雑渡さんと一緒! 208


顔を誰かに舐められているような感覚で目が覚めた。何だろうかと目を擦ろうとすると、クロの鳴き声がしてギョッとした。どうして寝室にクロがいるんだろう。潰したら困るから寝室には入れないでって昆にあんなに言ったはずなのに…と私を抱き締めながら寝ている昆を叩き起こそうとしたけど、やめた。というより、出来なかった。腕が痛い。腕どころか、身体中が痛い。腰なんて痛いのを通り越して重苦しい。起きあがろうとしたけど、身体に力が入らなくて、寝室から這ってリビングに向かった。クロは私が遊んでいると思ったのか背中に乗ってきたから、思わず悲鳴をあげた。背中も痛い。
クロにご飯をあげてから、時計を見るとまだ5時だった。昨日は何時に寝たんだっけ…と考えてから、やっぱり今すぐ昆を叩き起こしたくなった。何かもう、凄い抱かれ方をした。こんなになるまでするのは嫌だと前に確か言ったはずなのに、あんなに執拗に…おまけに、熱に浮かされてとんでもなく恥ずかしいことを言ってしまった。あぁ、もう嫌…恥ずかしくて死にそう。ヨルが言っていた「痛い」ってこれのことだったのかもしれない。身体以上に心が痛い。最悪だ、駄々っ子みたいなことを昆に言ってしまった後悔で泣きそう。
とりあえずシャワーを浴びたくて立ちあがろうとしたけど、足と腰に力が全然入らなくて思うように立てなかった。それでも、いつまでも裸でいるわけにはいかない。それに、朝ごはんだって…いや、もうご飯はいいや。お餅を焼いて、あらかじめ作っておいたお雑煮の出汁に入れればいいや。お節料理もちゃんと昆と用意したし。だけど、今年は昆を起こすのはやめよう。もう、ずーっと寝ていればいい。私も寝直したいし。それでもシャワーだけは…とバスルームへ必死に行った。
シャワーを浴びてから寝室へ戻りたかったけど、あのベッドに戻るだけの気力もなくて、ソファに横になるとクロが一生懸命登って来た。まだ小さいから、ソファも登るのが大変なんだろうなぁ…と頭を撫でる。いつも黒に身を包んでいる昆の元に黒い猫が来るなんて、これは何かの運命なのかなぁ、なんて思いながらうとうとしていると、裸の昆に起こされた。酷い、どうして今日は起こしてくれなかったんだ、と。


「いいから服を…」

「ねぇ、もう夕方なんだけど!?」

「えー…?まだ朝だよ…」

「今、何時だと思っているの?もう16時過ぎだよ!」

「えっ!?」


嘘だ、と外を見ると本当に薄暗くなっていた。そして、雪が積もっている。どうして毎年毎年お正月には雪が積もるんだろう。一度でいいから暖かいお正月というものを経験してみたいなぁ…と思いながらソファに戻る。本当に身体が怠い。
寒い寒いと言いながら昆はソファに座った。やっぱり裸で。


「服を着て!風邪をひくから!」

「煙草吸ったらね」

「服が先!ねぇ、目のやり場に困るから!」

「何で。そんな、今更」

「いいから着る!」


例え何年も一緒にいようとも、身体の関係があろうとも恥ずかしいものは恥ずかしい。興奮するというよりは、もうどこを見たらいいのか分からなくて困る。週四日行っているジムのお陰もあって筋肉が綺麗についているし、下半身なんて…て感じ。それ以上はお察しして頂きたい。
煙草を咥えた昆に毛布を投げ付けると、気に入らなかったのか毛布を投げ捨てて私に近寄って来た。何なの、この人はいつもいつも…と私が無言で腹を立てていると、クロが私と昆の間に入って来た。そして、昆によじ登った。爪を立てて。


「あ、痛い!ちょっと、クロ!」

「やっちゃえ」

「ねぇ、止めてよ!」

「服を着たらいいだけのことでしょ」

「あーはいはい、そうですか」


チッ、と舌打ちをしてから昆は咥えていた煙草をテーブルに置き、嫌そうにバスルームへと消えていった。あの人、元気過ぎない?絶対に私よりも身体を動かしているのに、どうしてあんなに平然としていられるのだろう。それは男の人だからなのか、鍛えているからなのかは分からないけど、凄いなぁとも思うし、やっぱり腹が立った。私はこんなにも身体が痛いのに、昆は平気だからあんな風に執拗に攻めてくるのだろうか。気持ちがいいのを遥かに超えた感覚に陥るのは正直、怖い。どんどんハマっていって、後戻り出来なくなるような言いようのない恐怖がある。それに、昆に飽きられてしまうのが怖い。私は別にスタイルがいいわけでもなければ、技術に長けているわけでもない。別に昆が推しているアニメのキャラクターみたく萌え系の声を出せるわけでもないし、さっきだって可愛らしく「風邪をひかないか心配だから服を着て」と言えばいいものを可愛らしく言うことは出来ない。
折角、新しい年になったんだし、ほんの少しだけ素直になってみたい。だけど、どうしたらいいのか全然分からない。


