雑渡さんと一緒! 176
「あれは何?」
「北斗七星」
「違うよ。絶対に違う」
「昆は星にも詳しいの?」
「いいや?」
「じゃあ、北斗七星」
「だから、違うって」
昆は断言した。星座に詳しくないくせに、と私が睨むと、北斗七星は秋には見えないはずだと教えてくれた。
寝転んで二人で見上げた空には数えきれないくらいの星が光っていた。星座なんて私には分からない。正直、解説されても分からない。星を繋いで白鳥だと思った人の想像力は凄まじいものだと思う。白鳥座がどれだか分からないし、今見えるのかも知らないけど。ただ、家から見るよりもずっと多く見える空はとても美しかった。それでいいじゃない。うん。
「きっと、昔はもっと見えたんだよね」
「あぁ。そうだろうね」
「勿体なかったなぁ。見ておけばよかった」
「一度、二人で見たじゃない」
「えっ。嘘だぁ」
「なに、嘘って」
「私、覚えてないもん。違う人と間違えてるよ、それ」
「あのね。なまえ以外、誰と見るの」
「知らない女の人。モテたんでしょ?」
「いいや、全然」
「またそんな嘘を言って。私、知ってるんだから」
「何を?」
「昆はね、すっごくモテてたって」
「モテなかったって。あんな見た目の男に近寄って来れるような命知らずな女はなまえくらいのものだからね?」
そんなことないのに、と私が言ったけど、昆は溜め息を吐いて黙った。昆は多くの人に恐れられていた。だけど、それと同時に多くの人に慕われていた。忍びの里での人気たるや尋常ではなく、子供から退職した人にまで敬われていたし、好かれていた。そして、女の人から「羨ましい」と言われたこともあれば「ずっと好きだったのに狡い」と言われたこともあった。私はよそ者だったから初めは周りの目が厳しかったけど、次第に仲がいい人が出来て、より一層「多くの女の人から恨まれている」ことを知った。そのくらい昆はモテた。
そういう意味でいえば、今も昔も昆はモテるし、私は今も昔も恨まれていることだろう。きっとタソガレドキ社には昆に憧れている人がたくさんいる。なのに、急に隣に引っ越してきた、ただの女子大生と結婚したとなれば自分の方が前から好きだったとか、どんな手を使ったんだと思われていることだろう。今も会社で女の人から声を掛けられたりするのかな。するんだろうな、言わないだけで。なんか、嫌だなぁ…
「…浮気しないでね?」
「誰とするの」
「会社の人とか」
「しないよ」
「前にしようとしてたじゃん!」
「あ、その話まだ蒸し返すの?」
「だって、嫌だったの!あんな、肩なんか抱いて…っ」
「あー、はいはい。ごめんね」
面倒くさそうに、適当に謝られて頭に来た私は昆を小突く。記憶がなかったとはいえ、私があの時どれだけショックだったか。これはもう一生恨み言を行ってやるんだから。
文句をぐちぐち言っていると、昆は私に覆い被さってきた。
「私はなまえしか見えないよ」
「ふ、ふん…どうだか」
「本当だよ。なまえ以上にいい女なんていない」
「…本当、昆って見る目がないよね」
「そう?それはなまえも同じことが言える」
「昆以上に…あ、今のなし」
「なんで。最後まで言ってよ」
目を細めて笑った昆は私にキスしてきた。周りには誰もいないとはいえ、こんな野外でいかがなものだろうか。
なのに私がぎゅうっと昆を抱き締めたのは、昆を離したくなかったからだ。本当は昆のことを自慢したい。素敵な人でしょう、羨ましいでしょうと言いたい。だけど私は今も昔もそんなことは言えなかった。本当は私も遠巻きの一人になっていたかもしれないから。声を掛けることさえ出来ずに遠くから見るだけできっと私は満足だった。なのに、私は昆の優しい言葉に甘えて、ずっと昆を独り占めしたいと思っている。昆の全てを私一人のものにしたいと思っている。どんどん欲張りになっているし、どんどん醜くなっている。私なんかでは本来、昆とは釣り合わないのに。
「…好き。大好き」
「お。珍しいね」
「私、昆が好き。だから、どこにも行かないで」
「行かない、というよりは行けないよ」
「生まれ変わっても私を愛してくれる?」
「そんな当たり前のことを聞かないでもらいたい」
絶対に離してやらないから、と笑う昆は優しいキスをたくさんしてくれた。そっと指を絡め、何度もお互いに好きだと言い合い、この時間が永遠になればいいのにと思っていると、昆の背中越しに流れ星が見えたようか気がした。
「あっ、流れ星!」
「え。本当?」
「見えた…ような気がした」
「気のせいじゃない?今日は流星群でもないし」
「えー…見えた気がしたんだけどなぁ…」
二人で空を見上げたけど、流れ星は見えなかった。気のせいだったのかなぁ…と思い始めた頃、また星が一つ落ちた。今度は昆も見えたようで、昆は初めて見たと言った。
流れ星に願い事をしないと、と私が焦っていると昆は冷静に物理的に無理だと言った。確かにあの速さで落ちる星に三回も願いを唱えるのは至難の業かもしれない。そして、なかなか次の流れ星は見えなかった。じっと私が目を凝らして空を見つめていると、昆は不思議そうに首を傾げた。
「何をそんなに願いたいの?」
「昆とずっと一緒に過ごせますようにって」
「なんだ。そんなこと」
「大事なことだもん」
「それは願わなくとも叶うことだよ」
そろそろテントに戻ろう、と昆は立ち上がった。多分、少しだけ照れているんだろうなぁと思った。
今の昆は昔よりもずっと私に好きだと伝えてきてくれる。だけど、実は少しだけ恥ずかしがっているというのも知っている。こんなにも言っているのに未だに照れてくれている。それは本音を伝えてくれているから。本当に私を好きでいてくれているからだと分かる。
私には決して作った顔では笑い掛けてこない。決して嘘はつかない。いつも本当の、ありのままの姿でいてくれている。
「さて。車とテント、どっちがいい?」
「何が?」
「セックスする場所」
「は!?し、しないよ!?」
「するよ」
「しないって!」
「いいや、する。今すぐにでも抱きたい」
「こ、ここはキャンプ場だよ!?」
「知ってる」
「人に見られたらどうするの!?」
「どこかに行け、と思う」
「ば、馬鹿じゃないの!?」
「相変わらず、生意気なことを言う口だね」
昆は私を抱き上げた。そして、そのままテントへと入る。
さて、と覆い被さってきた昆は確かにありのままの欲求を私にぶつけてきた。長いキスをするうちに力が抜け、されるがままとなってしまう。くすくすと可笑しそうにも、嬉しそうにも笑う昆を見ることが出来るのはずっと私だけであって欲しい。あなたの一番はいつも私であって欲しい。そして、二番も三番も作らないで欲しい。ずっと昆の特別でいたい。
星に願いは掛けられなかった代わりに、私は縋るように昆の背中に腕を回し、まだ見ぬ未来を祈りながら目を閉じた。
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