雑渡さんと一緒! 145


仕事が18時過ぎに終わった。おかしい。確か、前は21時前に帰れることなんて稀だったはずだ。なのに、仕事が早く片付いてしまった。新しいシステムを導入したからだろうか。随分と仕事が楽に終わってしまった。
何にしても好都合だ。帰ってからあの女ことを調べ、退職願を書くつもりだったのだから。やれやれ、と溜め息を吐きながらオフィスを出ようとすると、受付嬢に話し掛けられた。


「部長、お話があります」

「なに」

「一晩だけでいいんです。奥様がいることも知っています。だけど、どうか私を抱いては頂けませんでしょうか?」


ジロッと睨むと、受付嬢は一歩後退りした。私は結婚しているのではなかったのか。なのに、こうも誘われるということは、やはり婚姻関係などあってないようなものだったのだろう。でなければ、私を誘ってなど来るまい。
丁度いい。早く帰れるし、昨日ゴムも買ったからこの女を帰ってから抱くか。苛々していたんだ、処理させよう。
女の肩を抱き、家へと帰る。本当は女なんて抱きたくない。面倒だし、疲れるから。だけど、残念ながら私は男だ。日を置いて溜めることは苦痛でしかなく、そしてまた、余計に苛立ちが募ってしまう。いつものように適当な女で処理して、ついでに家を掃除させよう。機嫌取りのつもりで肩を抱くと、女は愚かにも嬉しそうに笑った。くだらない。私のことなど何ら知らず、そして、知ろうともしないくせに、何が嬉しい。お前たちは私をすぐに利用しようとする。だから、私もお前たちを利用させてもらう。ある意味、利害が一致した関係性だ。それは後腐れがなくて楽だから継続している遊びであり、ごく稀に私に深入りしようとする女がいるが、そんな女など一人残らず消してやるのだから、利口な女ばかりが近付いてくることは言うまでもなかった。
玄関に入ると、小さな女物の靴があった。昨日は来なかった妻のものだとすぐに分かる。これは少々まずい。仮にも私と婚姻関係にある女の親族を怒らせ、取り引き先を潰すことはまずいと思った。ましてや、あの女は幼い。私が浮気をしたと騒ぎ立てられてしまっては、面倒だ。
ホテルに寄るべきだったと後悔していると、リビングのドアが開いた。幼い女が私と女を見て、驚いた顔をした。


「だ、誰ですか、その方は…っ」

「あー…はぁ、悪い。また今度にしよう」

「そ、そうですね…」

「また声を掛けてもらえるかな?」

「はい。勿論」


受付嬢は嬉しそうに笑って帰っていった。馬鹿な女、私に犯されるように抱かれると知らないわけではないだろうに。
さて。面倒なことになった。どう取り繕っておくべきか。


「ごめんね。仕事の話をしようと思って」

「…肩を抱いて、ですか」

「なに。今日は寒かったからね」

「そう、ですか…」


女は不快そうに溜め息を吐いてから自らの頬を叩いた。その奇行に思わずギョッとする。何だ、この女は。気持ち悪い。
さて。何にしても、上手く誤魔化せた。後はこの女が何者であるかを探るだけだ。リビングに入ると、食事が並べられていた。所謂、手料理というやつだ。それを見てゾッとした。こんな物、用意しやがって。つくづく気色が悪い女だ。


「あぁ、食事を用意してくれたのか。ただ、残念だけど、食べてきてしまったから入りそうにもない」

「…そうですか」

「ごめんね。それよりも、少し話をしない?」

「話?」

「そう。君のことを、君のお父さんのことを教えて欲しい」


笑顔を作って笑い掛けてやる。お前の父親はどこの企業の重役だ。既にうちに買収されていればいいのだけど。そうすれば、この女に離婚届を叩き付けてやれる。こんなままごとのような生活に別れを告げられる。
女は怪訝そうな顔をした。折角、この私が笑い掛けてやっているというのに嬉しそうな顔ひとつしないとは、なかなか手強そうな女だ。他の女など、すぐに嬉しそうな顔をして何でも言うことを聞くというのに。大人しそうな顔をして、これはなかなか懐柔するには手がかかりそうだ。


「…父のことをどうして知りたいんですか?」

「ほら、君のお父さんは重役に就いているでしょう?なのに、覚えていないというのも失礼な話だと思ってね」

「確かに父は社長ですが」

「そう。どこの企業かな」

「小さな卸売りの会社です。失礼も何も、昆奈門さんが気に掛けるような立派な会社ではありませんので、ご安心を」

「へぇ…」


なんだ、じゃあ話は早い。こんな女など、必要がない。そんな小さな会社なら、別に買収する必要もないだろう。いや、もしかしたら既に買収済みなのかもしれない。どちらにせよ、この女はもう用無しだ。
私は鞄から記入済みの離婚届を取り出した。書くように促すと、女はギョッとした顔をして用紙を呆然と眺めていた。


「…何ですか、これは」

「離婚届」

「な、なんで…っ」

「お前など私に何の価値も付与しない。なら、必要ない」

「ま、待って下さい!」

「待つ?何を待てと?まさかお前、私に妻として愛されるとでも思っているの?だとすれば、愚かだね。私はお前など愛していないし、これからも愛さない。いいか、必ず書け」


女を睨みつけ、着替える。部屋着に着替えながら、ふと性欲を処理していないことを思い出した。どうするかな、明日でも構わないが今日の私は機嫌が悪い。女に苛立ちをぶつけたくて仕方がない。
婚姻関係にあるというのならば、あの女を抱いたこともあるだろう。致し方がない、今日はあの女で我慢するとしよう。


