雑渡さんと一緒! 192
「あのっ!昆とはどの様なご関係なのでしょう?」
「んー?」
「教えて下さい!」
「あー。あ、美味しい。えっ、料理うまいね」
「聞いてますか!?」
「うんうん。聞いてるよ」
温め直した雑炊を食べながらお姉さんは携帯を弄っていた。私が真剣に話をしているというのに…と思っていると、お姉さんは私に携帯を渡してきた。というか、投げてきた。
渡された携帯を見ると、画面には昆や佐茂さん、それに知らない男の人と女の人たちが映っていた。スワイプしていくと、びっくりするくらいの枚数がある。どの写真も楽しそうだった。昆以外は。昆だけが本当に嫌そうな顔をしている。
「…で、どういう関係なんですか?」
「同期」
「同期?えっ、同期って何…」
「同期ってのはね、同じ時期に会社に入った人のことを言うんだよ。あー、詳しい説明はググってもらってもいい?」
「同期の意味は知ってます!じゃなくて、えっ、昆や佐茂さんと同期ってことはタソガレドキ社の人ってことですか?」
「元、ね」
ふーふーとレンゲで掬ったお米を冷ましながらお姉さんは何でもないようなテンションで言った。同期?お姉さんと昆が?ということは、このお姉さんは昆と年齢が近いということ?どう見ても20代半ばに見えるのに?えっ、本当に?
写真には男の人が3人と女の人が4人写っていた。お姉さんはそこには写っていない。昆の隣にはいつも女の人がいて、心底迷惑そうにしているものもあれば、抱き付かれているものもあった。知ってた。モテますものね、あなたは。知ってたけど、見たくはなかった。ちょっと嫌な気持ちになっていると、お姉さんは更に嫌な気分になるようなことを言った。
「そこに写ってる女の子、みーんな雑渡に手を出されて辞めちゃったんだよね。いやー、本当、あいつカスだよ、カス」
「き、聞きたくないです!」
「なんで?」
「し、知りたくないです、そんなこと!」
「前も思ったんだけどさぁ。なまえちゃんって何?」
「え?」
「雑渡の奥さんなんでしょ?雑渡はさ、年上なんだよ?彼女がいたって不思議じゃないし、女性経験があることなんて当たり前だよ。なのに、そんなことで狼狽えていていいの?」
「だ、だって…」
「そっか。なまえちゃんは自分に自信がないんだね」
「…いけませんか」
「別に?つまんない女だと思っただけ」
「………」
「それに、雑渡も見る目ないと思っただけ。あんなに遊び散らかしておいて最後に選んだのがなまえちゃんなんてね」
パチン、とお姉さんは手を合わせてからベランダの戸を開けた。カチッとライターの音が聞こえた後、甘い煙のにおいがした。やっぱり、昆のスーツから香るにおいと同じだ。
つまんない女。そうだと思う。私はつまらない女なことだろう。そんなこと、私自身が分かっている。顔もスタイルも頭もよくない。自信があるわけでもない。ネガティブだし、話が面白いわけでもない。自分に自信なんてない。
私のことはどんな風に言われても構わない。事実だし、別に否定もしない。だけど、昆のことは悪く言わないで欲しい。お姉さんは車の中でも昆のことを悪く言った。あの人は確かに駄目な人だ。たくさん女の人と遊んできたのだって知っているし、最低だと思う。だけど、それを他の人に言われると無性に腹が立つ。何よ、同期だからって昆のことを何もかも知っているの?昆と関係を持ったことがあるかもしれないけど、本当に昆のことをちゃんと理解しているの?あの人がどれだけ過去を後悔しながら生きているのか知っているの?
