雑渡さんと一緒! 162


「ねぇ、きぃちゃん…」

「んー?」

「最近、昆がちょっとまずいの…」

「えっ。何、また何かあったの?」

「うん…かっこよすぎて、まずい」

「はぁ?そんなつまらないことを、そんな重苦しいテンションで言わないでくれる?あーあ、心配して損したじゃない」

「だって、本当にかっこいいの!」


そう、昆はかっこいい。いや、それは元からだ。だけど、ここ最近の昆はその比ではないくらいにかっこいい。家でも目のやり場に困るくらいかっこいい。ましてや、裸を見るような行為をする時なんて鼻血どころか卒倒しそうなほどだ。
昆はジムに通い始めた。ただし、別に熱心に行っているわけではない。休みの日や早く仕事が終わった日にふらーっと出掛け、ふらーっと戻ってくる。身体を作ることが目的じゃないからと言って、別にプロテインを飲んだり、食事を制限しているわけではない。本当にいつも通りだ。にも関わらず、昆はとてもいい身体つきになってきていた。元からスタイルのいい人だったけど、拍車をかけている。もちろん、過去の昆から見れば大した筋肉なんてないことだろう。だけど、腕とかお腹とか足とか…もう、色気が凄い。本当に怖いくらいかっこいい。あまりにもかっこいいものだから、緊張してしまうくらいだ。ドキドキし過ぎて胸が痛み、思わず病院の定期検診で相談してしまったくらい。…笑われたけど。


「ただいま」

「おかえり」

「あー、暑かったー」

「毎日30度超えてるもんね。麦茶飲むでしょ?」

「うん。ありがとう」


はぁー、と溜め息を吐きながら昆はスーツを脱ぎ始めた。リビングはエアコンが効いていて涼しいけど、クローゼットのある寝室のエアコンはつけていないから暑い。つまり、最近はリビングで脱ぐことが多い。裸で暑い暑いと言う昆に私が部屋着を投げ付けることがここ最近のお約束となっている。
黒いシャツから見える首筋や腕が何とも色っぽい。ドキドキするから、無自覚なアピールをしてくるのはやめて欲しい。


「そういえば、来週引っ越すんだってね、佐茂たち」

「あぁ。遊びに行かないとね」

「あー。しかし、佐茂と北石が同棲ねぇ…」

「紹介してよかったでしょ?」

「どうだろう。北石のご飯、不味いしなぁ」

「不味くない」

「不味いよ。なまえの足元にも及ばない」

「またそんな大袈裟なことを言って」

「本当だって。あ、醤油取って」

「ん」

「ありがと」


何気ない会話をしながら夕飯を摂る。本当にいつも通りのことだけど、実は私がドキドキしているのを昆は気付いているのだろうか。フェロモンとか測れる機械があったら上限を振り切るだろうな…と馬鹿なことを考えながら夕飯を終えた。
食後に珈琲を持って行くと、昆は私の腰を抱いた。別に珍しいことではない。ないけど…どうしても昆を意識してしまう。


「…何でそんな緊張してるの?」

「ぴぇっ!し、してませんよ!」

「そう…」


不満そうに昆は珈琲を口にした。夏だろうが冬だろうが朝と食後の珈琲は熱いものと決まっている。よくエアコンの効いた部屋だからこそ出来ることだ。何だろう、このこだわり。
昆はコトっとテーブルに珈琲を置いたかと思えば、私の顎をぐいっと持ってきた。だけど、特別キスされるわけでもなく、怪訝そうな顔をしてまじまじと見つめられる。あぁ、相も変わらず綺麗な顔をした人だなぁと思いながら目を伏せると、綺麗な身体が目に入った。早く昆としたいなぁ…と無意識に思った後、はしたないことを考えてしまった自分が恥ずかしくなって思わず昆の手を払った。私、本当に無意識に昆に抱かれたいと思ってしまった。恥ずかしい。やだ、怖い。昆が放つ色気があり過ぎて最早怖い。頭がおかしくなりそう。
私が熱くなった顔を手で覆って心を落ち着かせていると、昆の手によって強引に顔を公開させられた。私は今、どんな顔をしているんだろう。見られたくなくて俯くと、肩を押されてソファに押し倒された。正面には昆の綺麗な顔、横を向くと筋肉の筋がほんのりと見える腕。どこを見てもドキドキする。どうしよう、したい。今すぐにでも昆としたい。めちゃくちゃになるまで抱いて欲し…わぁ、もう嫌!恥ずかしい!


「…あのさ、最近よそよそしくない?」

「そ、そうかなぁ…?」

「そうだよ。距離を感じる。今現在も」

「気のせいだよ」

「へぇ?じゃあ、私の顔を見なさい」

「い、今は無理…かなぁ…」

「どうして」

「お、お願い。許して下さい…」

「………」


今はもう、恥ずかしくて昆の顔が見られない。こんな何でもないタイミングで昆を求めているなんてバレたら、欲求不満だと思われそう。毎日してるのに。
いっそのこと目を閉じたらキスしてもらえるだろうかと考えたけど、目を閉じてずっと待つというのもなかなかに恥ずかしかった私は目線を昆から逸らすことしか出来なかった。こんな体制なのになかなかキスもしてもらえず、焦らされているようで切ない。身体が疼くのをこんなにもはっきりと感じているのに。意地悪だなぁと私が溜め息を吐くと、昆の指が唇をなぞった。ようやくキスしてもらえるのかと思い昆の顔を見ると、ギョッとした。今にも泣きそうな顔をしている。


