雑渡さんと一緒! 165


中学生の時に初めて英語に触れて、日本から出るつもりもないのに何故英語なんて学ばなければいけないんだと思った。そして、本当に面白くない教え方をされていると感じた。日本人はこういう型にはめたような教え方が好きなのだろう。もっと語学というのは自由でもいいのではないだろうか。そんな反抗心から手にした厚い本を何冊か読むうちに英語なんて簡単な語学だと思うようになった。今から思えば私は本当に可愛げのない学生だった。素直に教師の言うことを聞いてさえいればいいものを、何をあんなに反抗していたんだか。
何にしても、お陰で英語を読む分には私は何ら問題ない。そして、話す分にもそう問題がない。日本人は英語に対する恐怖心から外国人と話すことを苦手と感じる奴が多いようだが、別に相手だって人間だ。臆することは何もない。


「と、いうわけで頑張って」

「いや、無理!」

「どうして。現役学生でしょ?」

「私の英語の点数を知った上で言ってるよね?無理だよ!」

「大丈夫。できるできる」

「無理!助けてよ!」

「ほら、次だよ。見ててあげるから」

「無理だって!怖いの!」


無理だと騒ぐなまえの背を押す。たかだか入国審査くらいで何をそんなに騒ぐことがあるんだか。パスポートを見せろと言われるだけじゃないか。おまけに、ハワイは日本人に慣れているから入国は難しくないと聞く。
さて、一人で入国くらいは出来るだろうと見ていると、なまえは必死に身振り手振り説明していた。日本語で。ここ、ハワイなんだけど。パニックになっているんだろうなぁと後ろから助け舟を出す。聞かれたのは滞在日数と滞在ホテル。ただそれだけ。何がそんなにも難しかったのだろうかと首を捻りながら英語で会話をしていると、なまえは尊敬の眼差しで私を見ていた。別に尊敬されるほどのことは聞かれていないし、答えていないんだけど。こんなの、中学英語だろうに。
入国を無事に済ませて、タクシーに乗る。行き先を告げ、やれやれと椅子にもたれ掛かるとなまえは感嘆の声をあげた。


「海外留学の経験がおありなんですか?」

「いいや?」

「なのに、そんなに話せるんですね?」

「なに、その話し方」

「いや、あまりにも尊敬して…」

「尊敬されるほどのことなんてしていない」

「わぁ、謙虚」

「さては、馬鹿にしているね?」

「してないよ!かっこいいと思っただけで」

「それならそうと普通に言いなさい」


日本人の女は英語が喋れる男に惹かれる風潮があるようだけど、なまえもそうなのだろうか。成田離婚という単語があるくらいだ。喋らなければがっかりするのだろう。ちょっと、そんなことくらいで感情が動くということ自体が理解出来ないからよく分からないけど、まぁ、女心というのはなかなかに複雑なものなのは今も昔も同じで。少なくとも私に好意的な反応をなまえから得ることが出来たのならば中学生の時に無駄に本を読んでおいてよかったと思った。
で。今日はどう過ごすかな、と窓から空を見上げる。残念なことに日本との時差が13時間もあるせいでハワイに着いたら夜だった。おまけに、地元からハワイまでの直行便はないから成田を経由しなければならず、移動だけで疲れている。それでも、このままホテルに行って寝るのもなぁ…と思っていると、なまえがじっと見つめてきた。熱の篭った目で。


「ふーん?」

「な、なに…っ」

「いや、別に?」

「ち、違…っ」

「ホテルに着いたらすぐに抱かれるのと、シャワーを浴びてからじっくりと抱かれるの、どっちがいいか考えておいて」

「違う!違うから!」

「へぇ?目は口ほどに物を言っていたけど?」


私が肩を抱くとなまえは黙った。これはいい。英語を話せるというのもなかなか得をする。こんなにもいい思いをすることが出来るのならば、仕事で最近多様するようになった中国語ももう少し学んでみてもいいかもしれない。
ホテルに着き、無言でバスルームを指さす。腕時計を現地時刻に合わせてからベッドに腰掛けてから携帯を開き、明日の予定を考えることにした。ツアーには一切申し込まず、完全フリーの状態でハワイに来たわけだが、私も実はハワイは初訪国だ。海くらいしか思いつかない。なまえは海が好きな子だけど、泳げないからスキューバダイビングどころかシュノーケリングすら難しいだろうか。というか、泳げないって何だろう。ちょっと、経験したことがないからよく分からない。思い起こせばプールでさえ溺れそうになっていたのだ、海になんて入れるのだろうか。まぁ、私が抱えればいいだけのことなのだろうけど、多少なりとも水に慣れさせた方がいいのではないだろうか。いや、でも泳げない方がこちらとしては美味しいんだよなぁ…
そんな邪なことを考えているとバスルームから悲鳴が聞こえた。驚いて扉を開けると、なまえがバスタブで溺れている。酒も飲んでいないというのに風呂場で溺れることなんてあるのだろうかと思わずまじまじとなまえを眺めていると、甲高い悲鳴をあげられた上に湯船から掬ったお湯を掛けられた。