「…謝ってください」
「何に?」
「昆を悪く言ったことを謝って!」
「やだよ。本当のことじゃん」
「違う!あの人はあなたが思っているような人じゃない!」
「どう違うの?」
きっと昆が女の人とたくさん遊んだのは寂しさを埋めるためだ。誰かに愛されたかったからだ。なのに昆に声を掛けた人たちは昆のことを利用しようとした。前に私に手紙を送ってきた人のように、昆をちゃんと見ようともしていなかった。だから昆は誰も自分を愛してくれないと勘違いして、どんどん心を閉ざしていった。別にこんな話、聞いたことがあるわけではない。ただの想像だ。だけど、昆と関われば関わるほど、分かってしまった。昆は愛情に飢えていたのだと。ずっと寂しかったのだと痛いくらい伝わってきた。それに、いつも怯えていた。また一人になることが怖いと、私がいつかいなくなってしまうのではないかと、いつも不安そうだった。
あの人は駄目な人だ。本当に駄目な人だと思う。だけど、昆は昆なりに乗り越えようとしている。色んなことを悔やんでは反省して、ちゃんと前に進もうとしている。あの人は弱いけど、ちゃんと自分の悪いところを直していこうとすることの出来る強さを持つ人だ。それをお姉さんは分かっているのだろうか。昆のことを悪く言うのなら、せめて昆のことをちゃんと理解してからにして欲しい。理解していないのなら、知りもしないのなら、勝手なことを言わないで欲しい。
私が泣きながらそう怒鳴ると、お姉さんは私の顔をじろじろと見た。何度も角度を変えながら、本当にじっと見られる。
「成る程。ふーん…」
「な、何ですか」
「なまえちゃん、雑渡より大物になりそうだね」
「は、はい!?」
「知ってる?男ってね、自分を理解してくれる人を求めがちなんだよ。包容力というか、母性を感じる人というかさ」
「はぁ…はぁ??」
「ふーん…そっかぁ。つまんないなぁ」
お姉さんは立ち上がってお風呂に消えていった。またつまらないと言われてしまった…とムカムカしていると、お風呂場から歓喜の声が聞こえてきた。多分、お風呂場が綺麗になっているから驚いたのだろう。
この家で一番汚かったお風呂場の掃除は二時間もかかってしまった。初めて見た、家にキノコが生えている所なんて。換気扇に埃が詰まり過ぎて呼吸困難を起こしている所なんて。そして、もう二度と見たくない。というか、我が家は大丈夫だろうか。家のお風呂場が荒れていたらどうしよう。水回りの掃除くらいしてこればよかったかもしれない。汚れるのは一瞬なのに綺麗にするには時間がかかるから。そして、昆が掃除をするとは思えない。というか、絶対にしない。あ、どうしよう。心配になってきた。キノコはともかく、カビは生えているかもしれない。強力洗剤を買わないと駄目かなぁ…
「なまえちゃーん」
「はい?」
「ちょっと来てー」
「何ですか?」
「いいから早くー」
「はぁ…」
来いと言われたお風呂場に行くと、お姉さんは裸で入浴剤を見せてきた。どれがいいと思う?と笑いながら。
入浴剤よりもお姉さんの身体の方が気になる。何カップなんだろうと思うほどのサイズの胸、ほっそりとした腰、こんな言い方はどうかと思うけど、桃みたいな綺麗なお尻。私と同じ女の人なのだろうかと思うほど、綺麗な身体をしていた。思わず唖然としてしまい、まじまじと眺めてしまったほど。
「やっぱり、ハーブかな。レモングラスとか」
「はぁ…」
「決まり。じゃぁ、なまえちゃんも早く脱いで」
「はい!?な、何で…」
「お風呂に入るからに決まってるじゃん」
「へぇっ!?わ、私は後からでいいです!」
「大丈夫。女同士だから、一応」
「…一応?」
「はい、早く脱ぐ。お湯が冷めちゃうでしょ」
ペロッとお姉さんに服を脱がされて一緒に家よりも狭いお風呂に浸かる。狭いが故に私の貧相な身体はお姉さんの豊満な身体に包み込まれる形となった。何だろう、この状況。
