雑渡さんと一緒! 197


手を繋いでポートタワーを降りる。間に合ってよかった。無事に辿り着けてよかった。なまえが私の側にこれからもいてくれると言ってくれて本当によかった。
だが、なまえにはまだ聞きたいことがある。家を出てからどこで生活しているかということだ。それに、なまえのこの姿は何だろう。少なくとも、私の知っているなまえの好みとは大きく異なる。誰かの口添えがあったのであろうことは想像に固くない。加えて、私をポートタワーまで導いたのもなまえではなく、第三者が関与している可能性が高い。あまりにも手が込んでいるし、私のなまえは人の心を試すような子ではない。なまえに余計な入れ知恵をしたのは誰なのかをなまえに問いただす必要があった。相手よっては制裁が必要だ。


「なまえ。今、どこで寝泊まりしているの?」

「お姉さんの家」

「お姉さん?」

「うん。知らないお姉さん」

「…知らない?」

「えっと、家を出た日に会った人?」

「お前…っ、危険だとは思わないの!?」

「あ、大丈夫!昆も知っている人だし」

「…私も知っている?誰?」

「昆の同期の女の人」

「…ん?私の同期?それも、女の?」


私の同期の女は四人いる。四人とも手を出した結果、全員退職している。その後のことは知らない。知らないが、なまえに近寄った?わざわざ?そして、私のことを恨んでいるかは知らないが、なまえを私の妻だと知った上でわざわざ面倒を見ようとするだろうか。だとすれば理解出来ない。普通、一夜限りとはいえ関係のあった男の妻と関わらないと思うが。


「それ、本当に私の同期?」

「うん。旅行に行ったり、一緒にお風呂に入った仲の人」

「…は?」

「よく一緒に飲む人で…えっ、ねぇ、今はもう身体の関係なんてないんだよね?仲のいい元同期ってだけなんだよね…?」

「そ、そいつの名前は?」

「知らない。キャバクラで働いてるってことしか知らない」

「あの野郎…っ」


思い当たる人物が一人いた。確かに私の元同期で、一緒に遠出をしたことがあり、まだ新人だったから二人で一部屋しか与えられず、風呂も大浴場しかなかったから二人で入りに行った。で、今はキャバクラで働いているし、何ならつい先日は店で200万使った。それでも、人懐っこいフリをした奴ではあるが、知りもしない女を連れて帰るだろうか。あいつ、そんなに面倒見がよかったのか?あぁ、何にしても殴りに行かないといけない。よくも私の妻に手を出してくれたな。


「…案内して」

「え?」

「ヨルの所に案内して!」

「あ、ヨルっていうの?」

「お前ね、名前も素性も知らない奴の所によくいられたね!普通に危ないから!というか、何か変なことされてない!?」

「へ、変なことなんて…」


そうは言ったが、なまえは黙った。頬に手を当てて。つまり、何かあったということか。あぁ、そう。そうですか。
なまえの腕を引いてタクシーに乗り、コインパーキングで車に乗り換えてからヨルの家へと案内させた。ヨルはどうせ今の時間は仕事だろう。都合がいい、迎え撃ってやる。この私の妻に手を出したこと、心の底から後悔させてやる。
ヨルの言えば小さなアパートで、所狭しと荷物が置かれていた。しかし、なまえが言うにはこれでかなり綺麗になった方だと言う。これで。信じられない、どんな生活してるんだ。


「ないの?包丁とか」

「料理しないって言ってた。ハサミしかない」

「ちっ…仕方ない」

「えっ、何する気なの!?」

「あの馬鹿を刺してやろうと思ったんだけど、ハサミじゃ無理だね。ふむ…切れ味は悪そうだけど、これでやるしかない」

「や、やめてよ!やめて、お姉さんは私の友達なの!」

「友達?あれが?駄目、許さない」

「何でよ!私の交友関係にまで口を出さないで!」

「あのね!あいつは…っ」

「ねぇ。人の家で痴話喧嘩とかマジで迷惑なんだけど」

「あ、おかえりなさい。今日は早いですね」

「暇でさぁ。帰ってきちゃった」

「ヨル!貴様、よくも私の妻に手を出してくれたな!」


首を掴み、ハサミを振りかざすとなまえは大声をあげて私の腕を掴んだ。止められても許せない。こいつはなまえが私の妻だと分かった上で近付き、なまえが自分の家にいるのに私に何も告げず、おまけになまえに手を出した。どこまでだ、どこまで手を出した!?本当、いい度胸だ、絶対に許さない。
私が怒りで身体を震わせていると、ヨルはにまっと笑った。


「ウケる。あの程度のことでキレてんの?」

「なまえに何をした!?」

「なーんにも?ねぇ、なまえちゃん?」

「え、あ、はい…」

「嘘を吐くな!なまえが嘘を吐いているかなどすぐ分かる」

「ふふふ。嘘が下手そうだもんねぇ」

「も、申し訳なく思っております…」

「いいんじゃん?なまえちゃんらしくて。私、好きだよ」

「私もヨルさんのこと、好き」

「本当?嬉しいなぁ。ねぇ、ヨルでいいよ」

「私を置いて話を進めないでくれる!?」


ヨルの髪を掴み、切り落としてやろうとハサミをいれたが、予想通り切れ味が悪くて微塵も切れない。こんな使い物にならないキッチンバサミなんてご丁寧に置いておくな。
私が髪にハサミをいれると、なまえは悲鳴をあげながら私を突き飛ばしてきた。今日はよくなまえに突き飛ばされる。