「…他に好きな男でも出来た?」

「えっ」

「それとも、私のことが嫌いになった?」

「ち、違うよ?」

「じゃあ、なに…」


あまりにも昆が悲しそうな顔をしているから、いやらしい気持ちが吹き飛んだ。というか、何でそんなに昆は悲しんでいるのだろう。こんなにも毎日ドキドキさせられているのに。そして、それに昆が気付いていないとは考えにくいのに。


「何でそんなに悲しそうな顔をしているの?」

「だって、ここ数日ずっとなまえ、目も合わせてくれないじゃない。それどころか、私が触れるだけで緊張するし…」

「あぁ、まぁ…」

「お願いだから、私から離れていかないで…」


すりっと顔を首筋に擦り付けられ、昆に抱き締められた。何だろう、何か誤解が生じている。確かに私は昆のことをあまりよく見ないようにしていた。卒倒しそうなほどの色気に当てられたくなかったから。出会って二年と四ヶ月、結婚して四ヶ月。今さら昆にときめいているなんて知られるのが恥ずかしかった。それに、昆は私をよく見ている。ちょっと髪を切っただけでも気付くような人なのに、私がドキドキしていることに気付いていなかったということ?私はそんなに上手く誤魔化せていたのだろうか。
まぁ、何にしても昆はあまりよくない方向に誤解している。


「…絶対に顔を上げないでね?」

「なんで?」

「何ででも!」

「…分かったよ」

「私、最近、昆のことが、その…か、かっこいいなぁって思ってて。ドキドキしちゃうから直視しないようにしてたの…」

「………は?今さら?」

「だ、だって…身体を鍛え始めてから色気が…その…」


バッと昆は顔を上げた。上げないでって言ったのに。
絶対に私の顔は赤い。それどころか、私がいやらしいことを考えていることがバレてしまったのだとしたらどうしよう。顔に出ていたらどうしよう。あ、恥ずかしくて死にそう…


「…あ、本当だ」

「な、何…何が本当なの…」

「ふーん…」

「何が!?ねぇ、何が!?」

「色気ねぇ…ふーん?」


さっきまで、あんなにも悲しそうな顔をしていたのに、にたりと昆は笑った。どうしよう、バレた。色んなことがバレてしまった。うわ、もう恥ずか死ぬ!
見せつけるかのように昆は服を脱いだ。ほんのりとついた腹筋が何とも綺麗というか、色っぽいというか…あぁ、またそんな目で見てしまった。別に私は筋肉フェチなわけではない。だけど、どうしても昆を見るとドキドキしてしまう。それは私が昆を好きだからなのか、それとも自分が気付いていなかっただけで筋肉が好きだったからなのかは分からない。というか、分かりたくない。自分がそんないやらしい人間だったのだと知るのは非常に恥ずかしかった。だから見ないようにしていたのに。昆からひたすら目を逸らし続けていたのに。


「どうして欲しいのか言ってごらん?」

「ひ…っ」

「ほら、言ってみなさい」

「い、意地悪!」

「いや、もうここ数日ずーっと不安で不安で仕方なかったからさ。今日はちょーっとなまえを虐めたい気分なんだよね」

「せ、せめて電気…というか、シャワーを…」

「いいの?早く明るい所で見たくない?私の身体」

「ぴぇっ…ば、馬鹿!あぁ、もう本当、最悪…っ」


だからバレたくなかったのに。絶対に昆は面白がっている。その証拠にくすくすと可笑しそうに笑っている。
昆は立ち上がったかと思えば、私を抱き抱えた。お姫様抱っこをされるのは別に初めてじゃない。だけど、凄くドキドキする。このまま寝室に連れて行かれると分かるから。
寝室は異様なまでに暑かった。昆は私をベッドに降ろしてからエアコンをつけ、私の服を流れるように脱がせた。


「待って。シャワーに…」

「どうせ汗をかくんだ。後からでいい」

「よ、よくないよ!だって、私の身体を舐めるんでしょ!?」

「おや。舐めて欲しいの?」

「ぎゃあっ!今の忘れて!」

「く、くく…っ」

「あぁ、もう嫌…恥ずかしい…」

「いつまで経っても可愛いね、なまえは」


ちゅっと軽いキスを皮切りに、昆は私を抱いてくれた。心なしかいつもよりも激しくて、とても気持ちよかった。
私がなかなか絶頂から抜け出せないでいると昆は私の頭を優しく撫でてくれ、嬉しそうに笑った。よかった、と言って。そんなにも不安だったのだろうか。私はこんなにも昆のことが好きなのに。見た目も中身もとびきりかっこいい人だというのに、不安になるなんて不思議な話だ。そんな可愛いところも含めて私は昆が好き。とても愛しいと感じてしまう。
昆に「抱いて欲しいと言ったら引く?」と思い切って聞いてみた。すると「嬉々としてヤる」との返答を貰った。それはそれでどうなのかとも思うけど、これからは私からもエッチのお誘いをしてみようかなと思った。恥ずかしいけど、昆を不安がらせるよりはマシだ。ただ、やっぱりちょっと、昆を直視するのは危険かもしれない。目を細めて色っぽい顔で笑いながら私を眺めている姿に凄くキュンとしたから。昆と出会って二年と四ヶ月、結婚して四ヶ月。どうやら私はもっと昆のことを好きになってしまうことは避けられないようだ。


[*前] | [次#]
雑渡さんと一緒!一覧 | 3103へもどる
ALICE+