雑渡さんと一緒! 191
ぐちゃぐちゃだった思考が少しずつ纏まってくるのをはっきりと感じた。私はどうしてそこまで人に裏切られることを恐れているのか。私は結局、どうしたかったのか。
長年に渡り逃げ続けた代償はあまりにも大きい。それでも、失うわけにはいかない。だから、まず照星と向き合った。
「…や。悪いね、式前で忙しいだろうに」
「それは構わないが、どうした」
「うん…ちょっと、昔の話をしたくてね」
「昔の?」
「お前、佐武に養子に行く前、私に何を言うつもりだった」
私と照星が仲違いした本当の理由。それは佐武に養子に貰われることになったからだ。ずっと一緒だと幼少の頃から約束していたのに、あっさりと照星は貰われていき、私から簡単に離れていってしまった。そして、そんな話が出ていることを私は照星の口から一度たりとも聞くことはなかった。仲がいいと思っていたのに、それは私の思い違いだったのかと深く傷付いた。当時の私は寂しさのあまり、裏切られたと心を閉した。
だけど、照星は施設を離れる前に私に何かを言おうとしていた。私は頑なに照星を避け続けたから最後まで聞くことはなかったが。どうせ「羨ましいだろう」と馬鹿にするのだろうと思った。もしかしたら「お前とようやく離れられてせいせいする」と言うつもりだったのかもしれない。そう思うと、居た堪れなくて、逃げ続けた。仲を戻してからも、ずっと。
「今更、そんなことを知りたいのか」
「そうだね。本当に今更だ」
「もう済んだことだ。言う必要がない」
「そうだね…」
「そもそも、お前は私が結婚することに対して怒っていたのではないのか。まだあれから何日も経っていないだろうに」
「…うん。それでも、私はもう逃げるわけにはいかないんだ。このままでは私はあの子に顔向けて出来ないから…」
ちゃんとなまえと向き合いたい。そして、自分で自分を受け入れたい。付き合う時になまえは私に言った。自分を愛して欲しいと。それは私にとってとても難しいことだった。幼少の頃の傷を抱えたままでは到底不可能だったからだ。
本当は逃げたい。真実なんて知らない方がずっと楽だ。心を閉ざして人と関わる方がずっと楽だ。本当はそうやってずっと生きていきたい。だけど、なまえの前でだけは本当の自分でいたい。本当の自分を知ってもらいたいし、受け入れてもらいたい。人に望むのなら、自分でもちゃんと受け入れないと駄目だ。望むばかりでは何も手には入れられない。だから、向き合おうと決めた。例えどんなに傷付こうとも構わない。私は一人じゃないから。なまえがいてくれるから。
「雑渡。お前、なまえさんに出会って本当に変わったな」
「…本当は変わりたくなんてなかったんだけどね」
「嘘をつくな。ずっと誰かに認められたかったのだろう」
「…そう。お前にはバレていたか」
「バレるもなにも、お前は分かりやすい」
「うん…」
「なまえさんだって気付いていただろう」
「…っ、頼む、照星。私は自分と向き合わなければならない。私はなまえをこれ以上裏切り続けるわけにはいかないんだ」
私は照星に頭を下げた。本当に馬鹿げている。こんな何年も経ってからあの時のことを知りたいなんて。それも、つい先日にも照星と二度と関わりたくないとまで言っておきながら、自分のために教えて欲しいなんて都合がいいにも程がある。私は照星を無二の親友だと思っている。あの時、本当なら結婚を祝う言葉を述べるべきだった。そんなこと、分かっている。分かっているけど、どうしても言えなかった。真っ先に結婚することを聞きたかった。結婚するまでに思い悩むこともあったことだろう。それを照星の口から聞きたかった。相談されたかったし、愚痴や惚気を聞きたかった。私が望んでいた照星との関わり方はそういうものだった。実際、私はそうしてきた。それが信頼している友人との関わり方だと思っていたからだ。だけど、それを照星に一方的に押し付けることは間違っていたのだろう。よく人からズレていると言われるが、私が望んでいたことは世間一般からしたらズレていたのかもしれない。それでも、凄くショックだった。私が一方的に照星を慕っているようで悔しかったし、悲しかった。だから裏切られたと私から照星を切り捨てようとした。
「あの時、お前は私を避けていたな」
「そうだね…」
「佐武…あれは私が前世で世話になった人たちだ」
