雑渡さんと一緒! 170


旅行は楽しいけど、家に帰ってからが大変だ。宅配便で家に送ってもらった荷物を開けて洗濯しては干し、洗濯しては干し…ちょっとうんざりとしてきた。それでもやっぱり我が家は落ち着く。旅行は家の良さを再確認するために行くようなものだと前に芸能人が言っていたけど、本当にその通りかもしれない。やっぱり地元の空気の方が落ち着くし、家の方がのんびりと出来るから。
ソファにぐでっと怠そうに座っている昆は私にいいから休めと言ってきたけど、私が動かないと誰が洗濯をするというのだ。それに、何日も家を空けていたから掃除もしたいし、空の冷蔵庫にまた食材をたっぷりと蓄えないといけないから買い物にもどうしても行かないといけない。是非とも車を出して頂きたいと私が言うと、昆は露骨に嫌そうな顔をした。


「明日でいいじゃない」

「じゃあ、今日の夕飯はピザでもとるの?」

「あぁ、もうそれでいいよ」

「明日の朝は何も食べないってこと?」

「米でも炊けばいいじゃない」

「お米も空だよ。うち、本当に何もないの」

「あ、そう…」

「どうする?行く?行かない?」

「…分かったよ、行くよ」


昆は怠そうに立ち上がってから窓の外を見た。ジリジリと日差しが厳しそうだけど、洗濯物はよく乾く。ただし、もう干すところがない。家中洗濯物だらけだ。
免税店で買った煙草を一箱手に取ってから昆はハワイで買ったサンダルを履いた。慌てて私もハワイで買ってもらった可愛いサンダルを履いて外に出る。出た瞬間にムワッと熱気を感じて、ハワイより暑くないはずなのに汗が滲んだ。


「行きたくないなぁ…」

「はいはい」

「あー、行きたくないなぁー」

「じゃあ、私もう今年の夏はご飯作らなくてもいい?」

「駄目。絶対に嫌」

「じゃあ、行こう」


ほら、と昆の背中を押してエレベーターに乗る。エントランスには車が一台停まっていて、中から尋常ではないサイズの食材を次々と降ろしていた。一体何人家族なんだろうかと思ったけど、テレビで見たことのあるロゴが目に入って納得した。大型倉庫で買った物のようだ。
こんな田舎にもつい最近、海外で有名な倉庫型スーパーが出来た。行きたいといつも思っていたけど、冷蔵庫と相談した結果、行っても大して買えないからと泣く泣く諦めていたわけだけど。今日なら行ってもいいのではないだろうか。というか、今日行かなくていつ行くのだろうか。この機会を逃したらもう二度と行けないのではないだろうか。うん。


「私、コストコに行きたい」

「はぁ!?」

「聞こえなかった?コストコに行きたい」

「いや、聞こえたよ。えっ、何で?」

「行ってみたいから」

「食材が欲しいって言わなかった?」

「食材を買いに行きたいの」

「どうせ味付き肉しか売ってないんでしょ?」

「そんなことないよ。知らないけど」

「いいよ。そのへんのスーパーで」

「ねぇ、行きたい。行きたい行きたい行きたい行きた…」

「あー、分かったよ。行けばいいんでしょ、行けば」


暑いから騒がないでと昆は溜め息を吐いたけど、どうやら無事に連れて行ってもらえるようだ。ぶちぶちと昆は文句を言っていたけど、私が「遠慮しなくてもいいんでしょ?」と言うと黙った。ただし、舌打ちはされたけど。
大きいと聞いていたけど、そもそも駐車場が大きい。そしてカートも大きい。天井も高い。あと、混んでいた。
ささっと会員になってから、入店する。入ってほんの数メートル歩いたところでピタリと昆が立ち止まった。何かあったのだろうかと顔を覗くと、キラキラとした顔をしていた。


