雑渡さんと一緒! 194
「あ、あれ可愛い」
「はい、出た。雑渡の好きそうな服」
「わ、私も好きですけど…」
「清楚系って男受けいいもんね」
「べ、別にそんなこと狙ってません!」
「ほーん?」
私がいつものように白い服を手に取ると、お姉さんはつまらなそうに言った。服の好みなんて人それぞれだ。それに、お姉さんのようなセクシーな服は私には似合わない。
だけど、確かに言われてみれば私が身に付けている服はいつも似たようなものばかりだ。そして、だいたい白い。家のクローゼットは白と黒で埋め尽くされているくらいだ。逆に言えば、昆はそのくらい黒ばかり着ている。最近は淡い色の服も着るようにはなったけど、それでも黒の方がずっと多い。
「私はね、これが似合うと思うよ」
「わぁ、大人っぽい服…」
「そう?着てみなよ、絶対に可愛いから」
お姉さんが指差したのはマネキンも着ていた、黒いワンピースだった。確かに可愛い。だけど、どう見ても大人っぽい。セクシーな大人の女性なら綺麗に着こなせることだろう。だけど、少なくとも私が着たら残念な感じになる。そもそも、丈が長い。マネキンが着ていると膝丈なのに、私が着ると膝下になってしまう。全体的に野暮ったいような雰囲気になっている気がした。切ない。どうして私は150cmしかないのだろう。あと10cmあったら着こなせたかもしれないのに…としゅんとしていると、勝手にカーテンが開けられた。
「ぎゃあっ!き、着替えてたらどうするんですか!?」
「ごめーんて言って閉める」
「それ、最早事故じゃないですか!」
「あはは。ま、いいじゃん。着替え終わってんだから」
「よくないです!」
「うーん。んー…んんー…あー…」
私を見て、お姉さんは首を捻った。いいですよ、もう。似合わないって言ってもらった方が気が楽ですよ、もう。
私がカーテンを閉めようとすると、お姉さんは可愛いパンプスを持ってきてくれた。それも、ヒールのそこそこ高い。私が普段履くパンプスのヒールは3cmがいいところだ。銀座で前に昆に買ってもらった10cmのパンプスをたまに履くけど、ふるふると震えてしまう。それこそ、生まれたての子鹿のよう…いや、もしかしたらそれ以上に。だからお姉さんが持ってきてくれたパンプスを履いて歩くことなんて絶対に無理だ。
「これ、履いてみ?」
「無理ですよ、子鹿以上に震えちゃいますから」
「ちょっと、何を言ってるのかよく分からない」
「もう…いいです、お見せしますから」
どうせ笑われるのなら、もう思い切り笑って欲しかった。その方が下手に気を使われるよりも救われる。
そろりと黒いパンプスに足を入れると、不思議と震えなかった。というよりも、歩きやすい。そして、さっきまで不恰好に見えたワンピース姿が心なしかよく見える。脚がヒールのお陰で長くなったからだろうか。鏡に映っているのは私が知らない、どこか大人びた自分だった。自分ではないみたい。
「ほら、似合うじゃーん」
「…似合ってます?」
「似合う似合う。それ、買いなよ」
「買ってもいいのかな…」
「うん?」
「ほら、今、昆と喧嘩してるし…」
「はぁ!?つまんないこと言わないで。はい、買うから脱ぐ」
ぐいっと試着室に押し込まれてカーテンを閉められた。本当に傍若無人な人だ。こういう所まで昆と似ている。
次にアクセサリーを見に連れて行かれた。アクセサリーなら家に昆が買ってくれた物がある。それも、高級な物。だから私には必要がない…と言う前に、お姉さんは私にピンクゴールドのネックレスを渡してきた。見るからにメッキと分かるネックレスは私が持っている物とは比べものにはならないくらい安っぽく見えたけど、とても可愛いデザインだった。
「ね、これ可愛くない?」
「可愛いです」
「これさ、お揃いで買おうよ」
「え?」
「ほら、さっきの服にも絶対に似合うし」
にこっと笑うお姉さんは子供みたいにキラキラとした顔をしていた。まるでコストコに行った時の昆みたい。
一緒にいればいるほど私はお姉さんのことが好きになっていった。この、どこか昆を思わせるような振る舞い、無邪気に笑う顔、明るいトーンの声。お姉さんはどこを取ってみても魅力的な人だった。だから、きっと私はこのお姉さんには敵わない。昆がお姉さんのことを好きだと言うのなら、納得さえしてしまう。それに、もしこのお姉さんが男の人だったら私はもしかしたら好きになっていたかもしれない。こんなこと、昆にバレたら拗ねられるんだろうけど。
