雑渡さんと一緒! 174


カレー、ラーメン、唐揚げ定食。一人もしくは部下の方々と外で食べる、もしくは社員食堂で。たまにコンビニ弁当。
私が知る限り、昆はだいたい決まったものばかり昼に食べているようだった。それでも、自分が食べたいと思うものを好きなように食べるというのは楽しみの一つだと思っていたから特には何も言わなかった。だけど、本当はお弁当を持たせたかった。それは別に節約のためではない。健康のためだ。週3でラーメンを食べたと聞いた時は流石にやめてと言ったくらい、私は昆の食生活をが心配だった。それでも、私がお弁当を作ると一日全ての食事が私の作ったものになってしまう。それは可哀想だから、と今までお弁当を作ってこなかった。だけど、コンビニにお弁当を買いに行く時間さえも惜しんで仕事をしたと言われてしまったら、迷惑だとしてもお弁当を押し付けたくなった。別に食べなくても構わない。人付き合いだってあるだろうし、その日の気分もあるだろう。実際、私だって学食で何を食べようか迷うことは楽しいのだ、押し付けがましいことはしたくなかった。なのに、忙しさが通常に戻ってもお弁当を作り続けて欲しいと言われた。


「嫌じゃないの?」

「逆に、何で嫌だと思わないといけないの?」

「いや、昼くらい好きなものを食べさせてあげたいなぁというか…だって、私のご飯を三食食べることになるんだよ?」

「むしろ、褒美だけど?」

「また大袈裟なことを言って…」

「本当だって。なまえのご飯より美味しいものなんてこの世にそうないから。佐茂なんて金を払うからたまになまえのご飯を食べたいとか馬鹿なことを言っていたくらいだよ」

「あぁ、いつでも作るよ」

「駄目。そんなこと、私が絶対に許さないから。私に内緒で佐茂に食事を提供しようものなら、浮気とみなすから」

「変な冗談ばかり言わないで」

「本気ですけど?」


ジロリと昆に睨まれ、本気で言っているのだと分かった。昆以外の人にご飯を作ったくらいで浮気になるのなら、それは浮気をせずに過ごす方が難しいのではないだろうか。というか、昆にとって浮気の概念って何なのだろうか。
毎日お弁当を用意するのなら、と休日にお弁当を入れる袋を見に来た。昆は大して興味がなさそうで、どれでもいいと言った。相変わらず自分の持ち物に対して興味のない人だ。


「もう。ちゃんと選んでよ」

「いいよ、どれでも」

「よくないよ。昆が持ち歩くんだよ?」

「大切なのは中身だから」

「そういう問題じゃない気がするけど…」


それより月曜のお弁当はあれを入れてね、これを入れてねと中身の話ばかりされた。そんなにもお弁当が好きな人だったのだろうか。確かにいつも、コンビニのお弁当を食べていたし、お弁当というものが好きなのかもしれない。
無難なものを購入して、スーパーに寄る。今日は何にしようかと話しながら買い物をするのは楽しいから好きだ。この間買ったお肉やお魚がまだたくさんあるから野菜を見ながらカートを押す。そろそろ今年の夏も終わりだね、とスイカを買って帰ろうとした時、レジの横にある花火が目に入った。そういえば、手持ち花火なんてもう何年もしていない。子供の頃に公園に行って花火をしたなぁ…と懐かしみながらレジに並んでいると、私が見ていることに気が付いたのか、昆が花火を一袋手に取った。まじまじと花火を見つめている。


「こういうのってさ、子供以外もやっていいの?」

「いいんじゃないかな」

「そうなの?ふーん…」

「久し振りにやりたくなるよね」

「そう?仕方がないなぁ」

「あ、買うの?」

「なまえがやりたいのなら仕方ない。付き合ってあげよう」

「…本当は昆がやりたいくせに」

「バレたか」


ポイっとカートに花火を入れた昆は悪戯っぽく笑った。
夕飯を早めに終わらせてから河原に向かう。バケツが家になかったからビールの缶を缶切りで開けて即席の火消しにすることにした。使える物は何でも使うのが忍者でしょ?と私が言うと、昆は「お見事」と言った。


