雑渡さんと一緒! 211


怒るな。怒ったところで仕方がない。私がどんなに怒ったって折れたなまえの骨が治るわけではないし、なまえの代わりに手術出来るわけでもない。だから怒るな。
そう思ってはいたけど、無理だった。酷い。酷過ぎる。
なまえはいつもそうだ。風邪をひいても酷くなるまで黙っている。それで肺炎を起こしかけたことがあった。健康診断で不整脈を指摘されても黙っている。もっと言うなら過去に流行り病を患った時にも前々から身体の調子が悪かったと言っていた。なのに、黙っていた。理由を問いただせば必ず同じことを言う。「心配を掛けたくなかったから」と。心配を掛けたくない?それで余計に酷くなって、余計に心配させているのに?本当にいい加減にして欲しい。私の心を壊す気か。
苛々しながら家に帰ると、クロが走り回っていた。お前のママはね、転んで足の骨を折ったにも関わらず無理をして悪化させ、挙げ句の果てに骨がズレて手術することになったよ。どう思う?ねぇ、どう思う?…本っ当に馬鹿だと思わない!?
バッグに適当に必要そうな物を詰め込み、雑に玄関に置いてから煙草を吸う。考えれば考えるほど腹が立つ。
なまえから骨折したと聞き、慌てて病院に行けば早退なんてしなくてよかったのにと言う。転んで頭を打ったりしていないかとか、他に怪我をしていないかとか、どれだけ私が心配したと思っているんだ。仮に早退せずにいたとして、仕事なんて出来るはずがないだろう。だいたい、迷惑掛けたくなくて連絡しなかった?痛かったけど無理をして駅まで歩いた?それで、手術は必要だからと分かりもしないくせに同意書にサインをして?手術のリスクを考えろ、馬鹿が!
ちゃんと言えと言っても言わない。心配かけるなと言ってもかける。私を頼れと言っても頼らない。もう、どうしたらいいのか分からない。多分、なまえは一生ああなのだろう。どうせ私が何故怒っているのかさえ分かっていない。あぁ、もう腹立たしい。やっぱりもっと言ってやればよかった。
私が苛々していることを察してか、クロは近寄ってもこなかった。そうだね、それが懸命だと思うよ。お前は偉いね。
そういえば、なまえは保険証をちゃんと持ち歩いているのだろうかと連絡を取るために携帯を開くと、なまえからLINEが届いていた。「雪が積もっているから安全運転でお願いします。昆が怪我をしたら辛いから」と書かれていた。いや、だからさ!それ、私の台詞なんだけど!なまえが怪我をしたら私だって辛いんだけど!馬鹿なの?あぁ、馬鹿なんだね!
怒りすぎて息が上がってきた。何なら泣けてきた。私がなまえを失うことを何よりも恐れていると知っているはずなのに、どうしてこういうことを平然とするのだろう。どうせたかだか骨が折れたくらいとしか考えていないんだろうね、お前は馬鹿だから。またなまえの身体にメスを入れることになる。また全身麻酔を使うことになる。怖くないんだろうね、なまえは。凄いね、逆に尊敬さえするよ。安全な手術なんてこの世にはないというのに。手術時間は短いようだったけど、その時間私がどれだけ不安な想いをしているかなんて考えもしないんだろうね。いいね、その無神経さが私も欲しいよ。見習わせて頂きたいくらいですよ、本当に。あー…


「もう、辛い…」


何でなまえはあんなにも馬鹿というか、楽観的なんだろう。私がどれだけなまえを想っているのかまだ分からないのかな。だからあんなにヘラヘラしていられるのかな。そうか、きっとそうなんだろうな。だから頼って貰えないのかー…
精神的なダメージがだんだん大きくなってきて、動くに動けなかった。今、病院に行っても多分相当なまえに冷たく接することになる。もしくは怒鳴るか。少し落ち着かないと。
しばらく煙草を吸ったり、珈琲を飲んだり、爪を研いでいるクロを眺めたりして過ごした。一箱吸い切ったあたりでようやく落ち着いた。というか、諦めがついた。なまえはそういう子なんだという諦めが。もういい。怒ってみたところで、どうせなまえは分かってくれない。時間の無駄だと思った。


「あっ、おかえり!よかった…」

「んー?」

「遅かったから心配してたの…」

「そう」


病院に戻るとなまえは車椅子に座っていた。ギプスで固定された足が何とも痛々しい。骨を折った経験はないが、きっと痛いんだろうなぁ…と思いながら荷物を渡す。
窓際に設置されているソファに座り、窓から外を眺めると山が綺麗に見えた。雪で真っ白になった山を綺麗だと言う奴がいるけど、それは山に行かなくてもいい奴のことだろう。私のように仕事で山にまで出向く必要のある人間や、山に住んでいる奴らは綺麗だなんて思っていないことだろう。これはあまりにも捻くれた考えだろうか。何にしても早く春が来て暖かくなり、雪が溶けてくれればいいのに。そう思った。


「その、昆…」

「おや。随分と車椅子の扱いが上手いね」

「だって、前にも乗っていたから」

「あぁ、そうか。そうだったね…」

「…いつも心配掛けてごめんなさい」

「うん。もう、いいよ」

「あのね、本当に折れていないと思ったの」

「そう」

「ただ転んだだけで連絡出来なかったの。でも、次からはLINEくらいはする。私、昆が怒ってる理由分かってるから」

「へぇ?」

「…信頼していないわけじゃないよ。心配を掛けたくなかったのは本当だけど、頼りにはしてる。その、ごめんなさい…」


手を握られたかと思えば、引っ張られて前屈みにさせられ、頭を撫でられた。馬鹿にしているのか、と手を払ってやろうと思ったけど、心地よくてされるがままになった。
なまえの腰に手を回し、抱き締める。よかった、頭を打っていなくて。転んだ拍子に車に轢かれなくて本当によかった。


「…分かってるなら、ちゃんとしてよ」

「うん。ごめんね」

「私がどれだけ不安だったか本当に分かってるの?」

「うん。色んなこと思い出したし、考えたんだよね」

「そうだよ。なまえが死んでしまったらどうしようかと思ったんだからね?…来るまで生きた心地がしなかったんだから」

「大丈夫。あなたを置いて私は死なないから」

「…もう何度も聞いた台詞なんだけど」

「だって、私はまだ生きているでしょ?」

「はぁ…そうだね、そう簡単に死なれたら困るよ」


今日のところはこれが落とし所だろう。怒ったところでなまえの骨がくっつくわけでもなし。私はすぐにカッとなって怒ってしまう。これは直さないといけないことだ。それでも、なまえは一応は分かってくれているようで安心した。
頭を撫でられながら下を向いていると、ふとなまえの膝が浴衣の隙間から見えた。赤くなっている。転んだ時にぶつけたのだろうかと思ったが、それならば青くなっているだろう。


「膝、どうしたの?」

「さっき転んだの」

「…は?」

「その、車椅子に一人で移ろうと思ったら転んじゃって…看護師さんに怒られたんだよね。絶対に次からは呼べって」

「………」

「あ、あれ…もしかして、また怒った?」

「この馬鹿!いい加減にしろ!」

「ひぃっ!」


前言撤回。この子は怒らないと駄目だ。そう思った。


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