雑渡さんと一緒! 203


「ただい…えっ、待って。なに、この惨劇は」

「あ。おかえり」

「なに、えっ…」


いつも綺麗に整えられている部屋が異様に散らかっていた。破れた紙が散乱しており、まるで誰かが暴れたよう。
まさかなまえが何かに腹を立てて暴れたのだろうか、とは流石に思わなかった。なまえは感情的になって物に当たるようなヒステリーな女ではない。と、いうことは物盗りか。エントランスは一応はオートロックではあるものの、古いからセキュリティが万全だとは言えない。しかし、泥棒の線も薄そうだ。なまえは慌てた様子ではない。動揺はしてるけど。


「…で?これはどうしたの?」

「じ、実はね…」

「うん、な…うわっ、なに!?」


足元を黒い塊が走っていって思わず目を見張る。棚の隙間から目が光っているのが見えた。
この家には何かがいる。小さいには小さいが、虫よりも大きな生き物が。手で黒い塊を掴んで引き摺り出してやると、それは小さな声で鳴いた。そして、なまえも私に怒ってきた。


「可哀想な持ち方をしないで!」

「いや、待って。なに、これ」

「見て分からない?猫だよ、子猫」

「分かるよ。そうじゃなくて、何で家に猫がいるの?」


私から猫を奪い取っていったなまえに聞くと、捨てられていたのだと言う。何故、捨てられていたのか分かるんだと問うと、段ボールに「拾って下さい」と書かれて入っていたと困ったようになまえは言った。そんな昔ながらの捨てられ方をする奴がまだいるのかと腹立たしくなった。
猫のことなんて私は何一つ分からない。というか、なまえはこの猫をどうするつもりなんだろうか。まさか飼う気か。


「…うちで飼いたいんだね?」

「まぁ…。でも、昆が駄目って言うなら里親を探す」

「うーん…」

「動物が嫌いなんでしょ?」

「そんなこと言ったっけ?」

「昔ね」


猫を撫でながらなまえは懐かしそうに笑った。そういえば、昔もなまえは猫を拾って来た。こんなに小さいこともなければ、黒かったわけでもないが。
嫌なことを思い出し、溜め息を吐いてからなまえに動物病院に行くことを告げる。捨て猫ということは何かしらの病気を持っていてもおかしくはないし、何より、あいつのように片目しか開いていないことが気掛かりだったからだ。
人間は救急病院があるが、動物にもあるようだ。そして、人間のそれと同じように居心地が悪い。さらに、来ている患畜の多さもさることながら、その種類の多さに驚かされた。


「その…帰ったらご飯作るね」

「いいよ、もう出前で」

「でも、後は魚を焼くだけなの」

「あー。猫に盗られそうだね」

「そんな漫画みたいなことにはならないもん」

「そう」

「…怒ってる?」

「いいや、別に」


私が短くそう言うと、なまえは落ち込んだような顔をしたから肩を抱きながら補足する。少しあいつのことを思い出しただけだよ、と。
昔、なまえは猫を拾って来た。衰弱した三毛猫は片目が潰れていて、まるで私のようだと思ったものだ。なまえは家で飼いたいと私に懇願してきたが、私はそれを許さなかった。それをなまえは私が動物嫌いだからだと解釈したようだが、本当の理由は異なる。猫は順当にいけば私よりも先に死ぬことだろう。つまり、猫の死を見届けなければならない。その瞬間に耐えられる気がしなかったのだ。だから私は猫を飼うことを許さなかった。反対した、ではなく、許さなかった。そのくらいキツい言い方をして猫を家から追い出した。
その何日か後にその猫が死んでいるのを見掛けた。それは寿命だったのか、それとも病だったのか、はたまた野生の動物や人間に襲われたからなのかは分からない。分からないが、とても後悔した。家に置いておけばあの猫は死ななかったのかもしれない。可哀想なことをした。そんな後悔があった。
獣医に診てもらい、一泊入院をすることになった子猫を置いて私たちは帰宅することになった。夕飯もまだ食べていないし、家も随分と荒らされたから片付けなければならない。流石は子猫、活発な奴なのだろう。随分と荒らしたものだ。


「なまえ。私は今の状態で猫を飼うことは反対だ」

「…うん。分かった」

「動物は人間よりも短命だし、玩具ではない。飼うのなら最期まで責任を持つべきだが、私たちは知識が欠けている」

「そうだね」

「だから、まずは私たちが猫について学ぶべきだろう。飼うにあたって揃える物もあるしね。ペットショップに行けば必要な物は揃うかな?いや、まずは本屋で飼育について調べてからの方がいいか。何が要るのか全く分からないからね」

「えっ。飼ってもいいの?昆、動物嫌いなんじゃないの?」

「どちらかといえば、好きだけど?」


どちらかといえば、なんて言い方は適切ではないと自分でも分かっていた。かなり好きだ。あの愛らしい生き物が嫌いな人間がいるという方が信じられないくらい好きだ。


「私、ペットロスに絶対になると思う」

「あぁ、なりそう」

「ちゃんとその時は慰めてね」

「私も落ち込んでいるのに?」

「じゃあ、二人で泣かないといけないのかぁ…」

「まだ子猫なのに、そんな暗い話…」

「ちゃんとそこまで考えないと駄目でしょう」

「うん、そうだね…」


なまえはあの子は元気に生きていたのかな、と言った。だから私は何も言わずに本屋へと車を走らせた。ただそれだけのことだ。なのに、なまえはあいつが死んでしまったのだと察したようだった。そしてまた、私が悲しんでいることも、後悔していることも気付いたようだった。
あえて何も私に言及しようとはせず、なまえは本屋で買った本を楽しそうに眺めては必要な物をリストアップしていた。そして、私に「大切に育てようね」と笑い掛けてきてくれた。私の罪が許されたわけではない。だけど、失うことを恐れて近寄らないことは間違いだとなまえは気付かせてくれたから、あいつの分まで大切にしてやりたいと思った。名前もつけていなかった、あの猫の分まで大切にしよう。絶対に。


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