「最低!女の人に何てことするのよ!?」

「本当、雑渡って最低だよね。カスだよ、クズだよ」

「はぁ!?」

「お前さぁ、なまえちゃんのこと妻だ妻だって言うけど、その妻を愛していないとか言った上で身体の関係を求めてみたり、気に入らないからって手をあげて?更に夜に追い出すとか…最低としか言いようがないんだよ。女を何だと思ってんの?女ってのはね、弱いんだよ。繊細なんだよ。男が守ってやらないといけねぇんだよ。そんなことも分かんねぇのか」

「そんなこと、分かってる!」

「分かった上でやったのかよ!てめぇ本当に最低だな!」

「煩い!お前には関係ないだろう、夜一!」

「待って…えっ、待って。ヨル、そんな男の人みたいな声で…というか、夜一って誰…えっ、もしかして、ヨルって…」

「こいつは男だ!女なんかじゃない!」

「あら。もう戸籍上は女なのよ?付いてなかったでしょ?」

「ぎ…ぎゃあっ!一緒にお風呂入っちゃった!」

「ふ…ろ…だとぉ…っ」

「女同士だもん。いいじゃんねぇ?」

「そ、そうですよね…」

「いい訳あるか!そもそも、私はお前を女だなんて…」


思ったことは一度たりともない、と怒鳴りたかったが、咳き込んでそれが出来なかった。喉が痛い。頭が痛い。おまけに寒い。身体に力が入らない。物凄く怠くて死にそうだ。床に座り込むと、眩暈がした。酒も飲んでいないのに、視界が揺れる。まずい、ヨルの家で倒れるわけにはいかない。
懸命に立ちあがろうと力を振り絞るが、立てない。よりにもよって、こんな時に…と顔を覆うと、ヨルが高笑いした。


「ぷっ。風邪ひいちゃったね。ざまぁみろ」

「えっ!あ、そうか。汗が冷えて…だから着替えに一度帰ろうって言ったのに!もう…ひぇっ、あ、熱い!早く病院に…っ」

「嫌だ!行きたくない!」

「子供みたいなこと言わないの!どうしよ、タクシー…」

「あ。私、運転してあげよっか?」

「えっ。でも、お酒…」

「ノンアルしか飲んでないよ。どのみち、なまえちゃんだと雑渡を抱えて歩けないでしょ。はい、決まり。行こ行こ」

「触るな…っ」

「うっぜぇな!騒ぐんじゃねぇよ!」


頭を殴られて、そのまま抱えられた。これで女だと?どの口が物を言うんだ。見ろ、なまえなど引いている。
あぁ、最悪だ。折角、なまえとまた幸せに暮らせると数時間前に思ったというのに、なまえはヨルと浮気していたし、私は風邪をひくし。本当に今日は最悪の日になってしまった。
明るい声でヨルは「しゅっぱーつ」と言って車を走らせたが、お前はそもそもそんな明るい人間じゃないだろう。それに、なまえも私の手を握っているが、なまえだって私という者がありながらヨルなんかと浮気して…酷い。何、他の男と風呂に入ったって。なまえを信じようと思ったばかりなのに…っ


「この浮気者…っ」

「ヨ、ヨルは女の子だもん」

「あれは男だ!」

「元、ね。今は可愛い女の子だよー」

「ふざけるな!よくも、よくも…っ」

「はいはい。分かったから、落ち着いて。ね?」


よしよしと頭を撫でられる。あれ、何か、最近こんなことがあったような気が…?いや、気のせいか。
何にしても、なまえに宥められながら病院へと連れて行かれた。ご丁寧に車椅子に乗せられ、救急外来へと連れていかれる。このThe病院という感じの雰囲気はどうにかならないのか。あぁ、そうだ。病院を買収しよう。こんな白に包まれた居心地の悪い建物なんてやめさせるんだ。白はなまえだけでいいんだ。そうだ、そうしよう。私がそう言うと、なまえは体温計を取り出して悲鳴をあげた。あれ、そんなに悪い?もう寒くなくなったし、何なら気分がよくなってきたのに。


「…これ、入院した方がよくない?」

「は、肺炎かも…」

「凄いね。人って42度超えたら死ぬらしいよ、雑渡」

「…なに。何度だったの?」

「41.8度」

「あぁ、過去最高記録…」

「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!」


看護師さーん、となまえは泣きながら走っていった。行かないで欲しかったんだけどな。私、病院嫌いなのに。どうせこれから点滴とか注射とかされるんだ。どうしよう、怖い。今すぐにでも逃げたい。どうにか逃げられないだろうか、と周りを見渡すと、ヨルと目が合った。
ヨルはよしよしと私の頭を撫でてきたから、手を払い退けようとした。だけど、今の私の力などたかが知れている。あっさりとヨルに手を掴まれ、嫌な顔で笑い掛けられた。


「なまえちゃん、いい子だね」

「…知ってる」

「泣かすなよ、あんないい子」

「分かってる」

「次、なまえちゃんを傷付けたら俺が奪っちゃうかもよ?」

「はぁ!?」

「うふ。なーんてね」


ぐっと車椅子を押されて診察室へと入れられる。やっぱり点滴をされたし、レントゲンを撮られた結果、入院だと言われた。嘘だろう、と救いを求めてなまえを見ると、私の顔を見るなり青ざめた。そんなにも酷い顔をしているのか、私は。
まだなまえと話をしないと。それに、ヨルとも。だけど点滴を落とされると急に眠くなってきて、私は意識を手放した。


[*前] | [次#]
雑渡さんと一緒!一覧 | 3103へもどる
ALICE+