雑渡さんと一緒! 160
「ただいま」
「おかえりー。ご飯にする?それとも、わ・た…ってぇ!」
「…えっ、何で家に佐茂がいるの?」
リビングのドアに当たるほど強く蹴られた佐茂さんは脇腹を押さえて震えていた。どうしてこの人はすぐに人を蹴ろうとするんだろう。お父さんを蹴って反省していたんじゃないのだろうか。すぐに手というか足が出るのは辞めさせないと。
私が佐茂さんに駆け寄ろうとしたけど、昆の手によって止められた。そして、私をそれはそれは怖い顔で睨んできた。
「何で家に佐茂がいるのか聞いてるんだけど」
「えっと、来たから…?」
「あぁ…お前は相変わらず私の不在時を狙って男を簡単に家に入れるんだね。そう…私はとても残念で仕方がないよ」
「あ!違う!来ているのは佐茂さんだけじゃないの!」
「は?」
昆が物凄く怒ったのを察知した私は慌てて否定した。流石の私でも家に男の人を一人入れたりはしない。下手したら浮気を疑われる。というか、下手しなくても疑われる。
まさか…と佐茂さんを踏んで昆はリビングに入っていった。
「げぇ…北石までいる」
「あら、おかえりなさい」
「ウザい」
「ねぇ、なまえ!どこが優しいのよ!?」
「…ふ、普段は優しいよ?」
「それ、なまえにだけでしょうが!」
「それが何か?お前らなんかに優しさを与える意味がない」
「だからって俺を蹴った上に踏みつけるなよ!」
予想以上に騒がしくなった。怒るかなぁと思ったけど、やっぱり怒ったし、佐茂さんは事前に伝えてあると言っていたけど、この様子だと昆に今日のことは言ってはなさそう。
まぁ、もう今更だし、別にいいか…とお味噌汁を温めなおしながらご飯をよそうと、昆は私からしゃもじを取り上げた。
「まさか、こいつらになまえのご飯を振る舞う気!?」
「振る舞うというほどの物も作ってないよ。だって、二人が来たの今から30分前くらいだよ?しかも、連絡もなしに」
「お前ら…っ」
「いや、前もって言ったら気を使うかなぁなんて」
「そんなところに気配りが出来るなら、初めから来るな!」
「なまえちゃんのご飯、一度食べてみたかったんだよ」
「前に駄目だと言ったよね!?」
「そう。だから、黙って来た」
「はぁぁ!?」
「もういいから、早く食べよ?」
大声を出して怒る昆、蹴られたというのに平然としている佐茂さん、既に食卓に座っているきぃちゃん。不思議な構図だけど、まぁ、ご飯は既に出来ているから後は食べるだけだ。この状況で二人を追い出すのも変な話だし。
私がまぁまぁと嗜めると、昆は苦虫を噛み締めたような顔をした後、食卓の椅子を引いた。これは相当苛々している。
「わぁ、美味しそう」
「お口に合うか分かりませんが…」
「合う合う。いただきまーす」
「ほら、昆も」
「…いただきます」
本当に機嫌が悪そうに昆はお味噌汁を口にした。いつもより量が少なくて不満そう。おかずはどうにか数で増やすことが出来たけど、お味噌汁の出汁を取り直す時間がなかったので、必然的に量が減る。それが不満なのだろう。
きぃちゃんは私の作った夏野菜と鶏肉の南蛮漬けを美味しい美味しいと言って食べてくれた。夏はカラフルな野菜が多いから作っていても楽しい。つい何種類も用意したくなる。そして、保存が効くから重宝する…予定だけど、大体いつも昆が全部食べてしまう。本当に野菜をよく食べる人になった。
佐茂さんはおかずにまだ手を伸ばしていないから、もしかして真っ先に口にしたお味噌汁があまりにも不味かったのだろうかと思い、恐る恐る顔を見ると、驚いた顔をしていた。
「…なまえちゃん、どこかの料亭で下積みでもした?」
「はい?」
「えっ!これ、店出せるよ!出しなよ、俺、金出すよ!」
「余計なことを言うな」
「雑渡、なまえちゃんのご飯、金取れるぞ!」
「だろうね」
「出せよ、店!」
