雑渡さんと一緒! 205
会社から出ると見知った顔がいた。それも二人も。嫌な予感がして思わず避けて通ろうとすると、向こうから近付いてこられた。最悪だ、よく分からないけど、嫌な予感がする。
「そんな逃げんなって」
「そうそう。同期じゃん」
「離せ!何の用だ!?」
「いや、猫に会いに行こうかなって」
「ついでになまえに会いに行こうかなって」
「そして夕飯をご馳走になろうかなって」
「ちなみに、今日の夕飯はカレーだから」
「そう。それも、カツカレー」
「楽しみだなぁ、カレー。ついでに猫」
「そうだよな。楽しみだわ、カレー。あと猫」
「お前ら!」
佐茂とヨルに腕を掴まれ、やはり面倒なことになった。何故、お前たちがうちの夕飯を把握しているんだ。
というより、まさか、二人揃ってこれからうちに来るつもりか。確かに「クロが見たい」という話はなまえから聞いた。なまえに「私がいる時に」とも言った。だが、どう聞いてもこいつらの狙いはなまえの作る食事だ。クロではない。
「離せ!誰がお前らを家にあげるか!」
「いいじゃーん。というかさ、今日カレーをリクエストしたのは私なんだから、私は食べる権利があると思うんだよね」
「いや、トッピングでカツを用意して欲しいってのは俺のアイディアなんだ。だから俺にだって食べる権利はあるだろ」
「人の家の夕飯を勝手に決めるな!」
「あらー?そんなこと言っちゃっていいのかしら、ねぇ?」
「まずいんじゃねぇのか、散々迷惑と心配をかけておいて」
「私らがいなかったら、最悪離婚とかもあったかもだしね」
「俺、酔ったお前を家に連れて帰ってあげたんだけどなぁ」
「………」
こう、絶妙に人が気にしているところを突いてこられてしまっては反論のしようがない。なまえにちゃんと礼をしたのかと何度も言われたし、まぁ何かしらはしないとまずいだろうかとも考えていた。それは認める。しかし、それにしたって急すぎる。おまけに、我が家の献立まで牛耳られるのは流石に行き過ぎだ。だからなまえに不用意にヨルと仲良くなるなと言ったのに。こういうことが続くようなら一度なまえと話し合わないと駄目だな。多分喧嘩になるんだろうけど。
三人で家に帰ると、カレーのいいにおいがした。なまえの作るカレーってスパイスが効いて、とかではないんだけど、何故だか異様に美味しく感じるんだよなぁ。何でなんだろう。
「いいね、ご家庭のカレーのにおい」
「いやいや。あのなまえちゃんだぞ?そんな普通のカレーなわけないだろ。多分、専門店みたいな味だろ。なぁ、雑渡」
「煩い。早く帰れ」
「はいはい。いざ、オープーン」
リビングのドアを開けると、なまえが出迎えてくれた。何で私に無断で二人を呼ぶ手筈を整えているんだと睨むと、なまえは困ったように笑った。だけど、背中を押されてダイニングテーブルに座るように促される。テーブルには既にサラダが用意されていた。今日はシーザーサラダか。と、いうことは四つ並んでいる卵は温泉卵なんだろうな。これ、相当美味しいから誰にも食べさせたくなかったのに。
ご飯の量も聞かれず、テーブルの上にカレーが並んでいく。
「すっげ。美味そう」
「いただきまーす」
「はーい。おかわりありますからね」
「はぁ!?そこまでさせる気なの!?」
「昆だっておかわりするでしょ?」
「する」
「じゃあ、いいじゃん」
よくない。何もよくない。私がぶちぶちと文句を言ったところでなまえには何一つ響いていないし、佐茂とヨルは食べ進めているし。全くもって不愉快だ。
スプーンを握り、口に運ぶ。あ、今日は茄子は煮込まずに上に乗っているバージョンか。ということは…よし、蓮根もいた。さて、これらは後から頂くとして…お、ほうれん草みっけ。あー、美味しい。今日のカレーも美味しい。今日はヒレカツか…カツカレーって重いから胃がもたれるイメージがあって避けていたけど、なまえの作るカツカレーだと全然平気なんだよなぁ。カツが小振りなのがいいのかな。
私が夕飯を堪能していると、無遠慮な声が家に響き渡った。
「なまえ、おかわり!」
「あ。俺も」
「いや、遠慮しなよ!」
「だって少なかったし」
「なぁ?足りねぇもん」
「昆はね、必ずおかわりするから少なめにしてるの」
「ほーん。夫のことなら何でも知ってるって?」
「ご飯に関してはね」
「偉いねぇ」
「本当、お前なまえちゃんを逃すなよ」
「そんなこと、言われなくても分かってるよ」
「いや、分かってないよ。雑渡は雑渡だもん」
「なぁ?」
「お前ら、文句があるなら帰れ!」
「やーん。こわーい」
まるで女のように喋るヨルを蹴る。猫を被った女のような話し方をするな、気色悪い。そういう頭の悪そうなフリをしたあざとい女が一番嫌いなんだよ、私は。
カレーを待つ間、いつものようにサラダを皿に取る。このドレッシングもクルトンも手作りなのだから、いよいよチーズとか作り始めないかと不安になる。なまえは凝り性だからなぁ…と温泉卵を割り入れ、サラダを口にすると不安が現実となった。このチーズ手作りだわ。絶対にそう。美味しいもん。