「えっ、なにこのサイズ」

「アメリカサイズだよね」

「ねぇ、これ欲しい!」

「要らないよ。うちにあるから」

「欲しい。買おうよ。ねぇ、これ欲しい」

「要らないってば」

「要るよ。要る要る」

「あ!もう…」


ふかふかの枕を抱き締めた昆は私が要らないと言ったのに二つカートに入れてきた。そして、その隣にあるサーキュレーターの箱を私に何も言わずに入れてきた。こんな物どうするのかと聞けば、洗濯物が早く乾くから必要だと言われてしまい、そう言われたら黙るしかなくなる。
日用品も大きいけど薬局で買うよりもかなり安かった。カートがあっという間に物で埋まっていったけど、それでもまだまだ入る。大きいカートには理由があるようだ。
で、問題の食料品売り場だ。見たこともないようなサイズのお菓子、テレビで見たことがあった調味料、異様に安いけど大量に入ったお肉。どれもこれも魅力的で欲しい物がたくさんある。それでも何を作ろうか考えながら買い物がしたかった私をよそに、最早、カートに入れることが楽しくなってしまっている昆はドサドサと物を入れていた。子供のように楽しそうにはしゃいでいる。本当に目を輝かせていた。


「待って!こんなに買っても冷蔵庫に入らないよ」

「そう?」

「そうだよ!うちの冷凍庫のサイズを考えて」

「よし。冷凍庫を一つ買おうか。さっきあったよね」

「要らないから!」

「あ!あれ欲しい!ねぇ、あれ欲しい!」

「落ち着いて。分かったから落ち着いて」


こんな風にはしゃいでいる所は初めて見た。そして、ちょっと困る。だって、まだ買いたい物が私もたくさんある。それでも、家のキャパを超すわけにはいかない。
私が昆をどうどうと宥めつつも促されるがままにアイスとヨーグルトを買って帰宅する。帰りの車の中でも昆は楽しそうに笑っていたし、次に行った時には絶対にあれが欲しいこれが欲しいと言っていた。それはまるで少年のような顔つきで、本当に楽しそうにしていた。初めて見る昆の少年のようなキラキラとした顔つきに思わず笑みが溢れてしまう。


「楽しそうだったね」

「予想以上に楽しかった。また行こうね」

「それよりも、帰ってからの方が憂鬱…」

「どうして?」

「どれだけ下処理しないといけないと思ってるの」

「手伝ったらまた行ってもいい?」

「手伝ってくれるの?」

「玉ねぎの肉詰めとハンバーグとサーモンのマリネと鮭の西京焼きを作ってくれるなら手伝うよ。玉ねぎとか刻む」

「えっ。昆って料理できるの?」

「人並み程度には出来るよ」

「じゃあ、今日の夕食作ってよ」

「嫌だよ」

「どうして」

「なまえのご飯以上の物は絶対に作れないから」


というか、そもそも料理は「作れる程度」なんだから、と昆は言ったけど、包丁を握らせると慣れた手つきで野菜を刻むことが出来ていた。なのに、どうして自炊をしてこなかったのかと聞けば「作れる」と「作りたい」は別ものだと言う。
二人でキッチンに並んで下処理をしては冷凍を繰り返していく。一人でだと途方もない時間を要しただろうけど二人でやれば楽しくて、あっという間に終わってしまった。


「あー、疲れたー…」

「お疲れ様。手伝ってくれてありがとう」

「私こそ、いつもありがとう」

「今日は日本酒開けよ。なまえも飲むでしょ?」

「飲まないよ。多分、飲めない」

「飲んでごらん?義父さんが好きだから」

「今度、お父さんも連れて行ってあげようか」

「あ、いいね。絶対喜ぶよ」

「昆、楽しそうだったもんね」

「楽しかったもん。あんなに楽しいならもっと早く行けばよかったと後悔したくらいだよ。次はハンモックを買おうね」

「買わないよ」

「えー。秘密基地みたいで楽しいじゃん」

「あなた、幾つですか」

「男はね、幾つになっても少年なんだよ」


しれっと言ってのけた自称少年は煙草に火をつけた。昆は私よりもずっと年上だけど、今日は本当に少年のようだった。そのくらい楽しそうにコストコではしゃいでいた。
新たな一面を見ることが出来た私は昆が可愛くてよしよしと頭を撫でた。すると、急に少年から大人の男性の顔つきへと変化した昆は私の腕を掴んで抱き寄せ、キスしてきた。煙草のにおいと味がするキスはいつもと同じで、唇を離した昆はやっぱりいつもと同じ、色気のある大人の顔をしていた。


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