「前世…前世!?お前、前世の記憶があるの!?」
「あぁ。お前のことも覚えているよ」
ふ、と照星は笑った。私と照星は前世では深い関わりを持っていなかった。敵対することもあれば、味方となることもあったけど、少なくとも気さくに話はしたことがない。
待って。こいつの記憶はいつ戻ったのだろう。あぁ、ほら、やはり私は何も聞いていない。何も聞かされなかった。
「お前は子供の頃、よく昔のことを思い出しては泣いていたな。人をたくさん殺し、傷付け、裏切ってしまった、と」
「…そうだね」
「私はそれを馬鹿にしていたな」
「していたね」
「佐武昌義殿に会って私は断片的ではあるが色んなことを思い出した。だけど、雑渡にはなかなか言えなかった。お前の話を散々馬鹿にしていたのに、自分にも前世の記憶というものがあるのだと言いづらかった。施設を離れる前、それを言おうとしていた。これまで散々馬鹿にして悪かったな、と」
「あぁ、そう…」
「それと」
「それと?」
「離れて暮らそうとも、これからも私と親友でいて欲しいと言うつもりだった。私は雑渡を無二の友と思っていたから」
寂しそうに照星は笑った。本当に今更だ。もう離れていた何月は取り戻せない。私が勝手に裏切られたと心を閉ざし、勝手に離れた。何と愚かなことをしてしまったのだろう。
私は照星に傷付けられたと思っていた。だけど、私も照星を傷付けていた。何が無二の友だ。そう思っていたのなら何故私はあの時、照星のことを信じてやれなかった。何故「よかったね」と言ってやれなかった。どうして私は…
視界が滲んだ。泣くな、泣いたって何も解決しない。泣いたって許しを乞うことにはならない。こういう時はどうすべきなのかなんて、大人なんだからもう分かっているだろう。
「ごめ…っ」
「偉いな。ちゃんと謝れるようになったのか」
「…っ、煩い…」
「それと。お前に結婚の話が出来なかったのは、その…」
「…なに」
「恥ずかしかったからというか…」
「…は?」
「苦手なんだ、こういう話は…」
「えっ、なに照れてんの。気持ち悪い」
「お前な」
「ふ…悪い。冗談だ」
照星と笑い合ってから目を擦る。ねぇ、なまえ。なまえは喧嘩する度に話し合わないと何も解決しないと私に言うけど、本当にそうだね。話さないと分からないことなんてたくさんある。相手の想いを聞くのは怖いけど、逃げても仕方ないんだよね。特に大切だと思っている人なら余計に。
今さらあえて口にするのは照れくさいし、男同士で気持ちの悪いことだと思ったけど、それでもこの機会を逃したらきっともう二度と言えないと思った私は照星にまた頭を下げた。
「これからも、その…私と親友でいて欲しい」
「気持ち悪い」
「おい。お前、私がどれだけ勇気を振り絞って…っ」
「冗談だ、馬鹿。私もお前と今後もつるんでいたい」
「だったら初めから素直にそう言え」
「それはお互い様だろう」
「あぁ、はいはい。そうですね」
「雑渡」
「なに」
「お前、これからどうするつもりだ」
「これからとは?」
「会いに行くのか?先生に」
照星は急に真剣な顔をした。あの女が…先生がいなくなってからの私の荒れ様を知っているからか、照星は心配してくれているのだろう。出来ることなら私だって会いたくない。だけど、会ってどうしても伝えなければいけないことがある。それをしなければ私はきっと前には進めない。
大丈夫。私はもうあの時みたくおかしくなったりはしない。もう十分過ぎるほど泣いたし、後悔した。だから大丈夫。
照星に結婚式には必ずなまえと出席することを伝えてから私は家へと帰った。冷蔵庫からなまえが用意してくれていたご飯を温めて口にする。なまえは例え喧嘩しようとも私のために食事を必ず作ってくれた。本当は怒っているのだろうに、私を気遣ってくれていた。ありがとう。必ずなまえの想いに応えるから。だからもう少しだけ待っていて。
なまえと離れれば離れるほど分かってしまう。私の人生からなまえを切り離すことは不可能であると。愛しくて愛しくて堪らないくらい溺愛しているのだと恐ろしいほど思い知る。
先生に会ったって私は大丈夫。なまえがいるからきっと大丈夫だ。ゆっくりと息を吐いてから私は押都に電話を掛けた。
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