「ねぇ、どうしたらいいんだろう」

にゃー


クロに話し掛けると、クロは可愛い声で鳴いた。よしよしと頭を撫でてあげると大きな欠伸をして、ソファの上で丸くなったから、本当に可愛いというか、愛しいと思った。
昆はかっこいいよねぇ、本当に。日に日にかっこよくなっているんだよ?初めて会った時はね、普通にかっこいい見た目の人って感じだったんだけどね、今は何ていうか…見ていて身体が熱くなるようなかっこよさがあるの。あ、変な意味じゃないよ?どうしてかな、寝起きのぼんやりした顔も、嬉しそうにご飯を食べる顔も大好きなの。凄くかっこいいんだ。特にね、仕事の話をしている時のいきいきとした顔なんて本当にかっこいいんだから。本当に素敵な人なの。本当はね、素直に好きって言いたいの。もっと素直に生きられたらいいのになぁ…ずーっと私のことを好きって思っていて欲しいんだけどね、それは無理なのかなぁ。倦怠期っていうのがあるんだって。もしそうなったら、私はどうしたらいいんだろう…あ、あれかな。ヨルみたく豊胸手術とかしてみたら私でも…


「いや、そんなことしなくていいから」

「ぴぇっ!?」

「いい?絶対に無駄に自分の身体は傷付けるな」

「い、い、い、いつから…?」

「見ていて身体が熱くなる…あたりから?」

「いやぁ!割と最初から聞かれてた!」


バスタオルで雑に頭を拭いている昆はドサッと私の横に座り、さっきテーブルに置いた煙草を手に取って火をつけた。
思わず昆と距離を取る。クロしかいないと思ってペラペラと恥ずかしいことを口にしてしまった。恥ずかしい…普通に恥ずかしい!こんな話、聞かれる予定じゃなかったから恥ずかしい!昨日の夜といい今日といい…もう本当に最悪!


「逃げないでよ」

「いやぁ!触らないで!」

「えっ、酷くない?」

「だ、だって…」

「そういう時はね、素直に好きって言うんだよ」

「ぎゃあ!」

「思っていることくらい普通に言えばいいのに」


ポイっとバスタオルを捨てて、昆は煙を吐いた。そして、私の肩を抱き寄せながら低い声でくつくつと笑った。
恥ずかしさのあまり、顔から火が出そう。絶対に昆は今の状況を楽しんでいる。どうしたら私を揶揄うことが出来るのかを絶対に考えている。そんな悪戯っぽい顔をしていた。


「倦怠期ねぇ…そんなこと考えてたの?」

「だ、だって…」

「まぁねぇ。そんな日が来ないとも言えないよね」

「…でしょ?」

「その時はさ、もう超いやらしい下着を着てね?」

「い、嫌だよ!」

「でさ。飛び道具なんかも使ってみたり?」

「嫌だってば!」

「えー?いいの?私に抱かれなくなっても」


にやにやと笑う昆はトン、と灰を落としてからまた煙草を口にした。本当に意地の悪い人だ。私が子供だからって、そうやってすぐに馬鹿にするんだから。だけどね、私だっていつまでもやられっぱなしじゃないんだから。私、実はもう知っているんだからね。昆が私からキスすると物凄く喜んでくれるって。物凄くドキドキしてくれるって。
昆が煙を吐き、再び口に咥えた煙草を奪ってキスをする。


「…ちゃんと、私のことをずっと愛してね?」


唇を離して出来る限り色っぽく微笑むと、昆は呆然とした顔をした後、頬を真っ赤に染めた。そっと昆の鍛えられて厚くなった胸に手を当てると、物凄くドキドキしているのが分かる。ごくっ、と昆が分かりやすく息を飲んだのが分かった。してやったり、と煙草を灰皿に押し付て火を消す。
さて。今日はこれから何をしようか。お互い寝過ぎたから早くは寝れないけど、お正月だからどこもお店はやっていないし…あ、そうだ。スーパー銭湯に行くというのはどうだろう。身体も痛いし、ゆっくりと温まって身体をほぐすというのは悪くはないのではないだろうか。うん、いい考えだと思う。
昆に提案しようと振り返ると、手で顔を覆って悶えていた。


「あら。ときめいちゃったのかしら?」

「…なまえは本当に狡い女だよ」

「ふふ。今年もよろしくね、昆」

「はぁ…お手柔らかに頼むよ…」


ちゅっと優しいキスをしてからお雑煮を食べて、白銀の世界に出る。駐車場までの道のりも、車の中も恐ろしく寒かったけど、私の心は熱くなっていた。それは昆も同じだったようで、運転しながら暑い暑いと言っていた。
倦怠期なんてもしかしたら来ないかもしれない。だって、付き合う前と全く同じぐらい昆はドキドキとしてくれていたから。それでも、もし倦怠期が来て、どうしようもなく辛くなったら今日のことを思い出そう。幸せだった日々を思い出して、昆にドキドキしてもらえるように頑張るんだ。多分、何度か心は折れてしまうかもしれないけど、ずっと前を向いていよう。その時までには今よりも少しだけでも素直でいられたらいいなぁと思いながら、そっと昆に笑い掛けた。


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