ピアスや髪留めを買って、また服を見て。カフェでケーキを食べてからコンビニに寄り、お姉さんの家に帰ってきた。
「あぁ、疲れたー。いや、そして、買ったー」
「お姉さん、私よりも買ってましたね」
「ふふん。この前、雑渡に金を使って貰ったからね」
「…はい?」
「あ。私ね、キャバ嬢なんだけどね」
「え」
「この前、雑渡が佐茂と来てさぁ。いやぁ、売り上げ爆上げしていってくれたんだよねぇ。ドンペリ3本も入れてさぁ」
「え…えぇっ!えっ、え!」
「200万も使ってくれたんだよねぇ」
「に…っ!?」
思わず絶句した。200万ってなに。えっ、本当に?嘘だ、嘘だと言って。お願い、嘘だと言ってよ。
縋るようにお姉さんを見ると、ベランダに脚を下ろして煙草を吸っていたお姉さんは私を手招きした。それも、意地の悪そうな顔をして。警戒しながらも近付くと、お姉さんはふぅっと煙を私に向けて吐いてきた。煙草から香るにおいは甘いのに、煙は煙草くさくて、思わず咳き込んで泣いてしまう。
「ま、宿代ってことで。許して」
「げほっ…あ、あの…っ」
「うーん?」
「お姉さんは昆とどのような関係なんですか?」
「それ、昨日言ったじゃん」
「元同期なんですよね?で、今はお客さんとホステス?」
「そうそう」
「…本当にそれだけなんですか?」
「うん。他に何があるの?」
「か、身体のご関係とか…っ、あるのでは…」
「私と雑渡が?」
「そ、そうです…」
お姉さんは昆が女性の同期全員に手を出して辞めさせたと言っていた。そして、このお姉さんもタソガレドキ社を辞めている。ということは、つまり一度は身体の関係があったということなのだろう。私と出会う前のことだし、一度だけならいい。いや、嫌だけど、まぁ、もういい。だけど、今も身体の関係があるのなら、それは嫌だ。昆はキャバクラが好きではないのだと、接待でしか行かないのだと思っていた。いつか連れて行ってくれると約束したけど、その約束は未だに果たされていない。それはもしかして、お姉さんに会わせなくなかったからなのではないだろうか。本当はお姉さんのことが好きだからなのではないのだろうか。だとしたら、私はどうしたらいいのだろうか。
またネガティブな思考がじわじわと私を侵食させていく。
「はい、出た。不細工」
「ぶ、不細工…」
「なまえちゃんのそのネガティブさ、私、嫌い」
「だ、だけど…」
「そんなに知りたいのなら、雑渡に聞けば?」
「聞いたって、どうせ教えてもらえないもん…」
「ねぇ、なまえちゃん。雑渡が可哀想」
「…昆がですか?」
「あいつ、なまえちゃんのこと溺愛してるよ、マジで」
「そ…うだと思いたいですけど…」
「なまえちゃんならどう思う?雑渡に浮気を疑われたら」
「…嫌です」
「どうして?」
「私が昆のことが好きって伝わってないのかなぁって…」
「そう、それ。雑渡が好きなのは誰なの?」
「だ、だけど…っ、私のこと、もう愛していないって…っ」
家を追い出される前に言われたことを思い出したら涙がぶわっと出てきて、私はお姉さんの前で泣いた。そして、どうして今、昆とこんな風になっているのかを全て話した。お姉さんは最初はうんうんと聞いていたけど、途中から黙った。
そして、大声で叫んだ。ベランダも開いているというのに。
「あの野郎!ぶち殺してやろうか!」
「ひぇ…っ」
「ただ単に喧嘩しただけかと思ってみれば…クソが!」
「えっ、えっ…」
「女を何だと思ってんのよ、あいつ!ぶん殴りてぇ!」
「お、お姉さん…キャラ、違いません…?」
「なまえちゃん!」
「は、はい!」
「あいつ、懲らしめてやろう!」
「えっ、こ、懲らしめるって…」
「まぁ、聞きなさい。いい考えがあるから」
お姉さんはとんでもないことを言った。私はそんなことはしたくないとお姉さんに言った。それは昆の愛情を試すようなことだったから。それに、昆が乗ってこない可能性だって今の状況なら十分考えられる。だけど、お姉さんは「絶対にやるべき」だとも「絶対に乗ってくる」とも言った。
お姉さんと明け方まで作戦を練り、翌日、私は実家へと向かった。こんなことをしていいのだろうかとも、もし迎えに来てくれなかったらどうしようかとも思ったけど、その迷いは今は置いておくことにする。駄目ならその時に考えればいいだけのことだ。私は度胸のある、強い女だもの。
よし、と覚悟を決めてから、私は実家のドアを開けた。
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