「嫌だ。なまえのご飯は私だけのものだ」
「狡いぞ!独り占めすんなよ!」
「自分の嫁の食事を独り占めして何が悪い」
昆は左手にご飯茶碗を持ち、お箸で鯖を崩し始めた。こんな食いしん坊みたいな食べ方をするようになってもう何ヶ月か経つけど、男の人だなぁって感じの食べ方で好き。行儀良くつまつまと食べられるよりもずっと嬉しい。
鯖の切り身がいつもよりも少ないことに不満そうな昆は溜め息を吐いた。鯖の味噌煮は昆の大好物だ。数が減ってしまったことが嫌だったのだろう。私は無言で差し出したけど、昆はそれを見て困ったように私に笑い掛けてくれ、首を横に振った。ようやく笑顔を見せてもらえた私は心底ホッとした。
昆は続けてきんぴらごぼうを口にした。口に入れた瞬間、ふっと笑ったところを見ると、気に入ってくれたようだ。私は心の中でガッツポーズした。ようやく味が決まりそうだ。きんぴらには白だしがいいみたい。後で忘れずにメモしよう。
「なまえ、お味噌汁って顆粒だし?」
「ううん。煮干し」
「煮干し…ってどうやって出汁取るの?」
「ふ…」
「あ!そういう雑渡さんは知ってるんですか!?」
「いいや。知らない」
「ほら!私と同じじゃないですか!」
「北石、なまえの真似をするのは不可能だ。なまえは私の好みに合うように少しずつ味を変えていってくれている。北石が一日二日でそう簡単にこの味が出せるわけではないから」
「…そうなの?」
「まぁ…でも、煮干しは簡単だよ?」
「そうよね。後はめんつゆとか?」
「あぁ。めんつゆって作るの難しいんだよねぇ…」
「め、めんつゆって作れるの…?」
「うん。鰹節の配合があんまり上手くいかなくて」
「あんた、何目指してんのよ!?」
「えっ、だって…その方が昆が喜んでくれるし…」
基本的に昆は和食が好きだ。つまり、出汁が好きなのだ。そして、あまり甘いものは好きではない。何故だか玉子焼きは甘い方が好きみたいだけど、後は塩気が効いたものの方がよく食べてくれる。それこそ、口では何を食べても美味しいと言ってくれる。多分、それは嘘じゃない。だけど、見ていたら分かる。美味しいと思ってくれてはいるけど、求めているものとは少し違うんだろうなぁ…と。分かるからこそ、私はちゃんと突き詰めたい。昆が美味しいと思ってくれるものを。
「…お前、すっげぇいい子捕まえたじゃん」
「ふっ。なにを今さら」
「私にここまで求めないでよね!?」
「ないない。太るだろ、毎日こんな美味い飯食ってたら」
「ぐ…っ」
「あー、気にしてんのか。中年太りは怖いからなぁ」
「煩いよ、本当!」
「あぁ、じゃあ今日はご飯のおかわりやめておく?」
「…いただきます」
「あ、なまえちゃん、俺も」
「佐茂は遠慮しなよ!」
家がこんなにも賑やかなのは初めてだ。昆は凄く子供っぽく騒いでいるし、佐茂さんときぃちゃんは笑っている。この日は凄く楽しくて、凄く幸せな夕食となった。それに、佐茂さんやきぃちゃんとこんな風に昆が過ごしていることがとても嬉しかった。昆が二人を受け入れている証拠だから。本当に嫌がっていたら、昆はこんな風には騒がない。本当に淡々と静かに夕食を摂るだろう。それこそ、記憶を失くした時にお父さんが来た時の夕飯のように。
二人が帰った後、またこうして夕飯を一緒に摂りたいと私が言うと、昆は絶対に嫌だと言った。だけど、私には分かる。本当は昆も楽しかったのだということが。本当に素直じゃない人。なのに二人は昆のことを分かってくれている。それが私は凄く嬉しくて、にこにこと笑った。すると、昆は私が本音を見透かしていることに気付いたのだろう。困ったような顔をした後で「たまになら考えてもいい」と言ったから。
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