「知ってるよ。線香花火は最後」

「うん」

「最初はどれをやるものなの?」

「好きなのでいいんじゃない?」

「そうなんだ」

「あれ、もしかして初めてなの?」

「初めてだとも」

「えぇ!?」

「あのね。家族も恋人もいなかった私が誰とやるの」

「あ、そう…」

「実は憧れてたんだよね、手持ち花火って」


付属の蝋燭にライターで火を灯してから楽しそうに昆は花火を選んでいた。これに決めたーとにこにこ笑いながら私に見せてきた昆はまるで子供のようだった。
赤、オレンジ、ピンク、緑…色んな色の花火はあっという間になくなってしまった。名残惜しそうに昆は線香花火を束ねていた暇を解いていった。そして、細い花火をじっと見つめながら首を傾げた。昆の言いたいことはだいたい分かる。


「火をつけるのはこっち」

「あ、そっちなんだ」

「でね。すぐに落ちちゃうの」

「ん?」

「やってみれば分かるよ」


一本、線香花火を手渡す。先端の丸が音を立て始めたかと思うと、大きな球になる前にポトリと落ちた。
線香花火は難しい。私も子供の頃は全然出来なくて、泣いた記憶がある。そんな時、お父さんが優しく後ろから支えてくれ、線香花火を花咲かせられた時にお母さんが手を叩いて褒めてくれたのは今となっては遠い昔のように感じる懐かしい記憶だ。懐かしいなぁ…と思っていると、私の線香花火が弾け出した。パチパチと音をたてながら花が咲き、そしてあっという間に散っていく様は儚げだけど、とても美しいと思う。


「嘘でしょ。どうやるの?」

「動かなければ落ちないよ」

「待って。私も最後までやりたい!」

「やれるよ、大丈夫」


昆の手をそっと支える。自分がお父さんにやってもらったように。昆は初めは驚いたような顔をしたけど、パチッと線香花火が音を立て始めると息を殺してじっと見つめていた。線香花火は儚いけど、鋭い花を咲かせる。昆は椿は美しさを魅せることに生涯を使う強い花だと言ったけど、そういう意味では線香花火も強いということになるのだろうか。美しさを魅せながら散っていき、こうして記憶に美しい花火だという記憶を確かに残すのだから。
線香花火を無事に終え、手を繋いで家へと帰る。夜風が気持ちのいい夜だった。夏も終わりを迎えようとしている。そして、秋が近付いてきているのを虫の鳴き声と共に感じる。日本には四季があるけど、どの季節も綺麗だ。春には花が芽吹き、夏には空に白い雲が映え、秋には木々が色付き、冬には全てを白で埋め尽くす。それを昆と共に見ることが出来る。今年こそは昆のために紅葉を取ろう。私はイチョウを拾って栞にしよう、と意気込んでいると、昆は嬉しそうに言った。


「なまえは本当に私に色んなことを教えてくれる」

「え?」

「花火の美しさ、儚さなんて私は知らなかった。弁当を誰かに用意してもらえる喜びや、広げる楽しさもそう。なまえと一緒にいると私は自分でも気付かなかった感情を知ることが出来る。本当になまえと出会えて、好きになってよかった」

「お、大袈裟だよ…」

「大袈裟なものか。いつもありがとう。愛しているよ」


優しく微笑まれて、泣きそうになった。昆だって、私に色んな感情を教えてくれる。誰かを愛しいと思う幸せも、守ってあげたいと思うおごりも、愛されたいという欲求も全て昆が教えてくれた。そして、新しい季節を二人で過ごして、たくさん思い出を作ろうという希望も。
夏がもうすぐ終わる。だけど、秋が来る。今年の秋は何をしようかと昆に言うと、絶対に紅葉狩りに行こうと言われた。それと、今年はさくらんぼ狩りに行けなかった代わりに栗拾いに行って、二人で栗ご飯を作ろうと提案された。
私たちは今年の秋はどんな風に過ごすのだろうか。どんな風に過ごそうとも、きっと私たちは幸せだ。二人でいれば、どんな日常だって特別になる。何気ない日常だって、昆と過ごすことが出来れば全て愛しくて特別になるのだから。


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