「すげぇな!ご家庭で出てくるサラダじゃねぇぞ!?」
「やば。このドレッシング美味しい」
「なぁ?どこのメーカーのだよ、海外産か?」
「………」
「馬鹿だねぇ、佐茂。これ手作りだよ」
「手作り!?ドレッシングって作れんの!?」
「いいですねぇ、いつも美味しいものを食べられて」
「…別にそんな目的で結婚したわけではない」
「あぁ。食事目当てとか言ったらぶっ飛ばすからね」
「いや、でも雑渡が家庭に収まるとはね…」
「雑渡と生活できるのはなまえくらいだよ。私、無理」
「安心しろ。私も無理だから」
私とヨルが言い合っていると、カレーが運ばれてきた。ちゃんといつも通り、私の大好きな鶏皮付きの鶏肉が乗っていてホッとする。そう、カレーはやっぱりこれだよ。
佐茂とヨルは一杯目のカレーとバリエーションが異なることを驚いていたが、我が家のカレーはこれである。このカリカリになった鶏皮、ジュワッと肉汁が溢れ出すもも肉。これがあったら正直、あと二〜三杯はいける気がする。太るから我慢しているってだけで、本当はもっと食べたい。明日の分のカレーはまだ残ってるかな。明日の朝はカレーがいいなぁ。
「そういえば、佐茂さん。ご迷惑をお掛けしました」
「いーよ。面白いもんが見れたし」
「でも、家に連れて帰るの大変でしたよね?」
「ヨルが担いだから平気」
「わぁ…ねぇ、昆。お酒は程々にしてよ」
「分かって…ん?何でなまえが知ってるの?」
「何を?」
「私が酔い潰れて佐茂の世話になったって」
「そりゃあ、なまえちゃんがあの場にいたからだよ」
「えっ」
「お前、店で急に泣き出して」
「…え」
「そうそう。なまえーなまえーって」
「埒があかないからなまえちゃんをうちに呼んだんだよ」
「いやぁ、いいもん見たわ」
「何言ってんだよ。その後、寝ながらなまえちゃんのこと抱き締めて泣いていたのに、なまえちゃんが頭を撫でたらピタッと泣き止んでさ。安心したようにまた寝始めたんだぜ?」
「ウケる!子供じゃん!」
「ち…違う!それは私ではない!」
「あらー。違う人だったみたいよ?ねぇ、なまえ」
「ん、んー…」
なまえは気まずそうに明後日の方向を向いた。その様子から本当のことなのだと分かる。
途端に顔が熱くなる。いや、待て。私は佐茂の家で確かに嫌な夢を見た。なまえに優しく頭を撫でられて安心する夢を見た。そうだ、その夢のことは覚えている。覚えているけど、いや、待って。えっ、泣いた?私が人前で?
「嘘でしょ、本当に…?」
「あんなペースで飲むから」
「それも凄い量を」
「「はっきり言って馬鹿だよ」」
「………」
最悪だ。いや、認めたくはないが私は確かによく泣く部類なのかもしれない。だけど、人前で泣いていたつもりはなかった。なまえの前でだけだと思っていた。
いや、酒怖い。何が怖いって、全然覚えていない。なまえを求めて泣いたなんて、まるで幼い子供ではないか。いや、多分私ならありそうだけど。ましてやあの時の私はなまえに裏切られたと思っていたから病んでいたし。なのになまえがどうしても嫌いになれなくて、忘れられなくて辛かった。早く楽になりたくて酒を飲んだ。だけど、全然酔えなかった気がしたんだけど。というか、まだ何かしていたらどうしよう。
「ほ、他には…?」
「いや、ずっとなまえちゃんを呼んで泣いてただけ」
「好きだとか会いたいとか言いながらね」
「で、うずくまって寝て。仕方ないから連れて帰った」
「でもお会計はスムーズだったよ。財布投げてきてさ」
「あぁ。200万ですよね」
「よかったねー、雑渡。離婚されなくて」
「ギリギリね」
「ギリギリ!?」
「当たり前でしょ!何なのよ、200万て!」
「はい、ごめんなさい…」
「あっは!雑渡がなまえの尻に敷かれてる!」
「あの雑渡がねぇ…照にいい土産話ができたわ」
「北石に余計なことは言うな!」
私たちが大騒ぎしていたからか、それとも見知らぬ人間が来ていたからなのか。クロは物陰に隠れて、近付いてこなかった。猫とは危機管理能力の高い生き物のようだ。
佐茂とヨルが帰った後、洗い物をしているなまえを背後から抱き締める。何というか、化けの皮を剥がされた気分だ。だけど、なまえは「信頼出来る人が増えることはいいこと」だと言った。信頼ねぇ…していないわけではないけど、それでも本当の私を知っていて欲しいと思えるのはなまえだけだ。だからなまえ以外の前では泣くつもりはなかったのに。そう反論したかったけど、私は何も言えなかった。なまえがあまりにも嬉しそうに笑っていたから。それが私のことを想った上でそう言ってくれているのだと本当は分かっていたから。
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