら私がどんなに言ってもすぐに食べたがる人なのに珍しい。
ご飯とお味噌汁、小松菜と揚げのおひたし、パプリカとツナのマリネを並べていると昆奈門さんは嫌そうかつ怠そうな顔をして戻ってきた。機嫌でも悪いのだろうかと私は首を傾げたけど、テーブルに並んだ食事を見て、少しホッとしたような顔をしたから、特に何も言わずに二人で手を合わせた。
「いただきます」
「はい。いただきます」
早速、肉じゃがに手を伸ばす。あ、美味しい。成る程、塩ベースにしてみても肉じゃがは美味しいんだ。今度、作ってみよう。人のご飯って本当に個性が出て面白い。
お豆腐とわかめのお味噌汁を飲みながら、昆奈門さんはそういえばさぁ、と眼鏡の話をし始めた。昨日買ったブルーライトカットの眼鏡はよく効いたそうだ。一枚レンズを挟むだけでそんなにも変わるなんて文明の力というか何というか…
「よかったですね」
「うん。家用にも一つ買うことにする」
「持ち運べばいいじゃないですか」
「家に置いてあった方が便利じゃない」
「そうですか?」
「ほら、なまえちゃんも喜んでくれるし?」
にま、っと昆奈門さんは笑いながら私を見た。ちょっと、あまりにもかっこよかったとはいえ、はしゃぎ過ぎたかもしれない。おまけに、テンションが上がっておかしなことまで口走ってしまった。いや、だけど、言い訳させて欲しい。眼鏡を掛けた昆奈門さんは本当にかっこよかった。大人の男性の色気が凄かった。テレビでよく見る俳優さんよりも余程かっこよく見えた。昆奈門さん自身は嫌そうにしていたけど。
「まぁ、また選んでね」
「はい。あ、ご飯、おかわり要ります?」
「要らない」
「えっ。珍しいですね。お腹、空いてないんですか?」
「いいや?」
「じゃあ、食べればいいじゃないですか」
「おかずがなくなったから」
「へ?肉じゃががまだあるじゃないですか」
「あー…」
そういえば、昆奈門さんは一度も肉じゃがに手をつけていないことに気が付いた。肉じゃがなんて、昆奈門さんの好きなおかず10位以内に入るのに。まさか体調でも悪いのではないかと昆奈門さんの顔を覗き込むと、昆奈門さんは嫌そうな顔をしてから肉じゃがを一口食べ、そして箸を置いた。
「美味しくなかったですか?」
「普通」
「…それ、可もなく不可もない"普通"ですね?」
「うん」
「えー。美味しいと私は思うけどなぁ…」
「これ、誰が作ったの?」
嫌そうに肉じゃがを睨みながら昆奈門さんは重い溜め息を吐いた。私が作った物じゃないって気付くなんて凄い。あ、もしかして塩ベースの肉じゃがなんて私は作ったことがないからだろうか。何にしても、よく気付いたなぁと感心した。
「よく私が作った物でないと分かりましたね」
「分かるよ。分からないはずがないでしょ」
「どうしてですか?」
「見た目とにおい。全然、美味しそうじゃない」
「えっ。そうですか?」
「おまけに、味に至っては酷い」
「私は美味しいと思いますけど…」
「そう。私はもう要らない」
怠そうに昆奈門さんは冷蔵庫にビールを取りに行った。本当にもう食事は終わりにするつもりなんだろう。
見た目かぁ…確かに、にんじんは面取りした方がいいとは私も思ったけど、玉ねぎはトロトロだし、よく味も染みていて美味しかった。少なくとも酷いなんて言われるような物では絶対にないと思う。お肉に至っては私が作った物よりも何ならよく味が染みていて美味しかったとさえ思うくらいだ。
うーん…と私が肉じゃがを再度口にしていると、冷蔵庫を見た昆奈門さんが大きな声を出した。思わずビクッとする。
「な、なに…?」
「これ、食べてもいいの?」
「え?あぁ…」
昆奈門さんは皿に入った肉じゃがを手に取り、嬉しそうに笑っていた。私が返事をする前にレンジに入れて、温め直している。その間にご飯茶碗にお米を入れ、うきうきとした顔をしてレンジを眺めていた。
チン、とレンジが鳴った途端に昆奈門さんは満面の笑みで取り出し、テーブルに置いて嬉しそうに食べ始めた。
「よかったー。今日さ、お昼食べ損ねたんだよね」
「じゃあ、もっと食べればよかったのに」
「だって、別に美味しくなかったから。なまえが作った肉じゃがの方が美味しいもの。夕方に間食しないでよかった」
「そんなに…というか、よく分かりますね」
「うん?」
「塩ベースの肉じゃが、嫌ですか?」
「さぁ。なまえの作った物を食べたことがないから何とも」
「???」
この人、何を言っているのだろう。どうして私が作ったものではないと分かるのだろう。そして、どうして私が作ったものが分かるのだろう。さっぱり分からない。
私が首を傾げながら見ていると、昆奈門さんも首を傾げた。
「なに?」
「いや、どうして分かるのかなぁ…と」
「なまえが作った物だって?」
「はい」
「だから、見た目とにおいと味だって」
「はぁ…」
「なまえのご飯はね、こう、安心する味というのかな。家に帰ってきたんだなぁって思うような安らぎがあるというか」
「前もそんなようなことを言っていましたね」
「事実だから。で?これは結局、どこで買ったの?」
「きぃちゃんが作ったんです」
「げ」
最悪、と昆奈門さんは嫌そうな顔をした。店で買った物ならまだしも、知らない人間が作った手料理なんて気味が悪いとまで昆奈門さんは言った。あまりの言いように思わず驚く。そもそも、きぃちゃんのことは知っているくせに。
「私はね、手料理が気持ち悪いんだよ」
「私のご飯も気持ち悪いんですか?」
「いいや?なまえのご飯は気持ち悪くない」
「どういうことですか?」
「好きな子が作ってくれるのならまた話は別」
「はぁ…つまり、私のことが好きじゃなかったら?」
「絶対に食べない」
「成る程…あれ、昆奈門さんって潔癖症でしたっけ?」
「違うんじゃない?」
「よく人が作ったおにぎりを食べられない人がいるとは聞きますけど、つまり、昆奈門さんはそういう人なんですね?」
「あぁ。他人が握ったおにぎりなんて絶対に食べたくない」
「じゃあ、私が初めておにぎりを渡した時、嫌でした?」
「いいや?」
「…???」
やっぱり、よく分からない。分からないけど、昆奈門さんは空になった茶碗を私に差し出し、おかわり、と言った。あら、今日も三杯も食べるんだ。最近、ずっとだなぁ。
美味しそうに私が作った肉じゃがを食べる昆奈門さんを見ていて、よく分からないけど、幸せだなぁと思った。私は別に自分が作ったご飯が特別美味しいなんて思っていない。だけど、好きな人が美味しそうに、それも、他人が作った物は嫌だと言うような人が抵抗もなく食べてくれるとなると、なかなかに嬉しかった。思わず、きぃちゃんと佐茂さんの同棲の話が吹き飛ぶほどに。
あぁ、だけど、きぃちゃんに何て感想を伝えたらいいんだろうか。私は美味しかったから、美味しかったでいいか。万が一、昆奈門さんの反応を聞かれたら、うまく嘘がつけるだろうか。嬉しそうに肉じゃがを食べる昆奈門さんを見ながら私はそんな余計な心配をしなければいけなかった。
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