「髪、切っちゃったんだね」
「…似合います?」
「雑渡は多分、長い方が好きだよ」
「知ってます」
「あぁ、喧嘩の腹いせに切ったの?」
「いいえ。どんな私の姿も好きになって欲しくて…」
「ふーん?」
実のところ、衝動的な行動だった。喝を入れるために切ったといっても過言ではない。だけど、どんな姿の私も愛して欲しいというのは事実だ。きっと私はお姉さんのような綺麗な女性にはなれない。きっとごくごく普通のおばさんに、おばあさんになると思う。だけど、歳を取ってもちゃんと愛してもらわないと困る。私は死ぬまで昆と一緒にいる気だから。
私には夢がある。その夢は昆がいなければ叶えられない。その夢に向かって私の人生は走り始めているのだ。今更止まれないし、止まりたくもない。そう昆に伝えたい。だけど、きっと聞き入れてもらえない。だから家にはまだ帰れない。だけど、じゃあいつ帰ればいいんだろう。そのタイミングっていつなんだろう。待っているだけでは駄目だということは分かるけど、どう動くべきなのか分からない。しつこいくらい昆の前に現れるべきなのかな。いや、駄目だろうなぁ。多分だけど、あの人逃げちゃうから。すぐ目を逸らすから。
「なまえちゃんってさぁ、綺麗だね」
「へぇっ!?だって、ちんちくりんだって…」
「あぁ、うん。普段はね」
「あ、否定はしてもらえないんですね…」
「だって、ちんちくりんだもん。馬鹿だし。だけどね、雑渡の話をしている時のなまえちゃん、凄く綺麗な顔をしているんだよね。つまんないなぁ、雑渡が女を見る目がない方が面白かったのに。あいつ、しっかりいい子を選んだんだね」
「は、はぁ…」
「身体は貧相だけどねぇ」
「ぎゃあっ!ど、どこ触ってるんですか!?」
「え?こんなの、ただの女の子同士のスキンシップじゃん」
ペタリと胸を触られ、ゾワッとした。女の子とこんなスキンシップをしたことなんて少なくとも私にはない。
お姉さんはにっこりと笑いながら、私に耳打ちしてきた。
「雑渡が浮気だって騒ぐようなこと、しちゃう?」
「ひ、ひぇっ…」
「あは。冗談だよ。なまえちゃん、真っ赤ー」
ぎゅうっとお姉さんに抱き締められ、私は益々ドキドキした。まるで男の人に抱き締められているような感覚に襲われる。失礼な話だ、こんな綺麗な人を捕まえて。
お姉さんはそうだ、と大きな声を出して手を合わせた。何だろうと思っていると、明日は仕事が休みだから一緒に買い物に行こうと言う。女の子の気分転換といえば、ショッピングだよとお姉さんは笑った。だけど私は残念ながら、そんな気分ではない。そう言ったにも関わらず、お姉さんの中では買い物に行くことは確定事項のようだ。この傍若無人さが懐かしいなぁと思ってしまった。まるで昆みたい。お姉さんも、もしかしたら昆のように子供っぽい人なのかもしれない。
私は結局、お姉さんのことは何も知らない。だけど、いい人だということは何となく分かった。だって、どことなく昆に似ているから。昆に似ているのなら、きっといい人。多分、昆に言ったら馬鹿だとか安易だとか言われることだろう。だけど、私はこの人のことが嫌いではなかった。酷いことは言われるけど、悪意を感じない。どちらかといえば、愛情を感じられる。そんな不思議な人だった。
実はこのお姉さんは後に私の生涯の友達となることになる。あの時あんなことがあったね、こんなことがあったねと二人で笑いながら話をしては昆が嫌そうな顔で溜め息を吐くことになるほど、私とは深くて長い付き合いになるのだけど、それはまぁ、今は関係のない、どうでもいい話だ。
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