「おい、お前」

「…何ですか」

「ふ、何をそんなに泣いている。来い」

「何故ですか?」

「いいから、来い」


リビングからゴムを手に取り、泣いている女を寝室へ引っ張っていく。そして、私はいつものように下着を脱いでベッドに座った。女は動揺した顔をしたが、どうでもいい。


「早く勃たせろ」

「…は、はい?」

「いいから、早くしろ」


女の頭を掴み、咥えさせる。その間に箱からゴムを取り出し、封を切った。後は勃つだけだ。なのに、女はやる気もなさそうにしていて、一向に勃たせようとする気配がない。


「この私が抱いてやると言っているんだ。早く勃たせろ」

「な、なに…っ」

「いいから、早くしろ。私は暇ではないんだ」


女の頭を乱暴に掴み、奥まで咥えさせる。不慣れな舌使いから、慣れていないことが伺えた。はっきり言って下手。
こんな女で私はよく勃ったものだ。それとも、この女を抱いたことなど一度たりともないのだろうか。こんな貧相な身体をしていそうな女などで勃つとは到底思えないのだが。
仕方がなく、女を突き飛ばして自らの手で勃たせる。ゴムを着けてから女の下着を剥ぎ取り、そのまま後ろから突くと、女は悲鳴をあげた。あまりにも色気のない悲鳴に思わず萎えそうになる。これだからガキは嫌なんだ。少しは男のことも考えろ。それともまさか、この私に愛情のあるセックスを求めていたとでもいうのだろうか。だとするなら、くだらないし、愚かにも程がある。お前など、何の価値もないというのに、私に抱かれているのだ。有り難く思え。


「いやっ!痛…っ、や、やめて!」

「うるさい。黙れ」

「い、痛…っ、う、うぅ…っ」


あー、これ、出せないかもしれない。普通に萎える。
どうするかな、街に出て女を見繕って処理させた方が無難だろうか。全然、気持ちよくない。溜め息を吐いて抜き、女の胸ぐらを掴んだ。女は泣いていて、不細工だった。


「お前に一体、何の価値があるんだ。私の性欲の処理も出来ず、よく妻であると言えたものだ。お前は無能な女だ」

「こ、昆奈門さ…っ」

「そう、それ。馴れ馴れしいんだよ。気色が悪い」

「待って!どこへ行くんですか!?」

「女を抱いてくる。お前では駄目だ。感じない」

「待って!」


女は私に縋ってきた。泣きじゃくりながら。その行動にうんざりとする。泣きながら縋られたところで、私の心など動かない。むしろ、そうすることで私の心を動かそうとしていることが見て取れて、不快だし、気味が悪い。
女を再度突き飛ばす。こんな女と婚姻関係にあったなんて信じられない。苦痛でしかない。きっと、記憶を失くす前の私もそう思っていたことだろう。あぁ、本当に苛々する。
寝室のドアを開けて出ていこうすると、頭に鋭い痛みが走った。つ、と血が顔に垂れ、何が起こったのかと疑問に感じていると、頬を殴られた感覚に襲われた。思わず倒れ込むと、私を包帯で顔を隠した大男が見下ろしていた。ゾッとするほどの鋭い目をして。身体が震えた。殺される、そう思った。この男は誰だ。いつからこの家にいた。何故、私を襲った。
私が倒れたことで女は慌てて駆け寄ってきた。まるでこの大男のことが見えていないかのように話し掛けてくることに言いようのない奇妙さを覚えた。誰だ、こいつは。化け物か。


「愚かだね。せいぜい後々、後悔するがいい」


嘲笑われたところで意識が途絶えた。あれは誰だ。この女の守護霊とでもいうのか。私には霊感などないはずなのに、何故見える。そして、あの男を見ていると、何とも妙な気持ちになる。恨んでもいるような、哀れんでもいるような、何とも形容し難い気持ち。あんな男など私は知らないのに。
次に目が覚めたら病院だった。傷口が開いたらしい。次は絶対に包帯を外すなと念を押され、私は女と共に帰宅した。本当は一人で帰りたかったけど、女は頑なにそれを拒み、家に着いてきた。先程犯そうとしたというのに、なかなか肝の座った女のようだ。面白い、少しこの女に興味が湧いた。この私を本気で落とそうとでも思っているのか。今までにいないタイプの女だ。どのみち、離婚届を書かせなければいけないし、荷物もまとめて出て行ってもらわなければいけない。


「おい。お前にチャンスをやろう」

「…チャンス?」

「この私を落としてみろ。期限は五日くれてやる」

「五日…」

「そうだ。週末までに私を落とせたなら離婚はしなくても構わない。だが、落とせなかったらすぐに出て行ってもらう」

「…分かりました」

「ふ…確か、名はなまえといったな」

「はい」

「では、なまえ。残り五日だ。それを忘れるな」


一時の過ちから結婚したのだとしても、これも何かの縁だ。お前が私をどう対処しようとするのか、それまで見届けてやろう。そして、無理なようなら金輪際顔を見せるな。
こんな情けなど初めて女にかけた。だが、どうせ私を落とすことなど出来るはずがない。こんな幼い女に何が出来るというのだ。性欲の処理一つ出来ないような粗末な女の末路など目に見えている。性欲の処理が出来なくとも、苛立ちの処理くらいはさせてもらう。せいぜい私に虐め抜かれて、無様な顔で泣くがいい。さて、これから五日、楽しくなりそうだ。


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