「な、何で入ってくるのよ!?」

「いや、悲鳴が聞こえたから」

「だって、深くて…というか、出ていって!」

「ほーお?」


人にお湯を掛けておきながら、そんな生意気なことを言うとは、随分と強くなったものだ。あぁ、もういい。濡れたついでに私も入ってしまえ、と服を脱ぎ捨てる。
海外の風呂というのはどうして溢れることを前提に作られていないのだろうかと毎回思う。風呂なんてのんびりと入るものだろうに。まぁ、かくいう私も一人で入ると烏の行水なのだけど。それでも、なまえと過ごすようになってからは随分とゆっくりと湯船に浸かるようになった。特に泡風呂の日と柚子湯の日は。そういえば入浴剤も入っていない風呂になまえと入るのは初めてだな、とまじまじとなまえの身体を見る。透明な湯から見えるなまえの身体もいいけど、やっぱり濁り湯でほんのりと見える方が焦らされている感じがして興奮するものだな、とまじまじと眺めていると、またなまえに手で掬ったお湯を掛けられた。ぬるま湯とは言い難いお湯を二度も私に浴びせてこようとは、いい度胸ではないか。


「そ、そんなまじまじと見ないでよ!」

「へぇ?見なくてもいいんだ?もう一生?」

「えっ…」

「あぁ、じゃあもう二度となまえとは出来ないなぁ」

「ま、待ってよ。そこまでは言ってな…」

「ねぇ?」


本当は早く抱かれたいくせに、と首筋にキスをしてから背中にキスマークを残す。明日は多分、海に行くことになるのだろうから、多少見える所に残しておくのが吉だろう。プライベートビーチでもない海辺でなまえの肌を晒させるのだ、このくらいはやっておかないと。
そのまま首筋に二つほど痕を残すと、なまえはふるふると震えた。怒っているのかと思い顔を見ると、これから何をされるのか分かっているようで安堵する。何年経っても愛らしい反応をしてもらえて嬉しい。その顔が私をどれだけ煽っているのかまで分かっているのだとすれば恐ろしいことだが。


「さて。風呂場で雑に抱かれるのと、ベッドでじっくりと焦らされた上で抱かれるの、どっちがなまえはお好みかな?」

「に、二択なの…?」

「逆に聞くけど、三択目は何があるの?」

「…お風呂でたくさんキスしてから、ベッドに行くとか…?」

「ほぉ?」


つまり、私を焦らせると。これはまた、強く出たものだ。言っておくけど、私を焦らせるのならばベッドで加減など一切してはやれないよ。それとも、それがお好みかな?
私がそう言い終わる前になまえからキスしてきた。どうやら激しく抱かれることを望んでいるらしい。まったく、随分と俗的な女になってしまったものだ。しかし、それも悪くはない。それだけ私に抱かれ続け、私を欲している証拠だから。


「いやらしいなぁ、なまえは」

「…駄目?」

「いいや?可愛いよ」


そろっと指先で脚を撫でながらキスをする。指をそっと上昇させて腰から胸元を這わせ、ゆっくりと首筋を撫でるとなまえは震えた。分かりやすく焦らせてやるとよく反応してくれたのはいいが、これは自分にも思いの外忍耐が要求されることだった。身体が熱を帯びるのを感じる。
焦らすのも、焦らされるのも私はどうやら向いていないらしい。今すぐにでもなまえと一つになりたくて仕方がない。


「…ごめん、挿れたい」

「え…ぅあ…っ」


なまえを湯船から抱えて出し、事に及ぶ。愛撫らしい愛撫はしていないけど、十分に私を受け入れてくれた。
新婚旅行はまだ始まったばかりだが、明日は起きられそうもない。そのくらい夢中になってなまえを抱いた。愛しくて、小さな身体に自分のものだと印をつけ、壊れてしまいそうなほど激しく打ち付ける。まるで初めて身体を重ねた時のような高揚感があって、貪るように求めた。
私たちは婚姻関係にある。式こそ挙げていないが、永遠を誓い合った仲だ。だけど、まだ足りない。なまえの全てが欲しい。過去も今も未来も、全て自分だけのものにしたい。私以外は瞳に映さないで欲しい。ずっと私のことだけを考えていて欲しい。あぁ、焦ったい。なまえのことが好き過ぎて、頭がおかしくなりそうだ。ずっとこうしていたいくらいに。
ふと時計を見ると2時を過ぎていたし、なまえの意識も朦朧としていた。やりすぎた、となまえの頬を撫でると、無意識なのだろうけど手をそっと重ねてきてくれて安心する。
有給と合わせて私の夏休みは15日。ハワイを堪能した後は成田ではなく関空を経由して京都を観光する予定だ。さて、この夏休み期間にあと何回出来るのか。それに、どれだけ多くの思い出を作れるのだろうか。どんな旅行になるかは全くのノープランだ。それでも、恐らくは楽しい旅となることだろう。初日からこれだけいい思いをさせてもらえたのだから。


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