雑渡さんと一緒! 188


お世話になる人のことを悪く言うのはどうかと自分でも思わなくもないんだけど、それでも言わせて欲しい。この部屋は汚すぎる。服の下からお菓子の空袋が出てきた時は虫が間違いなくこの部屋には出るのだと覚悟さえした。そして、シンクに積まれているお弁当のゴミたちは一体いつ片付けるつもりなのだろうか。あれかな、新しい生物を誕生させようとしているのかな。昆並みに酷い。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。あまりにもだらしなさ過ぎる。
思わずゴミを片付け、シンクを片付け、ベランダに積まれているゴミ袋を捨てに行き、床に積まれた服をハンガーに掛けていると呆れたようにお姉さんは私に笑い掛けてきた。


「いいよ、掃除なんてしなくて」

「だけど…」

「それよりさ、知りたくないの?私と雑渡の仲について」

「し…知りたいです…けど…」


昆が女性と仲睦まじくしていることは想像出来なかった。そのくらい昆は女の人が嫌いだった。気持ち悪いとか、醜いと平気で言ってのけるのだから、きっと彼女とも大した仲でもないのだろう。そんな気がしていた。
だけど、彼女が言い放ったのは想像を超えたものだった。


「雑渡とはね、一緒に遠出したり」

「…遠出って、旅行ってことですか?」

「まぁねぇ。それに、一緒にお風呂に入ったり」

「お、お風呂!?」

「一緒に寝泊まりした仲なんだけどね」

「寝泊まり!?えっ、寝泊まり!??」


それはつまり、付き合っていたということなのだろうか。一緒に旅行に行ったり、お風呂に入ったり、寝たりする仲は一般的には恋人関係だろう。
この人が昆の元彼女…と思い、じっと見つめる。見れば見るほど綺麗な人だ。それに、スタイルもいい。明るいし、お洒落だし。部屋は汚いけど、まぁ、そんなところも可愛いとか言っていたような気がする。昆なら基本的には何でも受け入れてくれるから。言われてみれば、髪色は明るいけど、長くて綺麗だった。昆は私に髪は長い方が好きだと言った。明るい色よりも暗めの、何なら地毛の方が好きとも言っていた。だから私は髪を伸ばしていたし、染めてもいなかった。別に昆の言いなりになっていたというわけではない。ただ、昆に可愛いと思われたかった。だけど、私がどんなに昆の好みに添ったとしても持って生まれた美しさのない私では彼女には到底敵わない。あ、やだ、どうしよう。急に落ち込んできた…


「あ。ショック受けちゃった?」

「それなりに…」

「なんでショックなの?」

「だって、夫に元彼女がいたなんて知らなかったし…」

「元彼女…あー、うんうん。私、元カノって解釈なのね」

「ち、違うんですか?」

「んー?今カノかもよー?」

「え」

「さぁ、どうする?」


にこっと笑いながら髪を摘まれた。美人な人って意地悪なことを言っても綺麗に見えるんだなぁ。いいなぁ。
私が目を伏せながら何と返答しようか悩んでいると、コロコロと鈴を転がすように笑われた。それも、本当に可笑しそうに。私は馬鹿にされているのだとはっきりと分かった。


「ごめんごめん。私ね、別に雑渡とは付き合ってないよ」

「どうだか」

「本当だって。そもそも、あいつは女嫌いじゃん」

「まぁ」

「なのに、あなたならよかった。うーん、不思議」

「…まぁ」

「あなたの魅力って何なんだろうね?」

「そんなの、私が知りたいです…」

「ふーん?雑渡には何て言われてたの?」

「こ、心が綺麗だと…っ」

「マジで?なにそれ、ウケる!」


あの雑渡が?と彼女は豪快に笑った。恥ずかしくて消えたくなってきた。こんなに笑わなくてもいいじゃない。
結局、この日は彼女の名前すら知ることもなく終わった。ベッドしかないから、とシングルサイズの小さなベッドでくっついて眠ったわけだけど、ふわふわの大きな胸が何とも羨ましくて仕方なかった。私の胸はこんなにもぺったりとしているのに。神様は意地悪だ。私は顔もスタイルも彼女には敵わない。どうせなら、もっと綺麗に生まれたかった。
次の日、学校が終わってから家に帰ってみた。当然、昆はいない。明日は土曜だけど、何をして過ごすんだろう…と思いながら、いつもの習慣で冷蔵庫を開ける。昆、多分また毎日コンビニのお弁当を食べて生活するつもりなんだろうなぁ。
溜め息を吐いていると、携帯が鳴った。相手はまだ名前も知らない、昆の元彼女(仮)さんからだった。


「…もしもし?」

「あ、なまえちゃん?私ね、これから出勤なの。今どこ?」

「家です」

「あぁ。まだ帰んない方がいいと思うよ?」

「…一応、まだ帰るつもりはないです」

「お利口さん。あのね、鍵は鞄に入れておいたからね」

「へ?だ、誰の鞄ですか?」

「なまえちゃんの鞄。じゃ、またねー」

「えっ」


ブツリと電話が切られた。鞄を漁るとポケットに確かに鍵が入っていた。いつの間に入れられたんだろうか。
本当は家に帰りたい。昆と話がしたい。だけど、今はきっとその時じゃない。その時がいつなのかは分からないけど、それでも、このまま離れているのも、無理矢理一緒に生活するのも違うと思った。それでは根本的な解決にはならない。
ベチンと頬を叩く。私は逆境に強い…と思う。これまでだって何度もピンチを乗り越えてきた。だから大丈夫。負けない。
決意表明の意も兼ねて、美容院に赴く。実習中だから派手な色には出来ないけど、初めて染めてみた。そして、伸ばしていた髪をバッサリと切る。肩につかない位まで切ると、軽くなったなぁと少し感動さえした。次に、雑貨屋さんでピアッサーを買って、自分で開けてみた。ピアスは奇数がいいと友達も言っていたし、ずっと前からもう一つ開けたかった。だけど、昆は嫌がった。きっとピアスホールを一つ増やしたことを知ったら怒るだろう。髪を短く切ったことを知ったらショックを受けるとまではいかないにしても、驚くと思う。だけど、これが私だ。あなたの妻はね、気が弱そうに見えるかもしれないけど、強いんだから。負けないんだから。
いつまでも泣いていたって駄目。特にあの人の場合は私がめそめそしていたら駄目だ。自分から一歩を踏み込むことが出来ない人だから。自分の悪いところは認めて、ちゃんと謝って解決したい。昆にトラウマがあるのなら、それを知った上で彼を受け入れたい。私を甘く見ないでもらいたい。あなたを支えるためなら私は何だって出来るんだから。どんなに冷たくされたってそう簡単に離れてなんてあげないから。
冷たい秋の風が短くなった髪を揺らし、首筋を撫でた。寒くて思わず身震いした。そう、私が震えているのは寒いからだ。決して怖いからではない。あなたに捨てられるかもしれないなんて今は思う必要がない。そんなことを考えたら怖くなって何も出来なくなるから。大丈夫、私は強いから。
何度も自分に言い聞かせたけど、震えは止まらなかった。


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